予
白い花が、揺れていた。
「ーーーーーーあ」
月が白い。およそ人間の領分ではない森の中で、闇に紛れる人影が、2つ。
1人は膝を抱えてうずくまり、その傍らでもう1人が横たわっている。交代で眠っているようだ。どちらもまだ年若い青年である。
その見張り役の方が、ふと顔を上げる。巡った視線は、先の見えない闇の中に。
木々の群れは息を潜め、満ちるのは夜の気配。
横になっていた方が、まだ完全には眠っていなかったらしく、隣で何かを気にする様子に上半身を起こした。
「どうした?」
「静かに」
問うた青年を鋭い声で黙らせて、見張りが立ち上がる。辺りを探るような彼につられてもう1人も立ち上がった。2人の若者は黒いローブに身を包んでいる。見張り役は少し小柄で、もう1人は長身であった。彼らの姿は闇に溶け込み、押さえつけたような静けさに場が支配される。
沈黙の中、どこか遠くの方で動物のような鳴き声がした。
青年たちが顔を見合わせる。
「……今の?」
「うん」
単語だけで確認は済む。
長身の方がふぅっと息を吐いた。
「つーか、相変わらずよく気付くよな」
「まぁね」
「あー、俺も気付けるようになんねぇかなー」
「頑張れば出来るんじゃない?」
「他人事かよ」
「他人事だよ」
軽い口調とは裏腹に、2人の気配は鋭く尖っている。
小柄な見張りが闇の向こうを見やる。
「遠いからまだ、こっちに気付いてないけど。このまま来られると鉢合わせしそうだから」
「うっわ……一番嫌なパターン」
「気付けただけマシでしょ。よかったね僕がいて」
「なんでだろう、素直に感謝できねぇ。……あ」
長身の方の顔色が変わる。
「……俺にも分かったわ」
「この距離で? ……あぁ、確かに魔力強いかもね、」
この魔物。
その言葉に賛同するかのように風が吹いた。
2人の足元で、白い花が揺れる。
「おい、俺の察知能力が上がったとかは考えねぇの?」
「……。……あ、見て花咲いてるよ」
「おいコラ」
適当に足元を指していた小柄な方が、急にはっとしてしゃがみこんだ。
「……おみめだ」
「は?」
怪訝そうな長身に構わず、白い花をじっと見つめる。
「……なぁ、俺魔物狩ってくるから、」
「待って」
しゃがんだまま長身を見上げ、少年じみた顔がにこりと笑う。
「疲れてるでしょ? 行かなくていいよ」
「え、だって、」
「お願いします」
最後の言葉は、誰に言ったものだったのか。
ほとんど間を置かずに魔物の魔力が掻き消えた。
「……。……おい今何した?」
じろりと見下ろす長身の青年に、
「僕は何もしてないよ」
飄々とうそぶく小柄な青年。
その指先が白い花弁を撫でているのを見つけ、長身の方が何かに気付いた表情をする。
「相変わらず、……まあいいや」
そのまま2人の青年は並んで座り直す。
白い花がまた、揺れた。