雨蜜・6個入り。
少しずつ、時間が流れて行った。歌う事を忘れていた。あんなに、親父に反対され、店を継ぐ事を姉貴にまかせ、進んだ道。クラブで、歌い、少しは、ファンも出来ていた。ずーっと、インディーズで、歌うって決めて。震災で、何もかも、変わっていった。壊れてしまう所だった。形あるものは、壊れてしまう。目の前にあった、全ての物を失ったと思っていた。歌う事は、自分にとって、息をする事を変わらなかった。歌詞を考えるのではなく、自然と降りてきた。天から、言葉が、降りてくるんだ。莉子が言っていた。
「不思議だ・・。」
オーナーが居た。晶さんに、歌うと聞いて、ふらっと、立ち寄ってみたと言った。店は、再開出来るには、厳しいくらい被害が深刻だと言っていた。
「変わったよな・・。歌い方が・・。」
晶さんが隣で、頷いている。
「なんかさ・・。」
歌い方が変わったんじゃない。俺が歌っているんじゃないと思う。
「そう・・。」
誰もが、そう思っていた。莉子。だ・・。莉子の歌い方になっていた。
「あんまり、バラード歌うタイプじゃなかったよな。」
気分は、バラードだった。音の旋律が、目まぐるしく変わる歌を歌う心境じゃなかった。今は、静かに、歌いたい。
「いいよ・・。皇犀。」
晶さんが、ポツリといった。
「お前のいい所が出てる。」
きっと、俺の心の中で、何かが変わる瞬間だった。ほんの少しだけ、あの場所で、歌ってみた。始まった場所から、また、始めたかった。いつも、隣に莉子が居た。また、莉子に逢えそうな気がしたから。
「皇犀・・。」
晩飯の時、親父が、俺を呼んだ。いつも、菓子を作っている店の中だった。
「何か、残したいと思わないか?」
親父が、奥から、大切そうに持ってくる物があった。
「ようやく、冷蔵庫が動くようになったんだ。」
嬉しそうに、何か、菓子を作り始めたらしい。
「どう、表現したらいいか、わからんかった。俺も、菓子職人だが、表現者でもある。」
小さなケースの中に、色トリドリの、和菓子が並んでいた。
「若い人向けに、いろいろ考えてみたんだ。」
寒天と餡と、生クリームを使った、たくさんの色の和菓子類・・。ケーキとも、何とも、言えない菓子類。
「莉子ちゃん。いろんな飾り好きだったよな。」
そう聞いて、思わず、泣きそうになった。莉子は、よく、アクセサリーを手作りしていた、それを、まねて菓子にしたらしい。
「選んでほしいんだ。新しい店の看板にする。」
綺麗な色の菓子があった。
「どれも、まずそうだよ・・。」
俺は、素直になれなかった。
「いいから、食べてみろ。」
選ぶなんて、どれも、出来ない。全て、莉子の一部に見える。
「見るなよ・・。ゆっくり、食べるから。」
俺は、箱を受け取ると、少しづつ、片付いてきた自分の部屋に向かった。あの日から、今、立ち直ろうとしている。
「名前・・。考えろよ。」
親父が、おれに言った。
「菓子の名前な・・。」
「うん・・。」
泣きそうで、返事が上手く出来なかった。全てに、思いでが、ある・・。雨の日の、路地で、莉子にあった。
「全部・・。全部だよ。親父。上手く、もっと、作って。」
「全部だ?」
嫌そうな声がした。
「まだ、全部、食ってないだろう?」
「大丈夫だよ。親父の腕だ・・。全部。箱にして。名前は・・。」
頭の中で、あの日の雨の音がする。
「雨・・。雨蜜物語。6個セット・・。以上。」
親父の返事を聞かず、ドアを閉めた。




