ハレルヤ。君へ・・・。
菜杏に、連れられて行ったのは、最近出来た、仮設住宅近くの、公民館だった。子供たちが、はしゃぐ声が、外まで、聞こえてくる。大人達が、出入りしる中、中央に誰かが居るのが、遠くから見えた。子供や、その親たちが、囲み、誰かを見下ろしている。時折、笑い声や優しい話声が聞こえてくる。柔らかな空気だった。久しくこの空気に触れる事はなかった。話声と思ったのが、歌声だと、思ったのは、しばらくしてからだった。子供達との会話から、少しづつ、その音は、音程ののり、歌声と変わっていった。
「あぁ・・。これは・・。」
俺は、笑った。今の心境にぴったりの曲。ハレルヤだった。
「昔、よく聞いた曲だよ・・。」
語りかけるように、次第に強く歌声は、続く。人の壁は、波のように、歌声に合わせて動いて行った。
「皇犀・・。」
ふと、莉子が、語りかけてきた。これは、ハレルヤ。莉子も、歌っていた。俺と逢わせて・・・・。引き込まれるように、人の輪に、入っていく。不思議だった。光が降りていた。心地のいい空間。人々の指先から、金色の光が降りてきていた。
「凄いだろう・・。」
菜杏が言った。
「そう・・。だったのか。」
俺の視線が、釘付になった。その人の輪の中に居たのは、この間、初めて言葉を交わした女性だった。
「若葉・・。さんだ。」
人の輪の中で、歌う人。ハレルヤは、おれの心に浸透していった。あの日。全てが終わっていった。人それぞれの人生が変わってしまったあの日。莉子を失ったあの日。もう、歌えないと思ったあの日。このハレルヤが、光をもたらしていった。何て、力強く、命にあふれているんだろう・・。自然と自分の喉から、声が出て行った。
「そうだろう?」
小さな声で、菜杏が言った。
「歌えるんだよ・・。」
「歌えるから。」
莉子が笑った。歌える。知っているこのフレーズ。ずーっと、忘れる事がなかった。ハレルヤ。歌えるよ。言葉は、音に載り、やがて、リズムとなった。若葉が、顔をあげた。驚く表情では、なく、笑みを浮かべていた。一緒に歌う事を、許す顔だった。
「もう、大丈夫。」
莉子が、光になった。いつしか、俺は、若葉と、歌を口ずさんでいた。ずーっと、知っていたような気がした。
「また、逢ったわね。」
公民館での、イベントの後、若葉が言った。
「歌う人だったんだ・・。」
「少しね。」
俺は、ちょっと、と、指を動かした。
「もう、歌えないってきいたけど。」
菜杏が、首をすくめた。
「そう・・。思っていたけど。」
ハレルヤの光がまだ、指先に残っていた。
「歌える気がする。」
本当に、そんな気がする。
「大丈夫・・。」
若葉が、遠い目をした。
「始まった、ばかりよ。全て・・。壊れてしまったら、始まるだけなの。破壊の後には、新生があるだけなんだって。」
「誰が言ったの?」
菜杏が、水を差した。
「学校の先生。そうやって、歴史が変わっていくの。あたし達がいるのは、ちょうど、ページの変わり目。きっと、第1章が終わり、第2章になるページよ。」
若葉が、面白そうに言った。
「なーんにも、持たないで、逃げてきたの。今までは、あれも、これもって、いろんな欲に縛られていた。何もなくなったら、本当に大事な物がみえてきたの。」
小さな手を広げて言った。
「この手いっぱいの、ものなんて、持っていても、必要ないんだって。」
目が輝いていた。
「ここだけで、充分。」
胸に手を当てる。
「食い気は、ありそうだけどな。」
菜杏が、言った。どうも、この出会いは、菜杏が仕掛けたらしいが、その条件が、食べ放題だった。
「生きるために、命を頂くのは、当たり前よ。」
にっと、笑った。
「歌えないなって、ペソペソしないで。歌えるんだから。」
俺は、若葉を見上げていた。持っていた缶コーヒーは、とうに、冷えていた。随分と、年下の若葉に、励まされていると思ったら、とてつもなく、恥ずかしかった。
「皇犀。はじめるぞ。」
菜杏が、若葉の手をとった。
「お前が、動かないなら、こいつと、始めるからな!」
「えー!おじさん。やめてよ。」
「おじさん!?ひどっ・・。」
菜杏がしょげた。
「あたしは、この人も入れて、始めたいの。」
俺は、笑った。
「わかったよ。やろう!」
莉子。聞こえるかい?新しくまた、始める。君を亡くしたあの日。もう、俺の人生は、全て終わったと信じていた。もう、生きて行く世界がないと、信じていた。声は涸れ、歌えないと・・。でも。もう、一度、歌ってみて、いいだろうか?君へ、歌う事で、救われていいだろうか・・。莉子。また、始めるよ。残された俺たちが、始めて行く事。そらが、君への鎮魂歌となると、信じているから。




