第79話 騎士ロナンの推測
私――ラナリア王国副騎士団長ロナンは、王の命を受け、密かにモデリスク王国へと足を運んだ。街で出会った冒険者ギルドの受付嬢、エリナ=フェレツ。そして、冒険者ギルドで再会した少年、グレイノース=リオンハーツ。
彼の口から語られた地下空間の存在。そこにいた囚われ、声すら上げられぬ人々の存在。それを聞いた時、迷う理由はなかった。
私は部下を率い、彼の案内でその地下へと足を踏み入れた。地下へと続く階段を降り切った瞬間、空気が変わった。湿り気を帯びた冷たい空気。鼻を突く、薬品と血が混じったような異臭。
視界に広がったのは――
無数の鉄格子が整然と並ぶ、広大な地下空間だった。
その奥。
鎖に繋がれ、床に横たわる人影。呼吸は浅く、意識も朦朧としている者。必死に生にしがみつくように、かすかに胸を上下させる者。
――まだ、生きている。
その事実に、胸の奥が強く締め付けられた。
私は即座に声を張り上げる。
「重症者を最優先だ!すぐに街の外で待機している救護班の元へ運べ!!」
騎士たちは即座に動き出し、囚われていた人々を一人、また一人と担ぎ上げていく。その動きに迷いはなく、誰一人として躊躇しなかった。
私は、騎士たちの背を見送りながら、牢屋の中を一つずつ確認していく。
床に散乱する魔道具。
用途不明の器具。
そして――複数の注射器。
拾い上げた注射器の内側には、まだ乾ききっていない液体の痕跡が残っていた。
(……これは……?)
嫌な予感を覚えながら、私は近くにいた部下を呼び止める。
「これを持って行け。魔術班に回し、成分の解析を急がせてくれ」
「はっ!」
部下は注射器を慎重に受け取り、敬礼をすると駆け足でその場を離れていった。
その時だった。
背後から、足音が近づいてくる。
「ロナンさん……この魔導具、何か分かりますか?」
振り向くと、そこにはグレイノース君が立っていた。彼の手には、首輪型の魔道具が握られている。
鋼製の外装。
一見すれば、市場にも出回っていそうな簡素な造り。
――だが。
刻まれている紋様は、どれも見慣れぬものばかりだった。私はその首輪を受け取り、慎重に視線を走らせる。
そして――
無数に刻まれた紋様の中の一つに、はっきりと覚えのある魔術刻印を見つけた瞬間。
思わず、声が漏れた。
「……これは……」
喉の奥が、ひどく乾いた。
この刻印を、私は知っている。
「……この紋様……」
思わず零れた私の呟きに、隣にいたグレイノース君が小さく首を傾げた。
私は首輪を手にしたまま、視線を刻印へと落とし、記憶を辿るように言葉を選ぶ。
「この刻印だが……実は最近、アルセリオンで出回っていた禁止指定の魔道具があってな……」
地下の静寂の中、私の声だけが低く響く。
「その魔導具にも、これとよく似た複数の魔術刻印が刻まれていた。その中の一つが――“スキルを封じる”刻印だったんだ」
私は首輪をわずかに持ち上げ、刻印を示す。
「……そして、この紋様は、その刻印と酷似している」
言葉を終えた瞬間、グレイノース君は腕を組み、深く俯いた。その表情から、彼の思考が激しく回転しているのが伝わってくる。
(アルセリオンと……この街、カルバン……)
これらの出来事を“偶然”で受け入れるには、あまりにも都合が良すぎる。
私自身もまた、胸の奥に渦巻く違和感を確信へと変えるかのように、無意識に視線を巡らせていた。
鉄格子が並ぶ牢屋。
壁に刻まれた痕跡。
天井の高さ、空間の広がり。
――あまりにも、広い。
どこまで続いているのか分からない地下空間を見上げた、その時だった。
私は、はっきりと“ある事実”に気づいた。
「……なぁ、グレイノース君」
静かに声をかけると、俯いていた彼は顔を上げ、私に視線を向けた。
私は、視線を天井から戻さぬまま、言葉を続ける。
「これだけの広さだ……。おそらく、この地下空間は――王城の真下にまで、繋がっている」
その言葉を口にした瞬間、私の中の疑念は、ほぼ確信へと変わっていた。
「……それを、この国の王が知らないとは……どう思えないんだ」
地下の空気が、一層重く沈んだ。
その言葉を聞いた瞬間――グレイノース君の目が、はっきりと見開かれる。
「……っ!」
次の瞬間、彼は弾かれたように踵を返した。
「俺……行かないと!!」
迷いはなかった。振り返ることもなく、彼は地下の出入り口へ向かって駆け出していく。
「お、おい――!」
私は、駆け出していくグレイノース君の背中に向かって声を張り上げた。
だが、その声が届く前に――
「副騎士団長!!」
背後から、切迫した部下の声が響いた。
私は即座に足を止め、振り返る。そこには、明らかに平静を失った様子の部下が、荒い息を整えながら駆け寄ってきていた。
「どうした!?」
私の問いかけに、部下は一度、喉を鳴らすように息を吸い込む。それは、これから告げる内容が、ただ事ではないという証だった。
「さ、先ほどの……地下で回収した注射器ですが……成分の解析が終わりまして……」
言葉を選ぶように、慎重に、だが確実に告げる。
「……中身は、魔物の血液でした」
一瞬、理解が追いつかなかった。
「……魔物の、血液……?」
思わず、聞き返す。
部下は、苦々しい表情のまま、深く頷いた。
「はい……しかも、一種類ではありません。複数の魔物の血液が混ざっていました……」
胸の奥が、冷たく締め付けられる。
(魔物の血液を……人間に……?)
嫌悪感が、背筋を這い上がる。
――冒涜だ。
人として、踏み込んではならない領域。
だが、部下の報告は、そこで終わらなかった。
「解析を進めた結果……この血液は、人間の体内に投与されると、その血液と魔力に結びつき……通常の人間を大きく上回る身体能力を引き出すようです」
私は、無意識のうちに拳を握り締めていた。
「さらに……混合されていた血液の中に、《サンド・バッド》の血が確認されました」
その名を聞いた瞬間、私ははっきりと息を呑んだ。
サンド・バッド。
強力な催眠作用を持つ魔物。
嫌な予感が、確信へと変わる。
部下は、唇を噛みしめ、一度言葉を止める。
そして、覚悟を決めたように、吐き出すように続けた。
「……この血液を投与された人間は、その催眠効果によって――自分の意思をほとんど失い、命令に従うだけの存在になるようです」
地下空間の空気が、さらに重く沈んだ。
「……操り人形、ということか……」
私の口から、低い声が漏れる。
力だけを与えられ、思考も、拒絶も、自由も奪われる。
「……指示に従うだけの、強化人間……」
その言葉を口にした瞬間、全てが一本の線で繋がった。
誘拐された人々。
注射器。
魔導具によるスキル封印。
地下に広がる広大な施設。
――間違いない。
(この国は……
人を使って、兵を造ろうとしている……)
それも、自我を持たぬ、
命令に逆らわない“兵器”を。
反乱の鎮圧か。
あるいは――戦争でも起こすつもりなのか
考えが、そこまで及んだ時。
俯いた私に向かって、
部下が、さらに声を落として言った。
「……そして、もう一つ、ご報告があります」
部下の声は、先ほどよりもさらに重く、低く沈んでいた。
「……この地下に囚われていた子供や冒険者の、半数以上がラナリア王国出身者でした……」
その言葉が耳に届いた瞬間、私の思考は一瞬、凍りついた。
――ラナリアの人間が、半数以上。
「……ラナリア、だと……」
掠れた声が、喉から漏れる。
胸の奥に、冷たい何かが落ちていく感覚があった。
それは嫌悪でも怒りでもない。もっと根源的な――最悪を予感した時の感覚だ。
(まさか……)
私は、無意識のうちに視線を床へと落としていた。頭の中に浮かぶのは、陛下から聞かされていたこの国の王の姿。
モデリスク王国国王、エルディオン=ヴァルデリク。
穏健で、理知的で、周辺国との摩擦を極力避けようとする人物。
少なくとも――拉致、人体実験、他国民を使った強化兵の量産など、そんな行為を是とする男ではなかったはずだ。
(……印象が、あまりにも違いすぎる)
なぜ――
私の胸の内で、ざわめきがはっきりとした形を持ち始める。
(もし、意図的にラナリア出身者を狙っていたのだとしたら)
外交問題どころではない。
下手をすれば――開戦の口実にすらなりかねない。
いや、それ以上に恐ろしいのは。
(王が知らないはずがない……)
これほど大規模な地下施設。これほど多くの人間を拉致し、管理し、実験する体制。一部の人間だけで成し遂げられる規模ではない。
思考が考えが悪い方向へと進んでいく。
地下空間に漂う血と鉄の匂いの中で、私の中で重く、確かにこの国への疑念が根を張っているのを感じていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回は【明日19時】に更新予定です。
引き続き
モデリスク王国編 陰謀編を進めていきます!
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