評価された昼食
# 見えない昼食 ~給食が変わるぞ~
**第1話 給食が変わるぞ**
四月、二年三組の戸が乱暴に開いた。
サングラスに黒いコート。
低くかすれた声の、見知らぬ男だった。
「おう、てめえら。今日から給食が変わるぞ」
「誰?」
「先生は?」
男は答えず、黒板に一行書いた。
『残すな』
「出されたもんは、全部食え。残したやつは、帰さねえ」
そう言って、後ろの壁にもたれた。
それきり、男は一言も喋らなかった。
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**第2話 見えない給食**
「いただきます」
そう言うと、机の上に給食が現れた。
自分の分だけ見える。隣の子の分は見えない。
ミサキは、温かいシチューと焼きたてのパンだった。
「うまっ」
隣のレンが、顔をしかめた。
「……俺の、ご飯が固い」
それでもレンは全部食べた。
残そうとすると、男が壁から離れて、ゆっくり近づいてくるからだ。
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**第3話 あれ?**
六月、ミサキは日記に書いた。
『給食が、日によって全然違う』
豪華な日は、朝に誰かに褒められた日。
貧しい日は、朝に誰かと揉めた日。
七月、あまり話さない子に言ってみた。
「その髪型、似合うね」
翌日、その子が言った。
「今日の給食、豪華だった」
九月、ミサキはレンに打ち明けた。
「給食って……人にどう思われてるかで、決まってない?」
レンは笑って、それから黙った。
「……お前と話した日だけ、おかずが増えてる」
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**第4話 優しい嘘**
秘密は、ゆっくり広がった。
十二月には、クラスの半分が知っていた。
教室は、少しだけ優しくなった。
けれど二月。
「褒められたのに、給食が冷たかった」
誰かがつぶやいた。
褒め言葉が嘘だと、給食には分かってしまう。
給食を良くするために、人は人を褒め始めていた。
三月、終業式。
ミサキは言った。
「春になったら、全部リセットされればいいのにね」
壁際の男が、サングラスの奥で小さく笑った気がした。
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**第5話 二周目、ささくれ**
四月。
教室の戸が乱暴に開いた。
「おう、てめえら。今日から給食が変わるぞ」
一字一句、同じ台詞だった。
覚えている者が、半分ほどいた。
今度は、最初から分かっていた。
好かれれば、給食が良くなる。
だから、みんな必死に好かれようとした。
そして、必死さは、すぐに透けた。
「また媚び売ってる」
「お前の『いいね』、給食が冷たいんだよ」
笑顔の裏で、小さな舌打ちが増えた。
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**第6話 嫉妬**
三周目。
ユイの給食は、毎日、目を疑うほど豪華だった。
誰からも好かれていた。
「今日も豪華なんでしょ。いいなあ」
「……そんなことないよ」
「嘘。顔に書いてある」
ユイの隣で、ナナが箸を握りしめた。
ナナの給食は、毎日、少しだけ冷たかった。
(なんで、あの子だけ)
努力した。
気を遣った。
誰より早く、人に声をかけた。
それなのに、ナナの給食は、いつも冷たかった。
「残すな」
男の声が降ってきた。
ナナは、冷たいご飯を涙と一緒に飲み込んだ。
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**第7話 苛立ち**
四周目、五周目。
クラスは、ずっとピリピリしていた。
「あいつ、俺の悪口言っただろ。昨日の給食、まずかったぞ」
「知らねえよ」
「嘘つけ!」
給食の味は、証拠にならない。
けれど、みんな、それを根拠にした。
誰かが机を蹴った。
誰かが「うるさい」と怒鳴った。
教室は、毎日誰かが怒っていた。
その怒りが、また誰かの給食を冷たくした。
「残すな」
男は、毎日、一人ずつ見張った。
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**第8話 最初の殴り合い**
六周目の六月。
昼休み、教室の後ろで、鈍い音がした。
ケンジが、ユイの彼氏のソウタを殴っていた。
「お前が! お前がいるせいで!」
「何がだよ!」
ソウタも殴り返した。
ケンジは、一か月間、毎日、真っ黒に腐った給食を食べていた。
理由を、誰も教えてくれなかった。
椅子が倒れた。
女子が悲鳴を上げた。
男が、壁から動いた。
二人の前に立った。
サングラスの奥の目は、見えなかった。
「……食え」
殴り合いの途中で、二人の机に、給食が現れた。
血の味のするパンを、二人は泣きながら食べた。
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**第9話 疲弊**
殴り合いは、教室の日常になった。
七周目。
八周目。
誰かが怒鳴り、誰かが殴り、誰かが泣く。
そして、全員、毎日給食を食べさせられる。
「もう、疲れた」
誰かがつぶやいた。
「誰かに好かれようとするのも、疲れた」
「嫌われるのも、疲れた」
「怒るのも、疲れた」
教室から、少しずつ、人が来なくなった。
欠席が増えた。
保健室が満員になった。
それでも、男は毎日、教室に立っていた。
「残すな」
来た者だけに、給食は出された。
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**第10話 空っぽの教室**
九周目の四月。
教室には、半分しかいなかった。
殴り合う元気のある者も、もう、ほとんどいなかった。
ミサキは、窓際で外を見ていた。
隣のレンは、机に突っ伏して寝ていた。
給食の時間まで、起きなかった。
「いただきます」
小さな声が、ぱらぱらと上がった。
机の上には、みんな、何かが載っていた。
けれど、誰も、おいしそうな顔をしなかった。
甘くても。冷たくても。腐っていても。
もう、どれでも、同じだった。
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**最終話 いただきます**
十二周目の六月。
教室には、ミサキとレンと、数人だけが残っていた。
顔は痩せ、目は落ちくぼんでいた。
殴られた跡が、どの顔にも消えずに残っていた。
「最初に気づいたの、私だったね」
「ああ」
「言わなければ、よかったのかな」
レンは、首を横に振った。
「言わなくても、いつか誰かが気づいたよ」
少し間があった。
「……お前の給食、いつも豪華だったの、羨ましかった」
「え?」
「殴りたいくらい、羨ましかった」
ミサキは、小さく笑った。
「私も。レンが、いつも優しい顔で食べてるのが、嫌だった」
二人は、笑った。
それは、この教室で、久しぶりの笑い声だった。
チャイムが鳴った。
二人は、同時に言った。
「いただきます」
机の上には、何もなかった。
甘くも、苦くもない。
好かれていないのか、嫌われてもいないのか。
それすら、もう分からなかった。
後ろで、男が壁から離れた。
ゆっくりと、二人の席に近づいてくる。
「……残すな」
いつもの低い声だった。
けれど、その声は、少しだけ疲れているように聞こえた。
ミサキは、顔を上げた。
「残すものが、ないよ」
男は、何も言わなかった。




