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アクシデント

 卒業試験を受けるにあたり、受験生に支給されたものは大きく分けて4つある。


 まず、黒いシンプルなローブ。腕のところに校章が刺繍されているそれは、基本的に試験中は着用を義務付けられている。そのためこれを着ていると、世界中のどこでもレザルカ学園卒業試験受験生と認識されることになる。


 また、これまたシンプルなリュックサック。中身は非常食と、硬貨と紙幣合わせて20,000コルンのお金だ(※コルンとは、メルシリナ共和国の貨幣の単位)。リュックは軽い割に容量が大きく、旅には便利である。


 そしてイヤカフ。これは無くてはならないものだ。討伐した魔物の魔力を測定する機能と、担当の教師と通信できる機能が内蔵されている。そのため少し大きめで、耳殻をすっぽりと覆えるほどだ。


 実は、支給品で実際に使われているのは4つのうちこの3つだけである。残りの1つは、大抵の生徒は捨てている。


 何かというと、ルールブックである。これは、試験に関する情報や試験中に起きる可能性のあるトラブルの対処法が事細かに書かれている本だ。当然、とても分厚く、重い。はっきり言って邪魔だ。


 そういうわけで捨てられることの多いルールブックなのだがーーークノラは、現在そのやたらでかい本を必死にめくっていた。


(どこだ……どこだ、転送時に森に飛ばされた時の、対処法!)


 彼とて気付いている。そんなもの、絶対に書かれてはいないと。


 そもそもありえないことなのだ。転送装置は、対応する魔法陣上にしか対象物を運べない。レザルカ学園の3台の装置は、68カ所の都市に4つずつある魔法陣と対応している、はずだった。こんな、整備された道もない森に飛ばされるはずはないのだ。


 クノラは、自分の足元にそれらしき魔法陣を見つけてもなお、そう信じていた。


(おかしいおかしいおかしい、絶対におかしい!)


 もはやルールブックの目次までもしらみつぶしに読んだが、活字はクノラをあざ笑った。


「なんで《友人が自分を残してリア充になった年の、クリスマスの過ごし方》は載ってて、森に転送された時の対処法は載ってないんだよ……!」


 思わず声に出したが虚しいだけである。これを毎年作っているミミは、毎年捨てられるうちに飽きてきたのだろうか。殴りたくなる項目がいっぱいあった。


 いやもちろん本当に殴りはしないけどね、と心の中で言ってみる。物に当たるほどクノラも子供ではないし、幼い頃のしつけもなっている。それこそ物に当たるなと教えられてきた。


 そう、確かミミに。


 “クーちゃん、物に当たったらダメだよ。物も、それを作った人も、なんにも悪くないんだから”


 突然、頭の中に幼い頃聞いたミミの言葉が蘇り、クノラは衝動的にルールブックを殴った。そして予想以上に勢いがついてしまい、利き手の右拳に鈍い痛みが襲う。結局メリットも何もない行動となった。


「あんたが言うなっ、あんたが……っ!」


 クノラは涙目で恨みがましく呟き、右手を押さえてうずくまった。



  * * * *



 ルールブックの『ホットケーキミックスの作り方』を熟読していると、左耳が震え、木琴のような穏やかに弾むメロディーが聞こえてきた。


(ミミ先生からかな)


 クノラは左耳に手をやり、装着していたイヤカフに触れる。そこで、手元の見えない操作の難しさに気付いた。ルールブックの該当ページを見ながら、表面の繊細な紋様に騙されつつ、どうにか通話ボタンらしきものを押す。


「もしもし」

『クーちゃん出るの遅い!』

「すいませんねぇ。イヤカフの造り、もっと単純化出来ないんですか」

『えー? ボタン自体は3つしかないんだし。クーちゃんの記憶力ならすぐ扱いに慣れるよ』

「ボタンとかの問題じゃなくて……」


 クノラは嘆息した。ミミとの会話は7割方不毛だ。


 ミミはこちらのため息を特に気にした風もなく、明るい声色のまま話し出す。


『通信機能は問題ないよね。私の声ちゃんと聞こえてる?』

「聞こえてます」

『よかったぁ。昔、音質のバグで私の声ね、“男の声が聞こえます”って言われたことあってさー』


 それはむしろ幽霊なんじゃ……とクノラは思ったが黙っていた。


『問題ないならよかったよ。あ、魔力測定機能はテスト済みだから安心して』

「なぜその時に通信機能も確かめないんでしょうか」

『……ねえ知ってる? 通信機能って確かめるのに、2人以上必要なんだよ?』


 クノラはミミの交友関係を想像して悲しくなった。


『……。…でさー、クーちゃん今どこにいるの?』


 ミミの声がわざとらしく明るさを増した。


『レザルカに近いとこ? 遠いとこ? 電車直通してるかなぁ。あ、ノーランジアじゃないよね。今あそこ、豪雪で電車止まってるらしいし、』

「いえ、森です」

『近いとい、ーーーーーーーーーーーは?』


 イヤカフの向こう側で、ミミが絶句した。


『………森? 森って……え? あの森?』

「ええ、多分その森です」

『森って、え? あれだよね、木が3本立ってるやつ?』

「漢字的にはそれで合ってます」

『え……え? 森?』

「はい」



 そして、数秒の沈黙。



『はぁぁぁぁぁああああああああああああッ!!!?』


 左耳に大音量の絶叫が聞こえ、クノラは右に大きく仰け反った。のだが、音源が耳についているイヤカフなので、あまり意味はない。


『森!? なんで!?』

「知りませんよ」

『最初はどこに飛ばされたわけ!?』

「だから、森ですって」

『えええええええええええええええええ!!!?』


 さらに大きな叫びが聞こえ、クノラは顔をしかめた。鼓膜が破れそうである。


「先生、もうちょっとボリューム下げ」

『クーちゃん! 君なんかした!?』

「あー…、こないだ先生の部屋にあったプリン、食べました」

『君だったのかプリン泥棒はっ!! って違う! 転送の時になんかしたかって聞いてるの!』

「たぶん何もしてません。ただ……」

『ただ?』

「僕の足元に魔法陣の描かれた大理石のプレートがあります」

『はぁぁああああああああああ!!!?』


 3度目の絶叫の後、向こう側が急に静かになった。


 クノラはため息をつく。


「やっぱり先生も想定外でしたか」

『想定外も想定外だよ。待ってね、今確認……』

「外部からのハッキングとかでは?」

『それはない。セキュリティは万全だし……ていうかそんな命知らずそうそういないでしょ』

「確かに」


 レザルカ学園を敵に回せば、確実にその後の人生をなくす。


『どうしよ、ちょっと調べてみる。ごめん、原因が分かり次第また連絡するから』

「えーっと……、僕どうしてればいいですか?」

『とりあえずその場で待機ね。危なくなったら逃げること』


 じゃ、と短い挨拶の後、ぷつりと通話が切れた。

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