路地に光る若葉。
あんなに、賑わっていたアーケード街は、鎮まりかえっていた。自宅の片付けが、落ち着いてきたのか、店先の片付けに、人々は追われていた。何人かの、知っている人と顔を合わせたが、簡単に、会釈をする程度にしていた。会話をする気力がなかった。みな誰かしらを亡くしているようだった。いつも、明るいアーケード街が、途方もなく、暗く感じた。アレクも、俺の気持ちを察してか、トボトボ歩いていた。
「ここはさ・・。」
横道にそれると悲しくなった。
「アレク・・。ここわかるか?」
アレクは、そっと、鼻ずらを、地面に押し当てた。そこに、莉子の残り香が、あるのか、真剣に、嗅ぎまわっていた。
「わかるのか・・。」
ここは、昔、ほんの駆け出しの頃、よく歌っていた場所。アレクが、嗅ぎ当てる事の出来るほど、香りが、残っているわけがないのに、何か、そこに莉子の姿を見つけ出して、安心したかった。そこに、あの頃の莉子がいる。髪も、短く、キャスケットを目深にかぶったショートパンツの莉子が笑っていた。
「皇犀!」
記憶の中から、浮きあがっていた。
「しっかりしなよ。」
笑顔が、哀しいくらいまぶしい。
「ダメだよ・・。」
俺は、目を伏せた。
「もう、どうしたらいいのか、わからないんだ。」
たまらず、かがんだ。アレクが、心配し、鼻を押し当ててきた。もう、自分の中から、理性が崩れていく・・。
「あの・・。大丈夫ですか?」
ふと、左肩に、触れる優しい手があった。
「莉子?」
俺は、何かを期待し、顔を上げた。情けないくらいの顔だった。
「あの・・。」
その女性は、驚いた。その位、変な顔だったらしい。
「具合でも、悪いのかと・・。」
女性は、声をかけたのを、後悔しているようだった。その女性の姿が、莉子と被ってみえたのだ。キャスケットの、下から、綺麗な茶色の髪が、はみ出ていた。
「いえ・・。すみません。」
俺は、鼻をすすった。完璧に恰好が悪かった。女性も、悪いと思ったのか、すぐ立ち去ろうとしていた。
「あの・・。」
俺は、女性が、何かを持っているのに、気づいた。そうだ・・。その背には、ベースが見えた。
「それは・・。」
「あぁ・・。これ?」
女性は、にこっとした。久しぶりに見る人々の笑顔だった。
「姉貴の所に、転がり込んできたんだけど・・。退屈でさ・・。前に来たとき、ここで、歌っている人たちが、結構いたから・・。居るかな?なんて。まぁ・・。居る訳ないよね。こんな事あったんじゃ・・。」
女性は、背から、ベースを降ろした。
「歌ってる場合じゃないよって、言われたんだけど・・。歌しかないし。」
女性は、ため息をついた。
「帰るしかないか・・。」
俺の顔をじっと、みつめた。
「あんた大丈夫?」
「あぁ・・。うん。」
俺は、鼻をこすった。女性が、俺の顔を見て、笑うので、俺も、とりあえず笑った。
「歌、歌うの?」
俺は、聞いた。
「歌うよ。さっきから、何回もそう言っている・・。」
「そうだった」
俺が、笑うので、アレクまでもが、優しい顔をしていた。
「どこから、来たの?地元じゃないよね・・・。」
「うん・・。凄い有名になった所。」
「有名になった所?」
ピンときた。
「言うと、嫌がる人がいるからね。。」
女性は、アレクの頭を撫でた。
「犬を飼っていたんだ・・。でも、どうなるかわからない・・。だから・・。逃がした。」
初めて見る哀しみが、瞳の中にあった。
「生きていてくれるといいけど・・。」
「君は・・。」
「若葉。クラッシュベリーのボーカルやっていたんだ。今は、もう、無理っぽいけど。」
若葉は、後ろ向きに、歩きながら言った。
「もう、泣かないほうがいいよ。」
俺は、思わず、追いかけた。
「イケメンなのに、思いっきり変な顔なんだもん。」
莉子が、若葉の前に、重なっていた。
「また、ここに来てみるよ。避難してっから・・。」
アレクが、追いかけないのかという顔をしていた。また、どこかで、逢えそうな気がしていた。避難民が、増えていたのは、知っていた。あの恐ろしい原発の事故で、多くの人たちが、自分達の、住み慣れた土地を離れるしかなかった事実が、そこにあった。若葉も、その一人だった。それを、知る事になったのは、後から、だった。ここから、俺の、運命が、少しづつ変わっていく。




