杜の復活。
歌うよ・・。なんて、言って急に、人前で、歌える訳はない。俺、自身あの頃とは違うし、世界も変わっていた。昔、立っていたあの街角に、いるだけで、不思議な錯覚が、訪れていた。ただ・・。歌う為だけでなく、その場に立ちすくす・・。時間だけが、逆行し、あの頃が、戻ってきた。夏の暑い日の夕方、歌い疲れた俺に、莉子が差し出してくれた炭酸の味が、思い出された。全て、この街角で、起こり、終わっていった。
「歌わなくても・・。」
いい。行きかう人達は、どこか、見た事のある人だった。
「おお!皇犀!」
よく行っていた定食屋の、晶さんだった。
「無事だったか?」
「晶さん・・。」
声が詰まった。
「散々だったよ・・。俺の店も、お前んとこは?」
声を聴いて、悔しい事に涙が出そうになった。
「なんだよ・・。お前まで。」
「いや・・。嬉しくて。」
莉子が居なくなった事は言えそうにない。
「歌う気になったのか?もう、お前は、歌わなくなったって、誰かが言っていたぞ。」
「あぁ・・。噂でしょ。」
俺は、打ち消した。
「せっかく、いいところまで、言っていたんだろう?デビューするって、聞いていた。」
「そうだったね。」
過去形に、驚いた。自分の中で、歌う事が過去になっていたのか・・。
「お前はさ・・。商売する程、賢くもないんだから・・。歌えよ。」
「酷いな。」
俺は、笑った。しばらくぶりだった。
「おぉ!晶さん。」
晶さんのばか声に、行きかう人の中から、知り合いが、顔を出し始めた。
「もう、声が大きすぎ・・。」
「バカ言え!俺は、ファン1号だろう。お前の復活を願ってんの。」
ドンと背中を叩かれた。
「皇犀!もう、歌わねぇの?」
新たに、加わった通行人が声を出した。
「こんな時こそ、歌えや。」
ちょっとした盛り上がりだった。
「あの、達はどうした?変な恰好した奴らは?」
「こいつ、ベソベソしてたから、見捨てられたんだよ。」
代わりに、晶さんが、答えた。
「まったく・・。」
俺は、路地に腰かけた。
「聞いてよ。」
ようやく、声を出した。ようやく歌ってみる。1曲だけ・・。今日から、俺は、復活する。この杜の都とともに・・。




