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最後のメール。

誰もが、混乱していた。目の前に広がる光景は、今だかつて、経験した事のない光景が広がっていた。街は、崩壊寸前に見えた。俺は、その時、莉子の大丈夫という言葉を信じていた。莉子は、大丈夫。また、あらためてって、言った。きっと、また、逢える。一緒に歌い、笑える。そう信じていた。莉子の気持ちがわかっていたから、実家の店に向かう事が出来た。駅の歩道橋を駆け下り、いつもなら、面倒臭い親父の顔を見たくなくて、遠のいていた店めがけて、走っていた。時折、余震が襲ってきた。まだ、さっきの地震よりはいい。店と親が心配だった。みんな家族の事や、大切な人を思い、青ざめた顔で、携帯を握りしめていた。街は、電気が止まっていた。信号が作動せず、俺は、渋滞する車達をすり抜け、店にむかった。いつもなら、10分足らずの距離なのに、1時間かかっているような錯覚さえ感じていた。

「親父!」

自動ドアは動かなかった。手で、押し開け、店に入った。店内の照明は落ち、あちこち、棚から、商品が落ちていた。季節の菓子を告げるポスターが、剥がれ落ち、ケーキ箱が、倒れていた。綺麗な上生菓子も、アントルメも、全て、倒れていた。かなり揺れたらしい。

「来たのか・・。」

店の奥から、曇った声が聞こえた。店内の暗さに、目が馴れると、奥に座り落ちたガラスを拾い上げる親父の姿が見えた。

「怪我は?」

「大丈夫だ。」

箒とチリトリで、粉々になった破片を掃き集めていた。

「店の子達は?」

誰も、見当たらなかった。

「帰した。みんな家族が心配だろう?お前だって、こうして、来るくらいなんだから。」

「あぁ・・。」

急にバツが悪くなった。

「あ・・。姉貴は?」

店は、親父と姉貴が、きりもりしていた。

「工場の様子を見に行った。しばらく、帰れんかもしれん。」

「そ・・。そうか。」

すっかり、姉に顔向けが出来なくなってしまった。嫁にも、行かず、店と親父の世話に明け暮れている。

「酷い地震だったな・・。」

親父は、再び襲ってきた余震に、ふらついた。

「年なんだから・・。」

「バカ言え!年とった、親ほおって、おいて、歌にうつつぬかしていやがるくせに。」

忌々しいという顔をした。

「ここは、いいから。」

手伝おうとした俺の手を親父は払った。

「大丈夫なのか?」

「何が?」

「揺れが大きかった。時間も長い。来るぞ。津波が。」

莉子の家の心配をしていた。だが、莉子の家は、そんなに、海の傍ではない。

「余程、大きな津波でない限り、大丈夫だって。海から、そんなに近くない。」

親父は、何か言いたそうな顔をしていた。

「何かな・・。今までの暮らしは、もう出来ない。そんな気がするんだな。」

「脅かすなよ。」

俺は不安になった。携帯を取り出したが、通じそうにない。

「携帯は、みんな通じないって、行ってたよ。」

誰もが、携帯で連絡をとろうとする。だけど、通じる事はなかった。かろうじて、メールだけが、安否を確認するのに、役立っていた。

「大丈夫だって、メールは届いた。」

「なら・・。いいが。」

強気に俺は言ったが、不安は、拭えなかった。親父と、一緒に無言で、店内の片付けを始めたたが、嫌な予感がした。莉子は、今、何処にいるんだろう・・。家に戻ると言った。アレクが心配だと言った。家は、高台にある。・・が、車で、行くとするとどのルートをとったのだろう。嫌な予感は当たる事になる。

「海が、広がってきている。」

莉子からの、メールだった。目にするなり、携帯をかけようとしたが、無常に、通じなかった。

「今、何処?」

返事は、無かった。明らかに、莉子に何かあった様子だった。

「親父・・。莉子が。」

俺は、うろたえていた。

「どうした?何かあったのか?」

「海が、そこにって。」

「津波か?」

停電のせいで、今、何が起きているのか、わからない。親父の携帯で、テレビに切り替えると恐ろしい事を告げていた。

「津波だ・・。」

今まで見た事もない津波が、起こっていた。

「嘘だ・・。」

莉子の身に何が、起きている?俺は、狂ったように、何度も、携帯をかけ始めた。

「莉子。」

通じない。莉子の元へ、行かなきゃ。店を出ようとする俺を親父が、引き留めた。

「皇成!何処へ行く!」

「行くんだ。莉子が待ってる。」

「ダメだ。行くな。お前まで、死んじまう。」

「放せ。莉子が、危ない。」

「莉子の家は、高台にあるんだろう。大丈夫だ。下手に動くな。」

メールが着信を告げた。

「水に囲まれた。とりあえず、車から、出るね。」

「今、行く。」

俺は、返信するのがやっとだった。手が震えて、メールが打てない。

「迎えに行くから。」

そのつもりだった。親父を倒してでも、莉子を迎えに行く。

「高い所に行くから。大丈夫だから。まだ、水は、深くない。」

莉子が、必死で、逃げようとしているのが、わかった。

「絶対、逃げろよ。」

助かってほしい。ここに居る自分が、歯がゆい。

「皇犀。お願い。アレクを助けて。」

「絶対、助ける。」

莉子は、家に戻る途中だったようだ。渋滞を避け、裏道で、津波に遭遇したようだ。

「愛してるから。」

「俺も。」

止める親父を、ふりほどき、俺は、店から、飛び出していった。何処に居るのかも、わからない莉子を探す為に。

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