届かぬ思い。
皇犀は、実家の店の駐車場に車を置いてきていた。これが、幸いした。街路樹の多い大通りのはずれに歩くのを覚悟で停めていた。他の駐車場に停めた車は、満車の所は、車同士が、ぶつかり合った所や、立体駐車場は、ところどころ、柱が曲がり、車が出庫出来ない状態になっていた。車を急いで、出すものの、道路は、大混乱になっていた。まず、信号が動かない。それでも、こういう時、以外と人は、互いに譲り合い、お互いの身を案じていた。ありえない事が、身の上に降りかかっていた。時折、大きな揺れが襲ってきた。これ以上、揺れが大きくなったら、逃げ出そう。そう思いながら、幾つもの揺れと闘っていた。
「莉子。」
あせっていた。早く、莉子の顔が見たい。先を急ぎたいが、思うように車が進まない。何とか、国道に出て頃には、かなりの時間が過ぎていた。ふとラジオをつけると、思いがけないニュースが飛び込んできた。
「津波が?」
予想をはるかに超えた津波が起きていた。
「嘘だ・・」
誰もがそう思っていた。大混乱したのは地震だけではなかった。津波。それが、今回に地震の大きな元凶だった。
「くそっ!」
そうだ莉子だ。莉子は、戻ると言った。莉子の家は、高台にある。今まで、何度も地震はあった。でも、あの何年か前の宮城沖地震だって、大丈夫だった。今回だって、難を逃れる事は出来る。皇成はそう思っていた。絶対、大丈夫だって。だから、やけに、反対車線の車が、途切れずに来ても、進んでいった。途中、何度も、停められた。
「その先に、知り合いが居るんです!」
叫んでも、止められた。行くなと言われた。その度、車の向きを変え、むりやり侵入していった。だが、もう先に進めなくなっていった。道路の向こうの田畑が見えなくなっていた。
「ここまで・・。」
少し高くなっていた道路の向こう側。田畑が、水に満ちていた。
「ここまで・・。」
水が来ていた。
「戻った方がいい。」
誰もがそう言った。
「向こうに人が居るんです。」
震える声で、そう言った。きっと、莉子は、無事で、自分を待っている。そう信じていた。車を先に進めようとする皇犀の前に、一人の女性が現れた。
「あの・・。」
見ると、両腕に子供を抱えていた。
「乗れますか?」
「あっ・・。」
皇犀は、返事に詰まった。見ると、膝上まで、泥に汚れていた。
「子供を預かってほしいんです。もう一人、そこに置いてきたんです。」
泣いていた。子供は、母親の様子を察してか、じっとして、皇犀の顔を見ていた。
「母親と、上の子がいたんですけど・・。母がもう、歩けなくて・・。」
何人もの人が、泥にまみれ歩いていた。
「助けて・・。」
呟くように、その母親は言った。
「どこですか?」
皇犀は、女性と子供を中に入れた。
「すぐ、そこです。」
この時、莉子の声が聞こえたような気がした。きっと、逆の立場だったら、莉子も同じ事をしたはず・・。
「今すぐ、行きましょう。」
皇犀は、女性に言う場所に向かった。莉子は絶対、生きている。恥じる事のないよう、車を走らせていた。