3月10日のプロポーズ。
何とも言えない優しい日差しが降っていた。3月10日、東北の春は、まだ遠く、寒い日が続いていた。皇犀は、莉子と駅ビルの中の、イタリアンレストランに居た。いつもなら、混雑する時間ではあるが、この日は、以外と人通りが少なかった。
「あのさ・・。」
食後のコーヒーをのみながら、何気ない様子を作りながら、皇成は、莉子を見上げた。
「そろそろ・・。考えているんだ。」
「何を?真面目に、家を継ぐ気になった」
「本気で、家を出ようと思っているんだ。」
「そうね。ほとんど、帰ってないし・・。」
皇犀が、友達の家を泊まり歩いているのは、常だ。莉子の家に居候する事もよく、あった。莉子の両親とは、うまくやってくれている。定職を持たない事を覗いては、気に入ってもらっていた。それに、人?見知りの激しい愛犬のゴールデン、アレクともうまくいっていた。
「出てどうするの?」
意地悪に皇成にきいてみた。
「バンドで、食べていく気?」
更に、意地悪にきいてみた。
「バカにするなよ。今まで、本気にならなかっただけだ。俺は、自分を追い込まないとだめなの・・。」
「また。」
莉子は笑った。
「そこそこ売れてきているからって、安心しちゃダメよ。いい加減お店の事を考えたら?」
駅の中央改札口にも、皇成の親の店が、小さいながらも、店舗を出していた。
「老舗なんだから、簡単には、つぶせないのよ。」
「大丈夫だよ。」
姉貴がいるから。そう言いそうになって、口をつぐんだ。姉貴には、負い目がある。
「貯金は、そこそこある。親を離れて、もう少し、バンド活動したいんだ。もうすぐ、なんだ・・。家に居たら、邪魔が入る。」
皇犀は、テーブルの下から、何かを取り出した。
「前から、欲しがっていただろう?」
小さな紙バック。一緒に言った空港傍側の、ショッピングモールのシルバー専門のお店の物だった。
「開けて」
皇犀に渡された。莉子は、皇犀の顔を見上げると、ほんのり顔を赤くした。それが、何か、わかったようだ。
「あの、指輪?」
「うん。」
少年のように、皇犀は笑った。
「結婚してほしい。」
「大丈夫なの?」
莉子は笑った。
「今、逃すと、一生、結婚しないと思う。」
皇犀は笑った。3月10日だった。外は、まだ、寒いのに、店内は、暖かな優しい日差しに満ち溢れていた。杜都の、春浅い日の出来事だった。