噂の悪魔
「あそこには悪魔がいる。悪魔に会うと、食べられる。」
もう50年も前の噂話だ。そんな話、誰が覚えているだろう。だけど今、その噂話がよみがえろうとしていた。
「来月の夏休み、初日から1週間合宿に行く。場所は○○野外活動センター。レギュラーは強制参加。」
突然、陸上部活の顧問から言われた。私は陸上部レギュラーのため、合宿には強制参加だ。
合宿が終わってすぐに、大会があるらしい。
思ったよりその“来月”は早く来た。参加者は監督も合わせて16人と、少ない。男子7人、女子8人、残りは監督。レギュラー以外はこなくてもいいからだ。管理人は4人しかいない。全員男性だった。ここに来る人たちが少ないから、管理人も少人数でいいらしい。
「はぁ はぁ はぁ はぁ」
陸上部員が○○野外活動センター内を走る。山の斜面できついから、今まで以上に疲れる。
――・・・・・・・・・・・・
おかしな声が聞こえた。どこから聞こえたかも、何を言ったかもわからなかった。男性か女性かもわからないような、小さな声だった。
「誰か、なんか言った?」
私が聞いてみると、全員 自分じゃない という。しかし、 自分も聞こえた という声も、多数あった。
聞こえたのは、私だけではないらしい。
――獲物・・・・・・・・・・・
『獲物』その声が聞こえた瞬間、みんながざわついた。声の主を探すが、やはりいない。おかしな声だ。獲物。何かを狙っているのだろうか。
私達がランニングから帰り、本館に集まった。あの声の話でもちきりだった。監督にも声のことを聞いてみたが、聞いてないという。気のせいだろう、というのも監督が言ったことだ。
――・・・美味そう・・・・・・
『美味そう』今度は、監督にも聞こえたらしい。誰が言っているのだろう。集まっている人達は誰も口を開いていなかった。腹話術を使わなければしゃべれない。
――・・・ここから出て行かなければ、皆殺しにするぞ!
男性の声だ。強ばっている。みんなは騒ぎ出した。『皆殺し』など、ふざけている。私達を怖がらせているだけなのかもしれない。それに、この声の主は誰なのだろう。こんな声、ここに来てから聞いたこともない。
「どうなさいましたか?」
管理人の人が、タイミングよく出てきた。
「さっき、変な声が聞こえて・・・ 『ここから出て行かなければ、皆殺しにするぞ!』っていう声が・・・」
監督が代表で言うと、管理人の口の端が上がったような気がした。しかし、一瞬で顔を青ざめた。管理人には聞こえなかったらしい。
「誰かふざけているのかもしれません。しかし、本館に集まっていたほうがいいですね。」
そういう管理人の話で、私達は本館で眠ることになった。もう夜も遅いので、布団と枕を寝るはずだった宿泊所から持ってきて、本館に敷いて集まって寝ていた。
すがすがしい朝がやってきた。しかし、気分はみんなすがすがしくはない。それを紛らわすかのように、楽しい話をしていた。
――・・・まずは1人。オマエだ!!
また男性の強ばった声が聞こえた。本館に集まっている私達から、不安がつのる。冗談なんかじゃないんじゃないか、と。私かもしれない。俺かもしれない。そんな声が、多数聞こえてくる。私だって、不安になってくる。
「おはようございます。あれ、大丈夫ですか?顔が真っ青ですよ。」
管理人には、聞こえていなかったらしい。監督が、顔を青ざめながら説明した。
「そうですか・・・ しかし、ここに集まっているのが1番いい方法だと思います。」
そう言って、食堂のほうに戻っていった。
なぜ、管理人には聞こえていないのだろう。私達には聞こえ、同じ本館にいる管理人には聞こえないなんて、おかしいのだ。それか、私達がよそ者だから聞こえるのかもしれない。早く出て行けってことなのかもしれない。管理人はここに長く務めているらしいから、別にここにいてもいいってことなのかもしれない。
「監督・・・ 気持ち悪いので、お手洗い行ってきます・・・」
合宿に参加していた1人の男子が言った。みんながざわつきたくなるのを抑え、静かにしていた。
お手洗いに行った男子を、男子全員と監督が追っていた。
しばらくしても、監督と男の人が戻ってこない。みんなの顔に、『不安』と書いてあるように青ざめてきた。男子達と監督を探しに、お手洗いのそばまで移動した。女子だからと、躊躇している暇なんてなかった。
お手洗いには、誰もいなかった。ドアも締まっていないし、人がいた形跡すらなかった。
「行方不明・・・!?」
みんながそう思った。そんなこと、あるはずがない。しかし、現に起こっているのだ。『行方不明』という4文字が、頭の中で点滅していた。昨日聞こえた『獲物』とは、私達のことだったのだ。
携帯電話で連絡を取ろうとしたが、圏外で繋がらなかった。私達の逃げ場がなくなった。どうすればいいのだろう。
私達は、急いで管理人に説明した。野外活動センターにいるのは女子8人と管理人4人しかいなかった。男子全員がいなくなったことに関しては、『まずは1人』と言ったのに8人もいなくなってしまうなんておかしい、との話だった。
野外活動センターをくまなく探したが、影すらなかった。本当の行方不明になってしまったのだ。私達は本館に戻り、ずっと黙ったままだった。しゃべることすら見つからない。楽しい話題すら、切り出せないのだ。
次の日。男子と監督がいなくなった事実は消えていなかった。私達は、何する気にもなれなかった。いつもやっていたランニング。楽しい会話。そんなものは、まるで今までなかったようにしなくなった。
――・・・昨日は思いがけない人たちが来て得をさせてもらった。今日は、3人のが消えるだろう。
みんながざわついた。自分が消えるんじゃないか。まだ生きたい。そんな声ばっかり聞こえてきた。しかし、いつかは消えることになるんじゃないか。多分、この声の主は全員を消す気でいるのだろう。そんな気がしてならなかった。
しばらくしても、何の変化もなかった。辞めたのかもしれない。そう思い込んでいた。でも、違った。
バタン
2人が、一緒に倒れた。残った6人は、無言で管理人を呼びに行った。管理人に慌てて説明し、みんなが集まっていた場所に行った。しかし、そこには倒れた2人の姿がなかった。
3人と言っていたのに、なぜ2人だったのだろう。すると、管理人も形相を変えて言った。
「管理人が1人いなくなった・・・」
今日は、ありえない状況で3人が消えた・・・
また次の日。みんな、布団から出る気にもなれないほどノイローゼだった。ご飯も食べる気になれなかった。それほど、みんなは不安だった。私ももちろん不安だ。警察を呼ぶにも呼べない。携帯が繋がらないなんて、不運だ。
――・・・今日は、8人を消す。残り1人になるのはオマエだ!
寒気がした。布団をかぶっているのに。私が残りの1人かもしれない。管理人と女子を合わせて9人。本当に、1人しか残らないのだ。みんなも、騒ぐ気になれなかった。
何時間経ったかもわからない。私は、布団から出ることにした。すると、気付いた。みんな、布団から出る気になれないんじゃなくて、気絶しているから出れなかったのだ。
私は、急いで管理人のところに行った。しかし、どこを見てもいない。本館全体を見たが、影も形もない状況だった。不安になった私は、みんなが集まっていたところに行ってみた。
しかし、誰もいなかった。布団の中には、誰もいない。私は、残り1人に選ばれたのだ。怖い。1人って、こんなに怖いとは思わなかった。その場に座り込んで、動けなくなった。
――・・・オマエが残り1人だ!
男性の声と、数人の笑い声が聞こえてきた。私は、このまま動かないでいるつもりはなかった。野外活動センターを探検する。声の主を探し、みんなを探そう。
誰も見当たらない。見つけたのは、動物だけだ。しばらく歩いていると、変な倉庫を見つけた。私は、用心しながら倉庫の近くに行った。
『悪魔に会うと、食べられる。』
「えっ・・・」
思わず声を上げた。倉庫のドアには、そう書いてあったのだ。まるで、ここに悪魔がいるような感じだ。そんなことも思いながら、倉庫をあけた。
「みっ・・・ みんな・・・!!」
そこには、私と一緒に合宿に来ていた仲間が血だらけで倒れている姿があった。血だらけというよりも、脳が抜き取られ、目玉は取れ、爪はすべて剥がされていた。あまりに残酷で、私は仲間を見つめることができなくなった。
「おや、お客さんか・・・?」
後ろからの声。あの声だ。いつも私達を脅していた声だ。私は、用心して後ろを振り向くと、そこにいたのは、
「管理人さん・・・!なんでこんなことをしたんですか!」
後ろには、目が充血して背中から黒い羽根が生えた、まさに悪魔という姿の管理人がいた。
よく考えれば、ここには管理人がいない。管理人が悪魔だから、当たり前だったのだ。それに、監督が最初の言葉を聞いた時に、口の端を上げたのだって、笑ってたからだ。管理人に声が聞こえないのも、管理人がしゃべっていたのだから、聞こえないふりだってできるのだ。
なぜ、私は気付かなかったのだろう。いろいろ気付いていたはずだったのに。頭のまわらない私を今更恨んだって、遅い。仲間は、もう犠牲になってしまったのだから。
「悪魔は、人を食する。」
「は・・・?」
「悪魔は、人を食して生きるのだ。人以上に美味いものなんて、この世に存在しない。」
本当に悪魔だ。人を食するなど、本当の悪魔だ。
「それだけでこんなことをしたの!?」
「オマエだって、昔は人を食べただろう。」
違う管理人がしゃべる。私は、昔に人を食べたことがあるのだろうか。この話は、本当の話だろうか。嘘じゃないのか。自分の過去を思い出せない。
「私は誰・・・?」
自分の名前すら思い浮かばない。私は誰?私は何者?本当に人間?生まれてきた人間?この人達は、本当に仲間?両親は?
「オマエは悪魔の仲間。だから最後まで残してきたのだ。」
悪魔・・・?思い出せない。すぐそこまで思い浮かんできているのに。
「オマエの名は、『サタン』。キリスト教などで、『サタン』は『悪魔』という意味だ。」
『サタン』そうだ。私は、この世のものではない。両親などいない。私は、さまよい続けこの地に来たのだ。この合宿に来ていた人達は、仲間なんかじゃない。私の仲間は、悪魔だけだ。
「ほら、これをやる。」
そう言って、悪魔が差し出したものは脳だった。それに、肉体までくれた。私は、それが当たり前とでも言うように手づかみで口へと運ぶ。こう言った私の姿は、どうなっていたのだろうか。
「人って、美味しい。こんな美味しいものが、この世にあったなんて。」
【了】
私自身、怖い話は好きですが、想像するのは大嫌い!ということで、震えながら書いてました(笑)
投稿、ホントギリギリですねw
怖くなっているか不安です・・・><
最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました。
これからもよろしくお願いします!