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評価された昼食

作者: 尚、
掲載日:2026/10/11

# 見えない昼食 ~給食が変わるぞ~


**第1話 給食が変わるぞ**


四月、二年三組の戸が乱暴に開いた。


サングラスに黒いコート。

低くかすれた声の、見知らぬ男だった。


「おう、てめえら。今日から給食が変わるぞ」


「誰?」

「先生は?」


男は答えず、黒板に一行書いた。


『残すな』


「出されたもんは、全部食え。残したやつは、帰さねえ」


そう言って、後ろの壁にもたれた。

それきり、男は一言も喋らなかった。


---


**第2話 見えない給食**


「いただきます」


そう言うと、机の上に給食が現れた。

自分の分だけ見える。隣の子の分は見えない。


ミサキは、温かいシチューと焼きたてのパンだった。


「うまっ」


隣のレンが、顔をしかめた。


「……俺の、ご飯が固い」


それでもレンは全部食べた。

残そうとすると、男が壁から離れて、ゆっくり近づいてくるからだ。


---


**第3話 あれ?**


六月、ミサキは日記に書いた。


『給食が、日によって全然違う』


豪華な日は、朝に誰かに褒められた日。

貧しい日は、朝に誰かと揉めた日。


七月、あまり話さない子に言ってみた。


「その髪型、似合うね」


翌日、その子が言った。


「今日の給食、豪華だった」


九月、ミサキはレンに打ち明けた。


「給食って……人にどう思われてるかで、決まってない?」


レンは笑って、それから黙った。


「……お前と話した日だけ、おかずが増えてる」


---


**第4話 優しい嘘**


秘密は、ゆっくり広がった。


十二月には、クラスの半分が知っていた。

教室は、少しだけ優しくなった。


けれど二月。


「褒められたのに、給食が冷たかった」


誰かがつぶやいた。


褒め言葉が嘘だと、給食には分かってしまう。

給食を良くするために、人は人を褒め始めていた。


三月、終業式。

ミサキは言った。


「春になったら、全部リセットされればいいのにね」


壁際の男が、サングラスの奥で小さく笑った気がした。


---


**第5話 二周目、ささくれ**


四月。

教室の戸が乱暴に開いた。


「おう、てめえら。今日から給食が変わるぞ」


一字一句、同じ台詞だった。


覚えている者が、半分ほどいた。


今度は、最初から分かっていた。

好かれれば、給食が良くなる。


だから、みんな必死に好かれようとした。

そして、必死さは、すぐに透けた。


「また媚び売ってる」

「お前の『いいね』、給食が冷たいんだよ」


笑顔の裏で、小さな舌打ちが増えた。


---


**第6話 嫉妬**


三周目。


ユイの給食は、毎日、目を疑うほど豪華だった。

誰からも好かれていた。


「今日も豪華なんでしょ。いいなあ」


「……そんなことないよ」


「嘘。顔に書いてある」


ユイの隣で、ナナが箸を握りしめた。

ナナの給食は、毎日、少しだけ冷たかった。


(なんで、あの子だけ)


努力した。

気を遣った。

誰より早く、人に声をかけた。


それなのに、ナナの給食は、いつも冷たかった。


「残すな」


男の声が降ってきた。

ナナは、冷たいご飯を涙と一緒に飲み込んだ。


---


**第7話 苛立ち**


四周目、五周目。


クラスは、ずっとピリピリしていた。


「あいつ、俺の悪口言っただろ。昨日の給食、まずかったぞ」


「知らねえよ」


「嘘つけ!」


給食の味は、証拠にならない。

けれど、みんな、それを根拠にした。


誰かが机を蹴った。

誰かが「うるさい」と怒鳴った。


教室は、毎日誰かが怒っていた。


その怒りが、また誰かの給食を冷たくした。


「残すな」


男は、毎日、一人ずつ見張った。


---


**第8話 最初の殴り合い**


六周目の六月。


昼休み、教室の後ろで、鈍い音がした。


ケンジが、ユイの彼氏のソウタを殴っていた。


「お前が! お前がいるせいで!」


「何がだよ!」


ソウタも殴り返した。


ケンジは、一か月間、毎日、真っ黒に腐った給食を食べていた。

理由を、誰も教えてくれなかった。


椅子が倒れた。

女子が悲鳴を上げた。


男が、壁から動いた。


二人の前に立った。

サングラスの奥の目は、見えなかった。


「……食え」


殴り合いの途中で、二人の机に、給食が現れた。


血の味のするパンを、二人は泣きながら食べた。


---


**第9話 疲弊**


殴り合いは、教室の日常になった。


七周目。

八周目。


誰かが怒鳴り、誰かが殴り、誰かが泣く。

そして、全員、毎日給食を食べさせられる。


「もう、疲れた」


誰かがつぶやいた。


「誰かに好かれようとするのも、疲れた」

「嫌われるのも、疲れた」

「怒るのも、疲れた」


教室から、少しずつ、人が来なくなった。


欠席が増えた。

保健室が満員になった。


それでも、男は毎日、教室に立っていた。


「残すな」


来た者だけに、給食は出された。


---


**第10話 空っぽの教室**


九周目の四月。


教室には、半分しかいなかった。


殴り合う元気のある者も、もう、ほとんどいなかった。


ミサキは、窓際で外を見ていた。


隣のレンは、机に突っ伏して寝ていた。

給食の時間まで、起きなかった。


「いただきます」


小さな声が、ぱらぱらと上がった。


机の上には、みんな、何かが載っていた。

けれど、誰も、おいしそうな顔をしなかった。


甘くても。冷たくても。腐っていても。


もう、どれでも、同じだった。


---


**最終話 いただきます**


十二周目の六月。


教室には、ミサキとレンと、数人だけが残っていた。


顔は痩せ、目は落ちくぼんでいた。

殴られた跡が、どの顔にも消えずに残っていた。


「最初に気づいたの、私だったね」


「ああ」


「言わなければ、よかったのかな」


レンは、首を横に振った。


「言わなくても、いつか誰かが気づいたよ」


少し間があった。


「……お前の給食、いつも豪華だったの、羨ましかった」


「え?」


「殴りたいくらい、羨ましかった」


ミサキは、小さく笑った。


「私も。レンが、いつも優しい顔で食べてるのが、嫌だった」


二人は、笑った。

それは、この教室で、久しぶりの笑い声だった。


チャイムが鳴った。


二人は、同時に言った。


「いただきます」


机の上には、何もなかった。


甘くも、苦くもない。

好かれていないのか、嫌われてもいないのか。

それすら、もう分からなかった。


後ろで、男が壁から離れた。

ゆっくりと、二人の席に近づいてくる。


「……残すな」


いつもの低い声だった。

けれど、その声は、少しだけ疲れているように聞こえた。


ミサキは、顔を上げた。


「残すものが、ないよ」


男は、何も言わなかった。


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