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幸せでした(過去形)~愛を知ることができたが故の万感の雫

作者: 満原こもじ
掲載日:2026/07/31

 わたしの名前は『ラーヤ』というのです。

 この世界を統括する女神シグナリエ様の従者と同じ名前で。

 わたしは何故ラーヤという名前なの? と、以前孤児院長先生に聞いたことがありました。


「あんたは見たことないような奇麗な女性から預かったんだよ。『ラーヤです。お願いします』とね。訳ありの貴族だったのかもしれないねえ」


 ともかくわたしの預けられていた頃の孤児院というのはいい時代でした。

 世の中の景気がよかったせいかもしれませんが、寄付も多くて。

 食うに困らず、王立学校の慈善活動で読み書きを教えてもらうこともできたのです。

 ありがたいことですねえ。


 孤児院の子は引き取られていくこともあるのですよ。

 そういうのは見目のよい子と決まっておりまして。

 幸いわたしを気に入っていただける方がおり、一〇歳の時に商家にもらわれました。


 しかしいいことではなかったですね。


「ラーヤ! あんたはどん臭い子だね。まだ覚えられないのかい?」

「は、はい。申しわけありません!」


 いえ、旦那様や若様には気に入られていたのです。

 それで逆に嫉妬を買ったみたいで。

 他の使用人の皆さんから集中砲火でした。

 ねちねちと嫌味を言われ、時にはぶたれ蹴られ、食事を抜かれ。

 いつの日か認めさせてやると、歯を食いしばって頑張っていたのですが……。


「せっかく孤児のお前を拾ってやったというのに。恩を仇で返すとは!」

「わたしは何もしていません! 本当です!」


 売り上げを盗んだと濡れ衣を着せられ、放り出されました。

 できないことを咎められるのは仕方ないと思っていました。

 でも信じてもらえないことは悲しかったですねえ。


「あれっ? ラーヤちゃんじゃないか。どうしたんだい?」


 取引先の小さな商店の御主人でした。

 かくかくしかじかで行き場所がなく、と説明いたしまして。


「ええ? 話も聞いてもらえないのかい? 可哀そうに」

「わたしは覚えが悪いと、いつも叱られていましたし……」

「じゃあうちに来ない?」

「えっ? よろしいのですか?」

「ああ。ラーヤちゃんがよく働くいい子だということは知ってるからね。ウソを吐くなんて思えない」

「わたしたくさん働きます!」


 嬉しかったです。

 信じて救っていただいたことは。

 わたしも恩に報いるために一生懸命働きました。

 そうしたら店も繁盛して大きくなったのですよ。

 自分の働きが評価されたみたいで、意欲が湧きましたねえ。


「ラーヤをクビにした商会があったろう? 潰れてしまったんだよ」

「えっ? あんな大店だったのに?」

「いや、あまり雰囲気がよくなかったよ。ラーヤがいた頃から従業員の入れ替わりが激しかったろう?」

「……言われてみれば。そういうのお客様はわかってしまうものなのですかねえ?」

「うちも最近取り引きを控えていたんだ。被害を被らなくてよかった」


 潰れた大店の交易部門を引き継ぎました。

 相乗効果ですごく儲かるようになったと旦那様がお喜びでした。

 わたしも嬉しくなってしまいます。


「ラーヤがうちに来てから、何もかもがうまくいくようになったよ。幸運の女神様のようだ」

「いえ、そんな……」

「ところでうちの息子をどうだい?」

「えっ?」


 ……前務めていた大店でもわたし、最初は旦那様や若様に気に入られていたのですよ。

 にも拘らず最後にはゴミみたいに捨てられてしまって。

 少々トラウマというか、臆病になっていました。

 でも今の旦那様や若様に拾っていただきましたし、本当にいい方ですので……。


「……では、よろしくお願いいたします」

「やあ、これでうちの店も安泰だ!」


 笑顔になってくださったのでよかったです。

 怖い顔、悲しい表情は苦手ですので。


 婚約した若様にも本当によくしていただいたのですよ。

 地方に仕入れにいく時など必ずわたしをお連れくださって。


「ラーヤと旅行なんて楽しいよ」

「あら、若様ったら」


 でも暴漢、いえ、盗賊ですかね?

 護衛の手が足りず襲われたことがあったのです。

 もうわたしも必死で若様に覆い被さって守って。

 ボカスカと殴られ蹴られ、痛みで気絶してしまいました。


「はっ!」


 目が覚めたらわたし何ともなかったのですよ。

 いえ、骨も何ヶ所か折れ、頭もぱっくり割れて血がどくどく流れるかなりひどい状態だったようなのです。

 けれどもちょうど通りかかった魔法医様が助けてくださったそうで。

 若様に泣かれました。


「ラーヤ、これからは絶対に無茶をしてはいけないよ」

「すみません。わたしも若様にもしものことがあってはと無我夢中だったものですから」

「君を失っては私も生きてゆけないのだから」


 身に染みる言葉です。

 わたしを思って言ってくださるのですね。

 じーんと心が温かくなります。


 魔法医様はとても美しい女性で、礼も受け取らずに立ち去られたそうなのです。

 御奇特な方もいらっしゃるものですねえ。

 でもこの事件があって、若様との絆が一層深まりました。


 わたしの成人を待って結婚しまして。

 そして数十年の月日が経ちました。


「ラーヤ……」

「はい、あなた。ここにおりますよ」


 枕元で声をかけます。

 夫の身体も随分弱ってしまいました。

 いえ、わたしもですけれどもね。

 人生の終着点が近いなあ、と。


「店は驚くほど大きくなった。子供達にも恵まれた。大した病気もせず長生きできた」

「そうですねえ。ありがたいことです」

「皆ラーヤのおかげだ」


 わたしのおかげなんてことないですよ。

 皆様に助けられて。

 大事にしてもらって

 幸運を掴むことができたからなのです。

 でもそんなこと言うのは野暮ですかね?

 夫の手を、ただぎゅっと握ります。


「いい人生だった」

「……はい」


 過去形にするのは早いですよ?

 でもわたしも同じ思いだったのです。

 夫とともに歩んだ道は自慢できる道で。

 振り返った時に見える足跡が宝石のように思えて。


「ラーヤのおかげだ。ありがとう」

「……」


 またですか。

 死期を悟った夫の口から発せられる言葉に、思わず涙がこぼれてしまいます。

 寂しい、悲しい、切ない、ありふれた感情だけじゃないんです。

 二人で作り上げた人生に満足しているからなんです。

 まさに万感の、雫。


「……少し休むよ」

「はい」

「君はもっとたっぷり楽しんでから来るといい」

「いえいえ」


 わたしももう十分生きましたよ。

 今は気が張っているので、あなたからはしゃんとしているように見えるかもしれないですね。

 けれど一杯一杯なんです。

 あなたを看取ったら、すぐお供することになるのではないでしょうか?


 その夜、夫は亡くなりました。


 ――――――――――


「ラーヤ。お帰りなさい」

「あ……」


 女神シグナリエ様の声を聞き、全てを思い出しました。

 愛を知りたいと、我が儘を言って下界に転生させてもらったのでした。

 夫の最期を看取り、わたし自身の寿命もまた尽きて、天界に戻ってきたのです。


「ラーヤの様子はずっと見ていましたよ。安らかな生涯、御苦労様でした」

「いえ、わたしのほうこそ、ありがとうございました」

「得るものはありましたか?」

「はい、十分に!」

「それはよかったです」


 微笑むシグナリエ様はお優しいです。


「また下界に転生したいということがありましたら、すぐ言うのですよ」

「もうよいのです。愛は一つでお腹一杯と知りました。満ち足りた一生でございました」

「そう? 一人を応援して下界を見るということがこれまでなかったですから、ラーヤの人生一代記は面白かったですよ」


 あっ、シグナリエ様は娯楽を見出していたのですね?

 でも楽しんでいただけたのは幸いです。

 わたしもにっこりです。


「これからはまた、シグナリエ様の従者として仕えさせていただきます」

「はい、期待しているわ」

「でも一つだけ心残りがあるのですよ」

「何でしょうね?」

「夫のことです」


 わたしはシグナリエ様の従者ですから、夫の元へ行けません。

 となると夫は寂しいと思うのです。

 今後ずっと天界で夫が独りなんて、わたしが耐えがたいです。

 下界ではあんなによくしていただいたのに……。


「大丈夫ですよ。これがありますからね」

「シグナリエ様。その宝石は何ですか? とても奇麗ですね」


 シグナリエ様が一つまみほどの大きさの珠? 宝石? をお持ちでいらっしゃるのですよ。

 何色とも判じかねる、妙に懐かしい感じもしますけれども……。


「うふふ、これはね。夫を失う間際のあなたの涙を結晶化させたものよ」

「えっ? わたしの涙なのですか? 少々むず痒い心地がしますね」

「ええ、この涙はあなたの下界での生活の全てが詰まったものだもの。これであなたのアバターを作りますわ」


 思わず瞠目しました。

 わたしの現し身を作る?

 そんなことができるのですね?

 さすがはシグナリエ様です。


 シグナリエ様が愛おしそうに持つ涙の結晶を見つめます。

 ああ、本当。

 わたしの下界での生活が全て詰まっているというのを、見ただけで感じ取れます。

 この涙で作った現し身を夫の元に送ってくださるのでしたら、夫もこの天界で末長く穏やかに暮らせるでしょう。


「……シグナリエ様。ありがとう存じます」

「いいのよ。わたくしの大事なラーヤを愛してくださった殿方ですからね。十分に報いないと」


 涙がこぼれます。

 あっ、シグナリエ様がわたしの涙を結晶化させて?


「こちらの涙はわたくしがもらっていいかしら?」

「もちろんですとも」


 愛を知ったわたしの忠誠をあなたに。

 最後の一文の『あなた』は、夫と女神シグナリエの両方を指します。

 最後までお読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
いやぁ儚いなぁ……でも幸せになれたならおっけーです
神の寵愛をうける聖女かと思ったら、もうちょっと上でしたか。加護を与える側ですねこの方
ラーヤがいる場所が富むのはラーヤの力か女神様の加護か。 最初の商会はもともとラーヤがいなければギリギリだったっぽいが。 旦那様は福の神ラーヤのお陰で大店になっても傲らず妻を大切にしたから女神様に目を…
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