白い朝に。
それは、突然、やってきた。いつかはと、心の奥底で、予測していたかもしれない、事実。自分は、認めたくない思いを、沈めていた。少しずつ、元気を取り戻すアレクのもとで、その長い毛を、撫でている時だった。
「はい・・。」
おもむろに、かかってきた携帯の相手は、莉子の父親だった。
「連絡しようと、思っていたんです。」
俺は、アレクの事だと、思った。が、予想外に、莉子の父親は、声の調子が重かった。
「皇犀くん・・。すぐ、来れるかな」
「はい?どこへ・・・」
確か、莉子の両親は、避難先のままだったはずだ。
「自宅だよ。少し、片付けたんだ。」
「えぇ・・。行けますけど。」
少し、様子が、おかしい事に気づいた。
「どうかしたんですか?」
向こうで、女性の泣き声が、聞こえる。
「皇犀くん・・。」
声が詰まった。何が、起きたのか、俺は一瞬で理解できた。
「嘘ですよね・・。」
心臓の鼓動が高鳴り、手が震えていた。
「みつかったんだ・・。」
莉子の父親が絶句した。それを、聞いた時、膝の力が抜けた。立っていられなくなった。見つかった。
生きて、見つかった事を現す、言葉の調子では、なかった。莉子の父親の声色が、おれの希望を、打ち砕いた。もう、生きている希望が無くなった。
「莉子が・・。」
床に、膝まづいていた。それでも、携帯を離す事は、なかった。もしかしたら、間違いかもしれない。
「家内に内緒で、あちこち、見て回っていたんだ・・。もし、一人で、誰にも、見つけられず、居たら、可愛そうだと思って・・。」
「どこに、居たんですか・・。」
「707番・・。莉子の誕生日と同じ番号だったよ・・。」
親父さんは、泣いた。俺は、絶叫していた。
「皇犀!」
アレクに、水をと、戻ってきた俺の父親が、入ってきていた。目にしたのは、半狂乱になっていた俺の姿だったのだろう。自分でも、感情をコントロールする事が出来なかった。きっと、生きている。そう思いながら、諦めもせず、アレクの看病の合間を縫って、避難所や、病院を探し回っていた。生きているんだからと、安置所に行くことはしなかった。
「皇犀・・。」
親父は、俺に何が起きたのか、理解できたのだろう。携帯を、俺からとり、何やら、莉子の父親と、短い会話をした。そして、子供みたいに、泣きじゃくる俺の腕をとった。
「待っているから、行こう。」
俺の車を、運転するのは嫌だと、親父は言っていた。だが、ハンドルを握り、莉子の待つ自宅に向かって行った。長い時間だった。あの日に、全てが変わった。莉子との人生。俺の歌。家。社会。全てが、変わっていった。何処を探しても、居なかった莉子は、自宅で、白い棺の中に居た。
「よく・・。棺が、ありましたね・・。」
この震災で、棺を手に入れるのは、難しかったが、莉子は、白い棺の中にいた。
「子犬を抱えていたそうです・・。最初、他所の家の上に、乗りあげた車の中にいたので、そこの家族と思われていたみたいで・・。」
莉子の父親が、淡々と話していた。もう、涙も枯れ果てた様子だった。
「決め手は・・。」
俺に差し出されたのは、約束した指輪だった。
「凄い・・。土砂だったんだ・・。これでも、綺麗になったんだよ。」
最後に渡した指輪が、決めてになっていた。莉子は、ほんの少し、桜色の顔をしていた。何日も、そこで、俺の迎えを待っていてくれたのかもしれない。目は、少し、開き、まつ毛は、泥に濡れていた。少し開いた唇からは、
「来るのが、遅かったんじゃない。」
そんな悪態が、聞こえてきそうだった。もう、何日も、何日も、時間が経過していたのに、莉子は、時間をとめたかのように、綺麗だった。きっと、俺には、生きている時と変わらない莉子の姿が、そこにあった。
「ごめんな・・。」
もっと、早く、探してやればよかった。
「莉子・・。」
体のあちこちから、力が抜けて行った。莉子は、もう、この世界にいない。