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赤い空

赤い空という鳥かご

掲載日:2026/02/07

 基地に帰還した瞬間に、吐いていた。

 吐しゃ物は血痰交じりで、如何に自分が消耗したのかが、ハングドマン05にはよくわかった。


 しかし、その血痰を、防護服を着た連中が回収していった。

 そのあと、手錠を付けられ、そのまま医務室に運ばれ、血液を採取された後は脈拍と脳波の測定装置を取り付けられて、かれこれ結構長いこと測定されている。


 しかも重機関銃に対戦車ライフルを装備した重装備歩兵が二名と、この基地に配備すらされていない最新鋭のアサルトライフルであるG-62を装備したフル装備の兵士が八名、自分に対して殺気を向けている状態だ。

 なんかろくでもないことになったのは、ハングドマン05が自覚している自分の悪い頭でもよく分かった。


「おい、なんでこんなに厳重にやらされるんだ?」


 医務官に聞いたが、答えない。


「ちっ、だんまりかよ」


 愚痴った後、医務官の口から一言だけ聞こえた。


「人間じゃなくなってるかもしれないのに、楽天的だな」


 何言ってんだ、こいつ。


 そう言いそうになったが、どうも自分でもおかしいと感じることがある。

 取り付けられている脈の測定器が、常時三〇〇を超えているのだ。

 ワイズはもう取り付けられていない。


 にもかかわらず、何故こんな数値なのか。

 思えばあの時、『食われた』と、直感的に何かが告げた。


 その時に自分の中で感じたのだろう。

 多分、もう自分が半分人間を辞めて、ワイズに侵食されているのだ、ということを。


「お前、一度帰ってから鏡見たか?」


 医務官が聞いてくる。


「いや、んなもん見るより前に、こうして連れてこられてるから見てる余裕なんざあるわけねぇだろ、ボケ」

「そりゃそうだな。なら、見てみろ」


 そう言って、兵士の一人が手鏡を見せた。

 眼の前に、血のような赤い目をして、瞳孔に何かが迸っている誰かがいる。


 いや、確かに顔立ちは自分の顔だ。

 だが、自分の旧来の眼は黒だ。


 それに、よく見ると青みがかっていたはずの自分の黒髪の毛の一部も、血のように赤いメッシュが入っていた。


「誰だよ、これ」

「お前だよ。お前以外に誰がいるんだよ」


 兵士が呆れたように、ガスマスク越しに言った。


「はぁ? マジで? 俺こんな感じになったわけ?」

「そういうことだ。それが、ワイズに飲まれる、ということだ」


 医務室の扉が開くと同時に、兵士が一斉に敬礼をした。

 スーツをビシッと着こなした、戦場に似合わないような小綺麗な格好をした男が現れた。

 歳は、見る限りで三〇代後半といったところか。


 だが、自分の中で何かが恐れた。

 一見、何の害もないように見える柔和な雰囲気をしているのに、その奥底から計り知れない殺気を感じるのだ。


 殺気、いや、違う。

 まるで、興味の実験対象としか見ていないような、虚無。


 人間なのか。本当にそう疑わざるを得ないほどに、不気味に感じられる二面性を持っていると、男からは感じられた。


「すまないが外してくれ。こいつと二人で話をしたい」

「はっ。何かありましたら、いつでもお呼びを」


 兵士はそう言うと同時に、隙を見せずに医務室から去っていく。

 医務官もまた同様に退場していった。


 誰もいなくなって、ただ電球の明かりだけがある医務室で、ハングドマン05は口を開いた。


「あんたが、マーク・バルバロイ、だな?」

「ほぅ。やはりあの暗号文が読めたか。そうだ、それが俺の名前だ、ハングドマン05。それとも、レクス・ルーズベルトとでも、呼んだほうがいいか?」


 久々に聞いた、自分の名前だった。


 だが、何故だろう。

 あれだけ欲しかったはずの本名を、今はまるでどうでもいいことだと感じている。


「あんたの好きに呼べ」

「じゃ、ここの流儀に習ってハングドマン05と呼んでおこう。どうだ、心拍数が常時三〇〇をいく気分は?」

「ああ? 変わりゃしねぇよ。特段身体に異常はなし。この機械が壊れてんじゃねぇのか?」

「違うな。そいつは正常だよ」

「つまり、俺の心臓は常時三〇〇超えた状態で動いてる破裂寸前の状態ってわけか?」

「それとも、少し訳が違う」


 マークはそう言うと、紙を一枚、ハングドマン05の前に出した。

 自分の状態が書かれた紙だった。


「血液型、判別不能?」

「そういうことだ。お前の血液成分を調べたが、お前の身体はかなりワイズと深く融合した状態にある。それがこの結果だ」

「それと心臓とがどう関係がある?」

「お前の心臓の状態も調べたが、ワイズが幕を覆って守ってる形になっている。証拠に息苦しさないだろ?」

「まぁ、確かにな」


 しかし、にわかには信じがたい話ではある。

 なんだか人間では身体自体がなくなっているのだと、実感するには十分な感覚をいただかざるを得なかった。


「脳波に関しては異常なし。これだけワイズを取り込んで精神も脳も壊れてないケースも珍しい」

「やっぱワイズって相当にやべぇもんなのか?」

「俺達はこれを生命体の一種だと考えてる」

「寄生生物、って感じか?」

「そうともいうな。そして、お前は観測された中でほぼ唯一の完全なワイズ適合者だ。だからだ」


 マークが、手を伸ばした。


「俺達のヴァルハラに来い。お前は進化した人類として救世主になれる」

「で、そうやって救世主様に祭り上げられたところで見返りは?」


 マークがふっと笑う。

 まるで、神でも気取るかのようだと、何故かハングドマン05には感じられた。


「自由」

「自由?」

「望むままになんでもくれてやろう。地位、金、名誉、栄達、過去の抹消、お前が黒だと思ったことも白だと出来る力、刑期の全削除、なんでも与えてやる。俺達の結社、ヴァルハラならそれが出来る」


 何かが、冷めていく。

 そう感じるには、十分な言葉だった。


「断る」

「ほぅ、意外だな。食いつくと思ったが」

「俺が欲しいのは、そういう鳥籠の自由じゃない」

「では、どんな自由が欲しい?」


 マークの言葉の後、ハングドマン05は手を、天井に伸ばした。


「青い空を駆け回れる、自由」


 あっさり言葉が出たことに、ハングドマン05自身が驚いていた。

 結局のところ、囚人になった結果、戦い続ける定めになったのに、逃げ出さずに刑期を減らし続けている最大の理由はなんだ。


 青空がもう一度見たいから、ではないのだろうか。

 そう考えると、異様なほどにしっくりくるのだ。


 いわば、自分達囚人兵は、ワイズというものに支配された、戦場という名前の籠の中でだけ自由な鳥でしかない。

 恐らく、自分がワイズと融合しても、ヴァルハラに入ったとしても、待っている結果は変わらないだろう。

 ワイズに支配され続け、人間でなくなり、そして青い空を見ることがないまま自由を失い続ける。


 その生活は、一見楽園に見えるかもしれない。

 だが、感じるのだ。


「自由ってのは、そんな権力や決められたフィールドでだけ与えられるもんじゃねぇだろ。人間が人間らしく生きられるもの、それが自由だろ」

「つまり、お前はワイズに寄生されながらでも、人間としての核を捨てたくない、というわけだな」

「むしろ、その寄生虫をぶっ殺してやりてぇ。俺は殺人犯だ。だから、寄生虫を殺したところで前科がもう一個増えるだけでしかねぇ。だから」


 マークを、ハングドマン05はにらみつけた。


「てめぇらの指図は受けねぇ。俺は俺で自由を見つけてやる」


 言い切ると、マークが含み笑いをして、そして、高らかと笑った。


「素晴らしい。見事だ。それでこそ、より進化した人類だよ」


 言うと、マークは立ち上がる。

 その眼は、まるで子供のように興味深く、同時に、残虐な光を放っているように思えた。


「抗ってみろ、人間。ま、いずれ気が変わったら連絡をよこせ。ヴァルハラはいつでもお前を待つ」


 そう言ってから、マークは去っていった。


 そんな日から数日が経過した日。

 相変わらず、ハングドマン05は自分の愛機であるMAマルスアーマー『シュライク』のコクピットの中にいた。


 常時心拍数三〇〇を超えてもなお、確かに心臓はまったく破裂しなかったし、頭も痛くなったりもしていない。

 それどころか血圧が何故か安定している地点で、明らかに自分の身体が異物になりつつあることを実感するには十分すぎた。


 しかし、特段他の連中は気にもしない。

 単純に、ここは生きるか死ぬか、そして刑期を終えて逃げられるか、そのどれかでしかないからだ。そんな他人を気にする余裕はない。


 シュライクのコクピットでワイズを首筋に打ち込まれる。


『登場者照合。ハングドマン05と認識。心拍数、三〇〇既に到達。起動条件クリア。ワイズ注入維持にかかります』


 シュライクのAIも、最近はこの調子だ。

 だが、核となる精神には、何か異常があるようには感じない。

 相変わらず、自分の中でさっさと刑期を終えたいという欲望があるだけだ。


『最終ブリーフィングだ、ハングドマン05。いいか。今回もルールは簡単だ。敵基地を単機で根絶やしにしてこい。敵はMAが一〇機ほどいるが、所詮は量産型の雑魚どもに過ぎん。貴様ならどうってことはないはずだ』


 オペレーターがぶっきらぼうに言ってくる。

 結構ハードな任務だと思えた。


「あぁ? 一〇機もいるクセにどうってことはねぇとか、アホか? きついに決まってんだろうが」

『他にもCIWSが複数あるが、何度も言うが貴様なら完遂できるはずだ。これが出来れば刑期も結構減衰される。ありがたく思うんだな』

「へーへー」


 呆れて欠伸をした後、シュライクに武装がセットされる。

 相変わらず両腕にはブレード付きのアサルトライフルがセットされ、肩にはマルチミサイルランチャーと、今回はガトリングガンが追加装備されている。

 シールドは、ない。


「避け続けるしかねぇな、この装備」


 そう愚痴った後、カウントが0になった。


「ハングドマン05、シュライク、出るぞ」


 直後、一気にブースターが点火し、カタパルトから機体が射出された。

 射出された先の空は、相変わらずの色だ。


『シュライクの射出を確認。で、ハングドマン05、今日の空はどうだ?』

「相変わらず、吐き気がしそうなほど、血みてぇに赤い」


 赤い空が、ずっと先まで広がっている。

 血のような赤い空。その中でしか、今は自由がない。


 その自由も、あくまで戦場という戦うことのみの自由だ。

 真の自由と、青空は遠い。


「いつになったら、俺の空は青くなる」


 そう呟いてから、シュライクを更に加速させた。


 これは、赤い空を駆け続ける囚人兵たちの物語。


(了)

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