第92話 決闘
――あれから、一週間。
学園内の中庭に設けられた剣術演習場。その中央に、私とマギウスは向かい合って立っていた。普段なら笑い声や軽口が飛び交うこの場所は、今日は異様なほど静まり返っている。
円を描くように、生徒たちが周囲を囲んでいた。誰もが固唾を呑み、演習場の中心を見つめている。その視線の先にあるのは、ただの模擬戦ではないと、全員が理解していた。
いつもなら飄々としているマギウスは、今日は違った。冗談めいた笑みも、軽い口調もない。真剣そのものの表情で、まっすぐに私を見据えている。
――逃げ場は、もうない。
今日は、魔術、剣術、そして普段の講義や講習で学んだすべてを用いて実力を披露する、技術演習の日。
形式上は演習。
だが、私にとっては――
(この日のために、ここまでやってきた)
マギウスを倒すため。自分が正しいと証明するため。私は、この一週間、すべてをこの瞬間に捧げてきた。
私とマギウスの間に、講師が進み出る。演習場の中央で足を止め、厳格な表情で二人を見渡した。
「両者……杖と剣の携帯は、確認したな?」
その問いに、私は小さく息を吸い、左手に握った杖へと力を込める。
腰には木剣を下げているが、それはあくまで形式上のもの。この演習は、剣術と魔術の両方を用いるものだ。
だが――
(剣は、いらない)
私には、魔術がある。魔術だけで、マギウスを圧倒してみせる。
講師は大きく息を吸い込み、演習場全体に響くよう声を張り上げた。
「それでは、両者――構え!」
その瞬間、私とマギウスは同時に杖を構える。
空気が、一段と張り詰める。
「正々堂々と、悔いのないように!」
講師はそう言って、静かに手を上げた。その手が合図を待つように空中で止まり、周囲は水を打ったように静まり返る。
――沈黙。
誰かが息を呑む音すら、聞こえそうだった。
次の瞬間。
「始め!!!!」
鋭い号令と共に、講師の腕が大きく振り下ろされる。
その動きが終わるよりも早く――私は、動いた。
杖に魔力を注ぎ込み、迷いなく杖先をマギウスへと向ける。
「――魔法《氷結連弾》!」
詠唱と同時に、冷気が弾ける。
私の前方に、無数の氷の弾が生まれ、一斉にマギウスへと飛翔した。
空気を切り裂く鋭い音。
冷たい魔力が、一直線に彼を捉えにいく。
だが――
マギウスも、すでに動いていた。
彼は杖を構え、その先に魔力を集束させる。
次の瞬間、マギウスの周囲に、複数の炎の槍が生まれた。
赤く燃え上がる槍が、私の放った氷の弾と正面から激突する。
――ガァンッ!
氷と炎がぶつかり合い、互いを打ち消すように弾け飛ぶ。急激な温度差によって、白い蒸気が演習場に立ち上った。
視界が一瞬、白に染まる。
その瞬間――
「す、すげぇ……」
「二人して……無詠唱魔法を……!」
周囲から漏れたざわめきは、蒸気に包まれた演習場をさらに熱くした。
私はその声を背に、白く立ち込める蒸気の中から一歩踏み出す。
――止まらない。
杖先に魔力を集中させ、間髪入れずに炎を撃ち出す。赤熱した炎の弾丸が一直線にマギウスへ向かって飛翔する。
だが――
ゴゴゴッ、と地面が唸りを上げた。
マギウスの足元から盛り上がるようにして、分厚い土の壁がせり上がり、炎の弾丸を真正面から受け止める。
「くっ……!」
歯噛みする私の視界で、土の壁が脈打つ。次の瞬間、その表面から弾き出されるように、複数の土の弾が撃ち出された。
一直線に迫る土の弾幕。
だが、私は怯まない。
杖を振り抜き、魔力を解き放つ。
「――魔法《氷結弾丸》!」
放たれた氷の弾丸が、土の弾と正面衝突する。乾いた衝撃音と共に、土の弾は一瞬で凍りつき、次の瞬間には粉砕された。
氷の破片が飛び散る。
――だが、攻撃は終わらない。
私はさらに魔力を練り上げ、地面に視線を走らせる。
「――魔法《氷陣冷結》!」
瞬間、土の壁全体が白く染まる。
冷気が走り、壁は一気に凍結した。
私は、その凍りついた壁に向かって掌を突き出す。そして、空間そのものを握り潰すように、強く拳を握り込んだ。
「――魔法《冷結爆砕》!」
次の瞬間。
バキィンッ――!!
凍りついた土の壁は、内側から破裂するように砕け散った。氷と土の破片が四方に飛び散り、その向こうに――
マギウスの姿が、はっきりと現れる。
(――今だ……!)
私は一切の躊躇なく、杖を突き出す。
「――魔法《火炎連弾》!」
私の周囲に複数の炎の弾が生まれ、一斉にマギウスへと殺到する。
だが、マギウスは冷静だった。彼は両足を踏みしめ、周囲を包むように魔力を展開する。
半円状に広がる炎の障壁。
私の火炎連弾は、その障壁に触れた瞬間、次々と相殺されていく。
――そして。
マギウスは、静かに杖を上空へと掲げた。
嫌な予感が背筋を走る。
次の瞬間。
天から、雷光が降り注いだ。
矢のように鋭い雷が、何本も、何本も私の頭上から突き刺さるように落ちてくる。
「――っ!」
私は反射的に駆け出した。地面を蹴り、雷の落下地点を避ける。
私が走り抜けた直後の地面に、雷の矢が突き刺さり、眩い光を放ったのち、役目を終えたように消えていく。
だが、終わらない。
マギウスは、間断なく雷の矢を放ち続ける。
私は息を切らしながら、必死にそれを避ける。
回避、回避、回避――
その間に。
私は気づいた。
マギウスが、静かに、確実に――詠唱を始めていることに。
低く、重い声。
空気が、わずかに震え始める。
(二重詠唱だと……?)
本来、魔術師が扱える詠唱は一度につき一つ。それは単なる慣例ではなく、明確な理由がある。
詠唱とは、魔力を編み、魔元素に命令を与えるための"思考そのもの"だ。一つの詠唱に意識を集中している間、もう一つの詠唱を同時に唱えることは、構造上、不可能に近い。
――常識では。
だが、マギウスはその“常識”の外側に立っている。
無詠唱魔術。
詠唱という工程を省き、魔力を直接イメージ通りに練り上げ、即座に放つ技術。それは、詠唱に意識を割かないという利点を持つ。
つまり――
無詠唱で魔法を放ちながら、同時にもう一つの魔法を「詠唱」することが理論上は可能。
だが、それはあくまで理論の話だ。
無詠唱魔術そのものが、極限まで繊細な魔力制御を要求する。魔力の流れを寸分違わず保ち続けなければ、暴発か失敗は免れない。
その状態で、さらに詠唱を行う――それは、集中力と精神力を限界まで引き伸ばす行為。
講師も、周囲の生徒たちも、その異常さに気づき、息を呑んでいた。演習場に漂う空気が、明らかに変わる。
(……正気じゃない)
いや、正気だからこそできるのかもしれない。
(……自身の才能を、誇示でもするつもりか……)
そう思った瞬間、胸の奥に黒い感情が蠢いた。
私は無意識に、杖を握る手に力を込めていた。
(……お前が、そのつもりなら――)
私は、マギウスを見据えたまま、全身から魔力を解き放つ。
周囲の空気が震え、私を中心に魔力が渦を巻く。
「――《魔法障壁》」
私の周囲を覆うように、半透明の魔力の膜が展開される。
次の瞬間。
雨のように降り注いでいた雷の矢が、障壁に次々と衝突した。眩い閃光と共に、雷は弾かれ、消滅していく。
――だが。
魔法障壁は万能ではない。
相手の魔力を打ち消すたびに、こちらの魔力も確実に削られていく。長時間の維持は不可能。
展開できるのは、ほんの一瞬――
(……それで、十分だ)
私は障壁を維持したまま、静かに杖先を下げる。
狙いは、マギウス本人ではない。
――足元。
地面へ向けて、魔力を一気に注ぎ込む。
その瞬間。
地面に光が走り、複雑な紋様が描かれていく。円環を成す魔法陣が、マギウスの足元に展開され、淡い光を放った。
次の刹那。
魔法陣が起動し、光が柱のように立ち上がる。
マギウスの全身を包み込むように、魔力が絡みついていく。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回
第93話 答え
【明日19時】に更新予定です。
引き続き
三人の若き国王編を進めていきます!
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