何となく・・・。の偶然。
皇犀と初めて会った日の事は、覚えている。父の経営する動物病院に、震災後、すぐ、顔わ出したのが、皇犀だった。動物病院の中に併設されたトリマールーム。何となく、父の傍で、働いていた凜香が、年頃の男性と出会うのは、初めてだった。いつも、動物に、囲まれ、出会う男性といったら、老犬を連れた、おばあさんや、小型犬を連れたカップルだったりした。初めて、現われた皇犀は、まるで、雨に濡れた棄てられた子犬のように、哀れであった。生きる術を見失い、うなだれていた。あの震災の被害の大きさからして、とても、病院を開ける余裕なんて、なかった。おそるおそるドアから、除く皇犀の目は、光を失いかけていた。無精ひげが、口元や顎をおおっていた。つい、この間、トリミングしていたダックスが、皇犀に、微妙に反応した。
「ミル。やめて・・。」
吠えるダックスを、制し、皇犀を、中に、受け入れた。何となく・・・。気になったのだ。何となく。その後、父から、往診先の、皇犀の自宅に、点滴用の器材を持ってくるように、言われた時は、夢中で、端って行った。父から、聞いたゴールデンの様子も、気になったが、一番、気になったのは、皇犀の事だった。事ある毎に、ゴールデンのアレクに、理由つけて、皇犀の自宅に、向かって行った。
「くまさんの娘さん。今日も、来たね。」
皇犀の父親が、目元を緩めた。
「そろそろ・・。始めるつもりなんだ。」
皇犀が、呟いた時、胸がドキっとした。もともと、皇犀の父親と凜香の父親が、仲のいい事もあって、震災後は、家族のように、行き来していた。皇犀が、実家を手伝って、菓子作りをしたと、聞いたときは、嬉しかった。皇犀の父親の気持ちが、伝わってきていた。
「けどな・・。あいつは、本当は、音楽がやりたいんだな。」
凜香の父親は、皇犀を、応援していた。
「菓子屋の、若旦那でおさまる奴じゃない。」
「うん・・。」
菓子屋の、若旦那なら、手が届きそうだが、バンドボーカルとなった、皇犀は、凜香の手の届く人じゃない気がした。このまま、お店にいれば、いいのに。少し、音楽をやる女性が、疎ましかった。自分の知らない世界だった。だから、また、復活すると言った、皇犀が、哀しく思えた。もう、傍で、呑気に、コーヒー飲んでる場合では、ないと思った。
「少しずつ、街も戻ってきてるしね・・。」
凜香は、否定しなかった。
「歌しかないんだ・・。」
皇犀は、飲みきったコーヒーの缶を逆さにして、地面に置いた。
「なんかさ・・・。決められたシナリオじゃないけど・・。意味あると、思うんだ。」
「シナリオ?」
「うん・・。そう、思う事にしてる。あいつの事も、そうだし・・。」
皇犀の、胸には、莉子の、リングを通したチェーンが、光っている。
「理由つけ。何をするにしても・・。この世に、ムダな事なんてないって。あいつの命も、・・ね。」
いつまでも、莉子が、生きている。凜香の胸が、ぎゅっとなった。もう、皇犀の、胸に、決して消えない影となって、生きている。それを消すためには、濃い光でなくては、ならない。
「そうだね・・。歌ってよ。」
ぼんやり、凜香が、呟いた。
「うん・・。」
皇犀が、遠い目をした。ようやく落ち着いてきたこの頃、皇犀と、凜香が、話したその翌日。新しい展開が、訪れた。若葉が、店に現われたのである。




