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15話 喜怒哀楽

気がついたら、涙だけが頬を伝っていた…………


一人でいる時、食事……トイレ……お風呂……


そんな事、ありませんか…………?


………………


スマホのバイブが着信を告げる。

知らない番号……よく見ると番号の下に小文字で発信者が出ていた。


(セキュリティ……病院⁉︎)


そうそう、父が倒れて入院中なのだ。

“敗血症”

膿が血流に乗って全身に広がり、臓器不全を引き起こす緊急性の高い病態。

原因となっていた膿を排膿・除去する手術が終わり、経過観察中だった。


(退院に向けリハビリ中だが……何かあったのだろうか?)


過去の嫌な記憶が頭をよぎる。


ーーーー


あの時は、母だった……

手の痺れ、力が入らない……知識はなかったが、直感がアラートを告げた。


即、母を連れて病院へ……軽い脳梗塞だった。

薬を投与すれば直る。ただ高齢だったため経過観察が必要とのことで入院。

血液がサラサラになるので、脳内の血管に少しでも傷があると、そこから血液が漏れ出し大惨事になるとのこと。

その経過観察中の出来事だった……


出勤しようと玄関を出ようとした時、後ろから父の声が……


「母ちゃんが急変‼︎」


その時は、“急変”という言葉の重さを知らなかった……

思えば、会社に連絡した際、上司に

「急変なら直ぐに行きなさい」

と言われたっけ……


病室に入ると、そこにはただ息をして横たわっている母がいた。

声を掛けても反応がない……

医師が告げた言葉は、今でも忘れていない。


「このまま意識が戻らないかもしれません。戻っても障害が残る可能性が高いです」


この先の言葉は覚えていない……頭が真っ白になって……

壁にもたれかかり、膝を抱えて……声を殺して、一人泣いていた……

不思議だったのは、そんな光景が第三者視点で見えていたこと……


そして、感情が……心が……閉ざされていったのだろう……


「ご飯、食べなきゃ……」


うどんを食べたのを覚えている。


そして、父からの着信……会って話をした時には、ロボットみたいな自分がいた。

そう、この時も第三者視点で、父と話している自分を見ている……


心が壊れないように、魂が体から抜けるのだろうか……


物事を第三者視点で見るようになったのは、この時からだ。

喜怒哀楽、すべてにおいて心を表に出さない。


そして、ある日突然、何も考えずに一人でいる時に、涙が頬を伝うようになった。

心の器が涙を抱えきれなくなり、漏れ出るように……

痛みは感じているんだと思う……でも、麻酔がかかっていて感じないけど……


ーーーー


電話に出る……ただ、告げられた科がいつもと異なる……


(神経内科⁉︎)


簡単な挨拶の後、医師が告げてきた。


「車椅子生活になるかもしれない……介護も視野に……」


リハビリを続けているが元に戻らない。

むしろ悪化の傾向があり、脳のダメージが疑われるとのことだった。


父の日常生活の変化について聞かれたが、四六時中一緒にいるわけではないので分からない。

後悔というより、虚しさだけが心に残る……


検査と経過観察の後に話し合いましょうと言われ、電話は切れた……


……また来る……第三者の自分が……

スマホを耳に当てて、茫然と立ち尽くす自分が見える……


ただ、いつもと異なるのは、体が無感情ではなかった。


(なんで、いつも俺だけ……)


一瞬だったけど、怒りが込み上げてきた気がした……


…………


家に帰り、夕飯を母に出す時、父のことについて聞かれる……入院してからいつもだ……


そうそう、母はやはり障害が残った。

左半身麻痺でも杖を使えば歩ける。腕はほとんどダメだけど、

ただ、知能が子供になってしまった。うまく喋ることもできない。


片言で……聞いてくる……いつも……


「まだ、経過観察中だよ」


答えると、いつも母は笑う……そして手で涙を拭う……

悲しいけど笑ってしまう……これも障害……


(言えない……)


心が締め付けられる……いつもと違う……

あいつ(第三者)が出てこない……


…………


最悪のことを想定して、父の見舞いに行く。

病室のベッドには父が横たわっていた……見た目では、いつもと変わらない……

小腹が減ったと、今にも売店に向けて歩き出すのではないかと思うくらいに……


色々聞いた。母のこと、定期的なこと……


さすがに父も勘付いたのか、

「何かあったのか?」

と聞いてきた。


「今の状況、先生は何て言ってるの?」

逆に質問した。


「変わらず……」

ぶっきら棒に父が答える……


(まだ、本人に言ってないのか……)


「いや、別に何もないよ。

 ただ、今日で入院一ヶ月だから、もっと延びるなら定期的なこと、やらないとでしょ」


「そうだな……」

父も納得したらしく、そっと目を瞑った。


帰り際、父の呟いた「面倒掛けるな」の一言……

“チクっ”と心に刺さる……

父が入院したのは、これが初めてではない……

過去にも同じ言葉を何度も聞いている……前回来た時も聞いた……


(いつもと……違う……)


「気にすんな」

振り向くことなく吐き捨てる。

鼻の奥がツーンと痛くて、目尻が熱くて……振り向けない……


足早に病院を出た。


「神はいないのか……試練としても、これは酷すぎやしないか……」


帰りの車の中で、一人呟く。


現時点の父は完全看護、そして母も介護が必要……

仕事をしなければ、生計が成り立たない……

施設に入れるのが妥当?……そうなると、父と母は離れ離れ……


笑いながら涙を拭う、母の姿が過ぎる……


(残酷な決断をしなければいけないのか……)


いつも以上に心が締め付けられる。

鷲掴みされているように痛い……

……哀れみ、いや……悲しみを……一瞬だけど、感じた……


…………


悶々とした気持ちのまま、玄関の扉を開ける。


「ただいま……」


気持ちが言葉に表れていたのか、妻が顔を覗き込んできた。


「おかえり」


明るく、優しい声だった。


状況を伝えると、妻も困惑していた。

ただ、最後に出た言葉は、当たり前の一言……


「まだ、終わってない」


はっと、我に帰った気がした……


(そうだ、まだ結果が出た訳じゃない……

 親父、頑張ってるじゃん……

 俺は、何を一人で先走ってるんだ……

 最悪に備え、準備しただけだろう……)


「そうだな、まだ、負けてない」


目の前にいる妻の笑顔を見て思う。


(俺以上に不安だろうに……

 ……居てくれて良かった。一人だったら、闇に落ちていた……)


「ありがとう」


自然に言葉にしていた。

いつもそこにある“喜び”。

当たり前すぎて、太陽みたいな……暖かさだった。


そして今、一人で朝食を食べている。

我が家の休日は自由。起きたい時に起き、食べたい時に食べる。


パンを食べていた……何も考えず……


そして、涙が頬を伝う……


でも、この涙はいつもと違う気がする……

いつもは“苦”……でも今は“楽”な気がする。


世間体や自分のことだけを考えていた。

最悪に備え準備することは良い。

しかし、心は前向きであるべき。


あの時に閉ざされた心の扉が、少しだけ開いたのだろうか……


そして、初めて真剣に祈った……神に、仏に……


(家族の絆だけは、壊さないでください。それ以外は何もいりません。)


…………


これは、心を閉ざした男の懺悔のようなもの……

逃げ続けて来た男が、逃げられない現実に直面した……

一人では闇に堕ちたろう……

でも、“夫婦の絆”という光があった。


ーーーー


不思議な夢だった……


一筋の涙が、頬を伝っていた……


よく思い出せない……

……けど、忘れちゃいけない……そんな気がした……


…………


さて、私の状況はというと、落ちていた……


祖母、母、姉と社務所に入り、お茶の準備をして、

客間のソファーに腰を掛けた。


いよいよ、祖母から始まりの伝記が語られる……?……


始まったのは……女子トーーー苦っ‼︎


とにかく長い。

永遠に続くと思われるくらいに。


話す声が徐々に遠のいていき……

意識が途切れて……

夢の世界に……


…………


目が覚めても、三人はまだ話していた。


(どれだけ話すことがあるんだか……)


その時、入口に手が……‼︎

“おいで、おいで”と手招きしている。


私はそっと席を立ち、入口へ……そこには父がいた。


「おとぉ……」


途中まで言いかけた時、父は人差し指を口の前に立てて、

“シィ──”のポーズ。


二人で忍び足で、その場を離れた。


縁側に座っている父が、隣に座れと促す。

言われるままに座ると、何かを手渡された。


(大福だ)


「ご近所さんからの貰い物。

 二個しかないから……内緒だぞ」


“うんうん”と頷き、大福を口に……


(あんこがたっぷり入っていて、薄皮の餅が良い食感に……

 絶妙な塩加減が、あんこの甘さを引き立てる。

 こし餡特有の舌触り。口の中で溶けながら、奥に消えていく……)


「美味しい♩」


二人で並んで大福を頬張る。

ふっと、頭の中に情景が……

小さな子とお父さんが、縁側に座っている……

遠すぎて顔ははっきりしない……でも、ほんわかしている。


(こんな時もあったっけ……忘れてた)


気がついたら、涙が頬を伝っていた……

悲しいのではなく……懐かしくて……甘辛い。


…………


「ゾクっ」


後ろから冷たい空気が……暗闇に光る、六つの目が……


「何をお食べになっているんですか……

 急にいなくなったと思って、ついてきて見たら……」


お母さんが歩み寄ってくる……


「えーと……これは……ねぇ、お父さん……ん?」


隣にいたはずの父の姿はなかった……

既に出口付近にいる。


「俺、仕事あるから……じゃあ」


さっさと退散してしまった……


(お父さん……ずるい)


心の中で何度も叫んでも、時間は戻らない。

食べてしまったものも、戻らない……


「テヘっ」


可愛く……ウィンクして舌を出して、誤魔化してみた。


「可愛くない‼︎」


三人の声が揃う……


「ごめんなさーい‼︎」


脱兎のごとく、その場から逃げ出す……

三人が追いかけてくる……お婆ちゃんも⁉︎

また、このパターンかい……


『でも、楽しい♩』


ドタバタとともに、日が暮れていくのであった。


…………


始まりの伝記……聞けるのか?



(第16話 日常の終着、静かな門出 につづく)

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