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第84話 敗者の視線




 モデリスク王国の王である俺……いや、私のいる玉座の間の静寂が、唐突に引き裂かれた。重厚な扉が、ためらいもなく内側へと叩き開けられる。


 ドン!


 石と金属がぶつかる鈍い音が、広い玉座の間に反響した。

 私は玉座に深く腰を下ろしたまま、その無礼な侵入者を見下ろす。開かれた扉の向こうから、まるで怒りと焦燥そのものを引き連れてきたかのように、一人の男が踏み込んできた。


 ――アングハルト。


 息を荒げ、肩を上下させながらも、その瞳は鋭く、真っ直ぐに私を射抜いている。一歩、また一歩と近づきながら、彼は一度だけ呼吸を整え、深刻な声音で言葉を投げつけてきた。


「お前……一体、何を考えておる……」


 疑念。隠そうともしていない、露骨な疑いの色。

 その視線が、胸の奥をひりつかせた。


 ――王である私を、疑っている。


 その事実が、じわじわと怒りを煽る。信じるべき存在に向けられるべき視線ではない。

 私は感情を押し殺し、声色だけを整え、玉座に座ったまま静かに問い返した。


「……何の話だ?」


 冷たく言い放つ私の言葉にアングハルトは一歩も引かない。

 彼は懐へと手を伸ばし、一枚の紙束を取り出した。それを、まるで証拠を突きつけるかのように、高く掲げる。


「これだ」


 紙が擦れる音が、やけに大きく聞こえた。


「この魔導具の設計図……知らないとは言わせんぞ」


 彼の声が低く、重く沈む。


「お前が指示して、この街の鍛冶師に作らせたものだろう!」


 ――その瞬間。


 胸の奥で、確かに何かが跳ねた。


(……なぜ、それを……)


 本来なら、彼の目に触れるはずのない代物だ。だからこそ、私は別の、無害な設計図を渡していたはずだった。


(あれほど慎重に、段階を踏んで、欺いてきたというのに――)


 ほんの一瞬、思考が止まる。その刹那の沈黙を、アングハルトは見逃さなかった。彼は一歩踏み出し、設計図を私へ突きつけるようにして、声を荒らげる。


「これは……禁止された隷属の首輪の設計図だ!」


 玉座の間に、その言葉が重く落ちた。


「子供たちを誘拐し……一体、何を企んでいる?」


 怒りと悲しみ、そして失望が混じった叫び。その声が、広い空間に反響し、天井へと吸い込まれていく。

 壁際に控えていた騎士たちが、ぴくりと反応した。一斉に腰の剣へと手をかけ、いつでも動ける構えを取る。


 だが――


 アングハルトは、そんなことなど眼中にないかのように、ゆっくりと歩みを止めた。そして、ほんの一瞬だけ、声の調子を落とす。剣を突きつけるのではなく、諭すように。


「……エルディオン」


 その名を呼ばれ、胸の奥が軋んだ。


「お主に、何があった……」


 彼の視線が、まっすぐに私を射抜く。


「エルディオン=ヴァルデリクという男は、民を思い、礼儀を重んじ……誰からも慕われていた王だったではないか……」


 アングハルトは、まるで遠い過去を辿るように、私へと悲しげな視線を向けていた。その目は責めるでもなく、断じるでもなく――ただ、失望と哀しみを湛えている。


 ……それが、堪らなく不快だった。


 胸の奥で、どす黒い感情が渦を巻く。

 

 嫌悪。

 憎悪。

 

 そして、抑えきれないほどの苛立ち。


 ――比べるな。


 あいつと。あんな奴と


 疑うように、真っ直ぐこちらを見据えるその視線に、私は酷く落胆した。

 

 信じていた。

 

 いや、信じさせていたと思っていた。


 それなのに。


(……ああ、そうか)


 胸の奥で、何かが音を立てて崩れる。


(――お前も、か)


 私は玉座に座ったまま、低く、噛みしめるように言葉を吐いた。


「お前も……“俺”に、背くと言うのだな……」


 その言葉を口にした瞬間、

 かつて確かに存在していたはずの信頼は、音もなく憎しみへと変質していった。


 アングハルトは、その言葉に反応するように目を見開いた。


「……“俺”、だと?」


 呟くような声。彼は一瞬だけ思案するように俯き、そして――何かに辿り着いたように、確信を宿した目で顔を上げる。


「お前……まさか――」


 そこまでだった。


 私は、彼の言葉を遮るように、何の感情も込めず、騎士たちへ向けて掌を下ろした。


 ――黙らせろ。痛めつけてでも、止めろ。


 その意図を正確に汲み取った一人の騎士が、一切の躊躇なく腰の剣を抜いた。刃が鞘を離れる乾いた音が、玉座の間に響く。


 次の瞬間。


 騎士は背後から踏み込み、アングハルトの背中へと斬りかかる。


「――――ッ!!」


 鈍い衝撃音。肉を裂く感触と共に、アングハルトの体が大きく揺れ、そのまま床へとうつ伏せに叩きつけられた。


 血が、床の石に滲む。


 だが――


 それでもなお、アングハルトは顔を上げ、私を睨みつけていた。痛みに歪んだ表情の奥にあるのは、恐怖ではない。


 覚悟だ。


 その視線が、私の神経を逆撫でする。


 私は、王として、宰相として、忠告するように、淡々と告げた。


「……これ以上、この件に関わるな」


 静かな声。だが、そこに情はない。


 それでも――アングハルトの視線は揺らがなかった。まるで、"それでも止まらない"と語るかのように。


 その光景に、私は深く、深く落胆した。


(……ここまでしても、従わぬか)


 素直になると思っていた。

 恐怖を与えれば、理解すると思っていた。


 だが、違った。


 ――その時だった。


 再び、玉座の間の扉が、力強く開かれる。重い扉がぶつかる音と共に、一人の少年が飛び込んできた。迷いもなく、一直線に、倒れたアングハルトの元へと駆け寄る。


 ――誰だ。


 知らない顔だ。

 だが、そんなことは、どうでもよかった。


 私の意識は、ただ一つに集約されていた。


 ――この男を。


 私に意見し。

 私を疑い。

 私の王としての在り方を否定した――


 アングハルトを、ここで終わらせる。


 私は玉座に座ったまま、冷たく言い放った。


「この国への忠義……ご苦労だった」


 その言葉と同時に、魔力が奔流のように溢れ出す。


 氷。


 無数の氷の槍が、私の周囲に生み出され、鋭い輝きを放つ。殺意を形にしたそれらを次の瞬間――


 一斉に、アングハルトへと解き放つ。


 だが――


 私が放った氷の槍は、標的であるアングハルトへ届くことはなかった。


 刹那。


 少年の身体から噴き上がった炎が、私の魔法を真正面から呑み込んだのだ。氷は一瞬で悲鳴を上げるように溶け、砕け、やがて白い蒸気となって空間を覆い尽くす。


 視界が閉ざされる。


 玉座の間に立ち込める熱と水蒸気。その向こう側で、確かに“何か”が立っている気配だけが、はっきりと伝わってきた。


 ――そして。


 ゆっくりと蒸気が薄れ、白の帳が引かれるように晴れていく。


 その中心に、少年が立っていた。


 傷だらけの身体。それでも一歩も引かず、倒れ伏すアングハルトを庇うように立つ姿。

 そして、まっすぐに、逸らすことなく――私をその瞳が見据えていたのだ。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編 陰謀編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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