1話 天嶺アマテル
私は、天嶺アマテル。二十歳。
公務員を目指して専門学校に通っている。
いまはちょうど採用試験の真っ最中。
地域のボランティアや、祖父母が守る神社で子どもたちに勉強を教える“寺子屋”みたいなこともしてきた。
だからいつかは、地元の役場で働きたいって思っている。
第一希望はもちろん地元。……でも、念のために隣町とか県庁とか、国家公務員も受けてみた。
一択は怖いじゃん。私、ちょっとした策士なんだ、えへんっ。
一次試験はなんとか通過。……国家公務員はやっぱり無理だったけどね。
今は二次試験の面接に向けて準備中。
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そうそう、家族の紹介がまだだったね。
うちは七人家族。父と母、双子の姉、弟、そして私。
それにすぐ近くに住んでいる祖父母もいる。
父は会社員で、工事現場で指揮を取る人。
橋やトンネルなど、結構有名な工事に携わっているらしい。
ちょっと怖くて苦手だけど――実は、人のために働く姿がかっこいいなって思ってる。
本人には絶対言わないけど。
母は神社のお手伝いをしながら、ほぼ専業主婦。
料理がとにかく上手で、私は壊滅的(笑)。
母の実家は有名な神社の家系で、武神の末裔なんだって。
普段はおっとりしていて優しい口調だから、本当なのかなぁ……って思っちゃう。
姉は神社の管理を継ぐため修行中。
私と双子だけど、清楚で文武両道、才色兼備。ほんと、同じ顔してるのが不思議なくらい。
舞う姿は神秘的で見とれるほど美しい。……でも怒るとめっちゃ怖い。
武道も強いし。せめて“武”だけでも分けてほしいよ。
弟は高校生。思春期まっさかりで、最近あまり話してないけど、料理の腕はすごい。
将来は料理人になるんだって。
昨日も「面倒くせぇ」って言いながらチャーハンを作ってくれた。優しいんだから。
そして私は――じいちゃんばあちゃん子。
祖父は神社の直系の血筋だけど、女系神主制だから神職は継げない。
それでも神社を支え、地域の農業のノウハウをまとめ上げ、人からは“農業の神様”って呼ばれている。
天候や気温に合わせた管理方法が全部記録されていて、従うだけで米ができるんだって。
「まじ神だよ」って、本気で思う。
祖母は現在の神主。
この神社は「威武」と「慰撫」――力と癒しの夫婦神を祀っている。
祖母はその神々が気に入ってお嫁に来たんだって。
神事のときに舞う姿は荘厳で、でも普段はおっとりしてて、昔話を茶目っ気たっぷりに話してくれる。
寝る前に聞いた“神と人の昔話”は、いつも心を落ち着かせてくれた。
祖母の実家は旧家の武家の家系で、ふと見せる凛とした目は、刀の光みたいに鋭い。
見たことはないけど、刀も薙刀も槍も扱えるって叔母さんが言ってた。
居合は神域らしい。……ほんと、威武と慰撫そのもの。男女逆だけど(笑)。
そんな家族に囲まれて、私の暮らす街は今でも“ご近所が家族”みたいな距離感。
誰かが「お醤油貸して〜」って来るくらい、懐かしい匂いのする町。
私はこの土地が――好きだった。
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でもね、最近ちょっと変なんだ。
季節の行事も、人の温かさも、全部知っているはずなのに。
神社の朝はいつも静かで、鳥の声と風の音しか聞こえないのに。
なんだか、空気が少しずつ違う気がして……胸の奥に違和感が刺さる。
夏が終わりかけた頃、公務員試験の一次合格発表があった。
――それが、私の運命を変える出来事の始まりだった。
静かな夜、ふと見上げた月がやけに冷たく感じた。
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そう、すべてはあの出来事が不幸への始まりだったみたい。
地元の公務員の一次試験の合格発表が終わって間もない時だった。
一緒に受けた子が変なことを言い出したの。
「なんであの子が合格したの? 遊んでばかりで勉強してなかったじゃん。おかしくない?」
その子は残念ながら落ちちゃった。
何も言えなかったけど、きっとその子も影で頑張ってたんだと思う。
次の日、偶然聞いちゃったんだ。
疑われてた子たちのグループとは馬が合わないというか……正直、「これぞお嬢様」って感じで。
昼食の席でヒソヒソ話してるのが耳に入った。
「私、合格決まってたんだ。親に形だけ受ければいいって言われてさ。公務員なんてなる気なかったけど、とりあえず無職は嫌だし。嫌だったら辞めればいいしね。親、人事の偉いポジションだから、いつでも戻れるし」
「うちはパパが議員だし〜……」
えっ⁉︎ 信じられない。
その子の親にはボランティアで会ったことがある。すごく良い人だったのに。
これが本当なら、一生懸命やってる人が報われないなんておかしいじゃん。
それでね、このことを役所に報告することにしたの。
内部統制って言うんだっけ? 疑わしいことを報告する窓口があったのを覚えてた。
でも、身元がばれると親に迷惑をかけるから、匿名でメールを送った。
――それが、間違いだった。
ボランティアで役所の人たちと何度かメールのやり取りをしていたから、多分、バレちゃったんだろうね。
次の日から、周りの人の態度が徐々に変わった気がした。
「勇気あるね……ヤバいんじゃない? あの人、議会にも顔効くみたいだよ……」
視線が痛い。
そして極めつけは、合格が取り消しになったことだった。
それだけじゃない。隣町や県庁、他の一次合格までもが軒並み取り消しに――。
問い合わせても「手違いで申し訳ありません」としか言われず、理由は教えてもらえなかった。
納得いかない。
迷惑かかるから親にも言えない。
合格取り消しなんて、なおさら話せない。
誰を信じればいいのかわからなくなって――
「消えたい」って、心の中で思った。
体が空っぽになって、何も感じなくなっていった。
気づけば、飲めないお酒を飲んでた。
苦さと不味さが虚無感を増幅させ、意識が朦朧としていく。
その時だった。
――神社の方から声が聞こえた気がした。
呼ばれているような、不思議な響き。
足が勝手に動いて、声のほうへ歩いていた。
気がつくと、禁足地にいた。
初めて見る場所。
目の前には大きな岩――。
その岩が、私を呼んでいた気がした。
そして、触れてしまった。
触れた瞬間、恐怖なのか後悔なのか、何とも言えない負の感情が溢れ出した。
岩が、それを吸い取っていく。
お婆ちゃんが言ってたっけ。
「新月の夜は黄泉の力が強くなるから、禁足の地には近づいちゃダメ。邪気は弱った心を惑わして、岩に触れた者を黄泉に連れていっちゃうからね」
あの夜の話、怖くて眠れなかったけど、珍しく真剣な声だった。
意識が薄れていく。
命の灯が消えていく。
もがきながらスマホを掴もうとした。
手が動かない。
スイッチを入れたけど、もう限界。
――誰か、助けて。
心の中で何度も叫んだ。
でも声にはならなかった。
意識が闇に溶け、鼓動が止まりかけたその時――。
一粒の涙が頬を伝い、スマホの画面へと落ちた。
画面の光を受けてキラキラと輝き、そのまま吸い込まれるように沈んでいく。
次の瞬間、画面に文字が浮かび上がった。
――――――――――――――――――――――――
Connection completed.
Emergency resuscitation start.
Soul fusion completed.
――――――――――――――――――――――――
『行かせない‼︎』
――誰?
優しくて、強い“何か”が私の中に入り、魂を引き戻してくれた気がした。
春の日向のように暖かくて、優しい光。
――ありがとう。
そう呟いた瞬間、再び意識が遠のいていった。
最後に耳にしたのは、お姉ちゃんの声。
「アマテル‼︎」――そう、私の名を叫ぶ声だった。
⸻
目覚めた。……真っ暗な空間。
夢?
目の前には大きな岩。
――でも、それは禁足地の岩ではなかった。
私は、その岩の前でうずくまっていた。
その時、女の人の叫び声が聞こえた。
「女になってる!?」
何のことやら。でも、不思議と心地いい声だった。
そして、ここから――奇妙な物語が始まる。
(第2話 夢覚め につづく)




