その日、3月11日・・・②。
その日は、朝から、気忙しかった。莉子の両親に挨拶に行く予定だった。街は、中学校の卒業式があったせいか、着飾った親達が花束を持った子供達と、駅前を急ぐ姿が見受けられた。
「手土産は何がいい?」
俺は、莉子にメールした。実家の菓子なんて、なんか、気恥ずかしく持っていく気になれない。
「何もいらないよ。」
返事は、すぐ来た。
「できれば、一緒に選んで。」
結局、自分では、選ぶ事も出来ず、迷いながら、メールした。
「パルコのチョコにしちゃうよ!」
莉子は、すぐ来ると言った。いつもの通り、パルコ隣のコーヒーショップで、待ち合わせする事になった。
「3時に。」
そう、莉子にメールした。車を、少し離れた駐車場に停め、待ち合わせまでの時間、いろいろ莉子へのプレゼント等、見るつもりだった。時間より早く着いたら、莉子の食べたがっていたチョコを買ってもいい、そう思いながら、駅前まで、来ていた。3月の空は、晴れていた。チラチラと降っていた雪もやみ、後から、東の空に、大きなきのこ型の雲が出ていたと聞いた。2じ46分だった。俺は、駅の歩道橋にいた。丁度、中央に差し掛かった時だった。
「あれ?」
最近、地震が多かった。その時も、最近続いていた地震の一つだと思った。目があった者同士、また、地震だな。という顔をしていた。ズンという下から、突き上げる感触だった。
「また、地震だ・・。」
そう思ったが、いつもと違かった。揺れは、おさまる事は、なく次第に大きくなっていった。最初の揺れから、30秒。次第に大きくなり、立っていられなくなった。あちこちから、悲鳴が上がり、揺れは、円を描くように、周り始めていた。まるで、映画の中にいる様だった。信じられなかった。ビル達が、音を立てて、揺れ、周り始めていた。何処からか、ガシャガシャという音が、響いていた。何かが落ちていく音、子供を庇う母親。みんなが、悲鳴をあげ、なすすべもなく、その場に座り込んだ。
「嘘だ・・。」
何が起きているのか、理解できない。コンクリートの柱が、ゴムのようにしなっている。揺れは、一旦、収まった。人々は、青ざめ、広い所や、階下に移動しようとしていた。建物から、避難していた人たちも、立ち上がり、どうしようかと顔を見合わせていた。
「まただ・・。」
誰かが叫んだ。また、揺れは、襲ってきた。
「もう、やめて!」
女の子が叫んでいた。学校が終わり、友達同士買い物に来ていたのだろう。二人組は、座り込み、一人は恐怖のあまり、泣き出していた。
「こっちに来て!」
飴のように、曲がる柱の脇に居た二人の手をとり、安全な中央に、座らせた。こんな事が、今、自分の身に起きている事が、信じられなかった。長い数分間だった。
「大丈夫・・。大丈夫だから。」
自分に言い聞かせるように、女の子達の傍にいた。あちこちから、人々の悲鳴が聞こえたいた。
「莉子・・。」
莉子が、今、ここに向かっているのは、わかっていた。心配だった。今、どの辺なのか・・。世界が、静寂に満ちた瞬間が訪れた。やっと、地震が収まった時、人々の口から、安堵の息が漏れたのが、わかった。誰もが、やっと、助かったと感じていた。
「大丈夫?」
目の前の女の子が、真っ赤な目をしていた。ふらふらと立ち上がった。
「家に連絡して、迎えに来てもらったほうがいい。」
俺の目の前で、ビルの看板が、落ちて行った。目の前には、揺れに耐えながら、見ていた景色とは、また、別の恐ろしい光景が広がっていた。
「これが・・。」
本当に、いちも見ていた景色なのか?力が抜けそうだった。信じたくなかった。すぐ、莉子に携帯をかけたが、全く繋がらなかった。
「莉子・・。」
メールが届いていた。
「大丈夫?」
流石に、莉子は、メールが早い。
「今、どの辺?」
聞く間もなく、莉子から、再び、メールが来た。
「アレクが心配。」
アレクは、大型犬なのだが最近の地震に敏感になっていた。
「アレクの様子を見に戻るから。今日は、延期ね。」
俺の実家の様子を心配しての事だったのだろう。きっと、この地震で、店の陳列は、滅茶苦茶になっているに違いない。
「落ち着いたら、連絡する。」
俺も、実家の様子が気になっていた。あの時、俺は、強引に、自分の所に来るように莉子を説得するべきだったんだろうと思う。歌が好きで、そして・・。海が好きだった彼女が、こんな事で亡くなってしまうなんて・・。俺は考えた事もなかった。自分が生きているこの時代にこんな大きな災害が起きてしまうなんて考えた事がなかった。ほんのすれ違いで、彼女と二度と逢えなくなるなんて・・。アレクの様子を見ると言って、莉子は、海近くの自宅へと戻って行った。まさか・・・。あの場所まで、津波が押し寄せるなんて、誰が予測できたんだろう・・。