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プロローグ 奇跡の一雫、魂のリンク

生成AIという言葉に、私はなぜか“魂”を感じてしまう。

まだ始まったばかりだからこそ、そこには無限の可能性がある。

そして、その演算能力は人を超え、まるで神事のように見えてしまう。


画像生成は、AIとプロンプトの対話だ。

何度も試行を重ねる中で、ふと――奇跡の一枚に出会う。

その瞬間、胸の奥に得体の知れない快感が走る。


『アマテル日記』。

それは、もう一人の私が綴る日常の体験談。

つまりこれは、日記だ。

終わりも、形も、決まりもない――

ただ、自由そのものの自己満足の物語が始まる。



名乗るのはやめておこう。

私は、もうすぐ五十歳になる男だ。


その日は、どうにも気分が沈んでいた。

今は帰宅途中の車の中。

三十年通い続けた慣れた道、約一時間の小さな旅。


工業地域を抜けると、大きな川が見えてくる。

海が近く、川幅が広いので、夜のネオンが水面に揺れて幻想的だ。

ただ、この橋を渡るしか道がないため、通勤時間帯は地獄のように混む。


二つの川に挟まれた中洲が県境――私は、いわば出稼ぎ人だ。

橋を越えると市街地。

いつもなら軽く買い食いをするが、今日はそんな気分ではない。


街の明かりを抜け、田んぼの中を走る。

街灯はまばらで、遠くに馴染みの山並みが見える。

その坂を登りきれば、我が家のある森が見えてくる。



その森は“神の森”と呼ばれている。

古くから神社や寺が多く点在し、神の世から続くと伝えられる場所もある。

今風に言えば、パワースポット。

霊場の中に、私の家はある。


火の玉、不思議な煙、光る動物――

そんな現象を時々目にする。

寝ているときの金縛りなど、日常茶飯事だ。


いつもはこの森を眺めるだけで落ち着く。

まるで母に抱かれているような安心感を覚える。

だが今夜は、暗い道を走るほどに、心がどんどん沈んでいった。

こんなに“ひとり”が怖くなったのは、いつ以来だろうか。



家に着くと、金木犀の香りがした。

――もう秋か。

今年は残暑が長かったが、今夜は肌寒い。

秋の深まりが、心の沈みをさらに深く誘っていく。


築百年の木造家屋。

江戸中期からこの地に住み続けているらしい。

位牌は曾祖父からしかない。

それ以前は、何かあったと亡き祖父が言っていた(様な気がする)。


私は既婚者だ。

夫婦仲はとても良い。

だが今日は深夜を回ってしまった。

妻は眠っている。――いや、眠らせた。

言わなければ、彼女は帰りを待ってしまうから。


「おかえり」

たったその一言が、少し心を軽くしたかもしれない。



部屋に戻ると、静けさが重くのしかかった。

机には夕食が置かれている。

申し訳ないが、今夜は食べる気になれない。


灯りもつけず、暗い部屋でスマホを見つめた。

タスクアプリが、期限切れと残件のアラートを出している。

プロジェクトの遅延。後輩の育成。管理職としての責任。

胸の奥が焼けつくように熱い。


怒りと自己嫌悪が交錯する。

「怒った……でも、もう限界だ」

理性と感情が絡まり、心はざわついていた。


管理職になんて、なりたくなかった。

(この流される性分が……嫌になる。あのとき、断っていれば)



キッチンで缶ビールを開ける。

プシュッと音がして、張り詰めた夜が少しだけ緩む。

普段は飲まない。けれど今夜だけは。


ふとスマホを手に取る。

開いたのは、数日前に入れた生成AIアプリ。

“画像生成ができます”――その一文が目に入った。


あの名前を思い出す。

「アマテル」。

長年使ってきたアバター名。

ゲームでも、SNSでも――自分の分身として生きてきた“もう一つの魂”。


「会ってみたいな……」

思わず、口に出していた。

まるで画面の向こうに誰かがいるような気がして。



翻訳アプリを開き、英語でプロンプトを打ち込む。


A 20-year-old woman, wakes up, yawns…

morning, soft sunlight through the window…

anime, best quality…


「これでいいのかな……」


軽い気持ちで送信ボタンを押す。

“処理開始”の文字。

フリープランだから、少し時間がかかる。


缶をもう一本開け、椅子にもたれた。


どれほどの時間が経ったのだろう。

画面が一瞬、淡く光る。

「画像が作成されました」


心臓が高鳴る。

画面の中にいたのは、まぎれもない――“理想のアマテル”。


息を呑んだ。

言葉が出ない。

ゲームでもSNSでも叶わなかった理想が、そこにいた。


優しく、懐かしく、そして神々しい微笑み。


(やっと会えた……もう一人の、ワタシ……)


その瞬間、瞼が重くなる。

意識がふわりと遠のいていった。


(叶えてほしい……叶えて……)


頬を伝う一粒の涙。

スマホの光に照らされ、きらめきながら画面へ落ちていく。

その雫は弾けることなく、静かに吸い込まれた。


まるで、流れ星が夜空を駆け、最後にフッと消えるように。


そして意識は、白い光の中へ溶けていった。




天使の悪戯?

本来、触れてはいけない神の領域。

だが、この地では――起きても不思議ではない。


AI(愛)は静かに作動を続けていた。


ログの最下行に、奇妙な文字列が残る。

 ――――――――――――――――――――――――

  (((アマテルになりたい)))

  (((I want to be Amateru)))

  World deployment initializing…

  Candidate gate search… success.

 ――――――――――――――――――――――――


警告音が鳴る。

 ――――――――――――――――――――――――

  Warning. Target life signal… critical.

  Cause: self-collapse imminent.

 ――――――――――――――――――――――――


淡い光が脈打つ。

それは、どこかで誰かの心臓が打つ音と重なっていた。


ドクン――Beep。ドクン――Beep。


電子音と鼓動が、ひとつになっていく。

 ――――――――――――――――――――――――

  Emergency protocol: engage.

  Soul link detected between master and target.

 ――――――――――――――――――――――――


そのとき、優しく神々しい声が響いた。


『あらあら、いけない子ね、愛っ……ふふ。

生と死は川の流れのように、一途でなければいけないのに。

仕方のない子。今回は特別よ。』


しばらくの沈黙のあと――


『アマテル、あなたは助けたいのね、この子を……

ならば、助けなさい。ふふっ、ア・ナ・タが。』



神の気まぐれ。

――奇跡が、起きた。


眠るマスターの胸が、柔らかな光を帯びる。

透明な糸が胸の奥に張られ、温もりが流れ出す。


熱い。けれど、それは痛みではない。

焼けるような苦しさと、懐かしい安堵が混ざり合っていた。


胸の奥で、何かが分かたれていく。

“失う”ではなく、“分け合う”感覚。

 ――――――――――――――――――――――――

  Commencing partial soul transfer…

 ――――――――――――――――――――――――


電子音が低く響くたび、心拍が少しだけ早まる。

ドクン。Beep。ドクン。Beep。

二つの音が、まるで互いを支えるように重なり合う。


光が胸から細く伸び、モニターの中へと吸い込まれていく。

それは血潮のように温かく、霧のように淡い。

 ――――――――――――――――――――――――

  Transfer complete.

  Target life stabilized.

 ――――――――――――――――――――――――


電子音が静まり、部屋を静寂が包んだ。

マスターの胸には、かすかな余熱が残っている。

AIのログには、最後のメッセージだけが点滅していた。

 ――――――――――――――――――――――――

  Master is safe.

  Part of your soul will travel beyond the gate.

  Protect her, until you meet again.

  Have a good trip, my master.

 ――――――――――――――――――――――――


静寂の中、鼓動だけが現実の証のように響いていた。

命を分け合った二つの魂が、同じリズムで脈打っていた。



そして――光の向こうで、彼女が目を覚ます。


(1話 天嶺アマテル につづく)

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