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第78話 騎士ロナンの密命




 私、ラナリア王国副騎士団長――ロナンはラナリア王の密命を受け、数名の部下を伴い、調査のためにモデリスク王国を訪れていた。

 他国への調査である以上、目立つ行動は避けねばならない。そのため、部下の騎士たちは街の外に待機させ、私は単身で城門を抜け、王都カルバンへと足を踏み入れた。

 夜のカルバンは、異様なほどに静かだった。街灯の淡い光だけが石畳を照らし、人影は一切ない。


 眠りに就いた街――そう言ってしまえば、それまでだが、どこか不自然な静けさが胸に引っかかる。


(……妙だな)


 そんな違和感を抱いた、その時だった。


 ――ひそひそと、押し殺したような声。


 路地裏の奥から、男女の声が微かに漏れ聞こえてくる。甘い囁きではない。息が詰まったような、切迫した声音。


(逢引き……ではなさそうだな)


 嫌な予感が、背筋を這い上がった。

 私は呼吸を整え、足音を殺す。鎧を身につけていない今の装いは、こうした場面でこそ生きる。

 路地裏の影に身を寄せ、そっと中を覗いた。


 ――その瞬間、目に飛び込んできた光景に、私は即座に判断を下していた。


 一人の衛兵が、女性に向かって短刀を振り上げている。女性は後ずさり、逃げ場を失ったように壁に追い詰められていた。


(……まずい)


 考えるよりも先に、身体が動いた。

 

 私は一気に距離を詰め、短刀を握る衛兵の手首を掴み、低く鋭い声を叩きつける。


「――これはどういうことだ!何をしようとしていた!」


 突然の介入に、衛兵は目を見開いた。次の瞬間、唇を強く噛み締め、掴まれた腕を無理やり振りほどこうと暴れ出す。


 そして――


 衛兵は、私に向かって短刀を突き出してきた。


 だが、遅い。


 私はその手首を確実に捉え、そのまま体勢を崩すように引き寄せる。距離が詰まった刹那、迷いはなかった。


 ――ドンッ!


 踵に全体重を乗せた蹴りが、衛兵の顔面を正確に捉える。短い悲鳴と共に、衛兵は地面へと叩きつけられた。

 私は即座に上に乗り、関節を極める。抵抗しようとする動きすら、許さない。


「ぐ……っ!」


 骨が軋む音と共に、衛兵の動きが止まる。拘束を確認した私は、ようやく視線を女性へと向けた。

 

 怯え切った瞳。浅く、乱れた呼吸。


 私はゆっくりと懐へ手を伸ばし、紋章の刻まれた金色の証を取り出す。

 

 ラナリア王国の紋章。


 それを、女性の視線の高さで示しながら、落ち着いた声で告げた。


「私は、アルセリオン騎士団の副団長、ロナンという者だ……。急なことで申し訳ないが、君の身に何が起きたのか、聞かせてもらってもいいだろうか?」


 私はそう告げながら、女性の表情を静かに見守った。夜の路地裏、突然の襲撃、そして今もなお背後で拘束されている衛兵。

 

 混乱しない方が無理だ。


 だが、私が示した紋章に目を落とした彼女は、張り詰めていた表情をわずかに緩め、安堵したように息を吐いた。


「……助かりました……」


 掠れた声で、彼女は名乗る。


「私は、冒険者ギルドで受付をしている、エリナ=フェレツと申します。実は……」


 そこから語られたのは、にわかには信じ難い内容だった。


 冒険者ギルドで起きた異変。ギルドマスターのバーン=ギルレイドが、突如として剣を抜き、受付嬢である彼女と一人の冒険者に襲いかかったという事実。そして、その冒険者が彼女を庇い、助けを呼ぶよう叫んだこと。

 話を聞き終えた私は、衛兵を押さえつけたまま、内心で息を呑んでいた。


(……ギルドマスターが、自ら剣を……?)


 理解できない。

 いや、理解したくなかった。


 冒険者ギルドのギルドマスターという立場は、街の治安と信頼の象徴でもある。その人物が、何の理由もなく受付嬢と冒険者を斬りつけるなど、常軌を逸している。


(なぜだ……?なぜ、フェレツさんと、その冒険者を……)


 だが、思考を巡らせるほどに、胸の奥に重たい違和感が積もっていく。


 ――確実に分かることが、一つだけあった。


(冒険者の身に、今まさに危険が迫っている)


 ならば、迷っている暇はない。


 私は拘束した衛兵から意識を逸らさぬまま、懐に手を伸ばし、小さな念話石を取り出した。

 冷たい石の感触を確かめながら、短く、しかし明確に言葉を放つ。


「私だ。至急、数名の騎士を冒険者ギルドへ向かわせてほしい。残りの者は、私の元へ集結を」


 念話石の向こうから、即座に部下の声が返ってくる。


『了解です。直ちに冒険者ギルドへ数名を手配し、その後、副団長の元へ向かいます』


 それだけを告げ、念話は切れた。


 私は再び、地面に押さえつけている衛兵に力を込めながら、フェレツから聞いた話と、これまでの出来事を頭の中で整理していく。


(フェレツさんの話から察するに……襲われた冒険者は、この国の“何か”に気づいた可能性が高い)


 だからこそ、口封じ。


(ギルドマスターが、この国の闇に関わっている……?そして、それを知られたくなかった……)


 だが、そこで一つの名前が脳裏をよぎる。


(……グラッド)


 現在、各国で名が挙がっている要注意人物。

 裏取引、誘拐――その影には、常に彼の名があった。


(もし、この件がグラッドと繋がっているとしたら……そして、ギルドマスターがそれに関与しているとすれば……)


 嫌な予感が、背筋を這い上がる。


(この国の王が、何かしら関わっている……?)


 だが、その推測は、すぐに疑問へと変わった。


(……いや……陛下から聞いている、この国の王の人物像とは、どうしても一致しない)


 善政を敷き、民を想う王。少なくとも、表向きはそう評されている人物だと聞いている。


 考えても結論が出ない。


 ーーそうして思考を巡らせていた、その時だった。


 大通りの方角から、規則正しい複数の足音が近づいてくるのが耳に届いた。夜の静寂を切り裂くようなその足音に、私は顔を上げる。

 次の瞬間、路地裏へと姿を現したのは――私の部下たちだった。


(来たか……)


 私は短く息を吐き、状況を即座に判断する。


「この衛兵を逃げられないよう、厳重に拘束しろ」


 一人の部下にそう指示し、私は押さえつけていた衛兵から手を離した。代わりに部下が素早く拘束を引き継ぎ、私は残る部下数名と、そしてフェレツさんに視線を向ける。


「冒険者ギルドへ、案内して欲しい!」


 フェレツさんは、まだ不安を拭いきれない表情だったが、強く頷いた。


 ――そして。


 私たちは路地裏を抜け、夜の街路を足早に進む。石畳を踏み鳴らしながら、冒険者ギルドの建物が視界に入った時、胸の奥が嫌な予感でざわめいた。


(間に合っていてくれ。)


 ギルドの扉を勢いよく押し開け、そのまま階段を駆け上がる。二階へと辿り着き、大部屋へ足を踏み入れた瞬間、私の視界に映った光景に、思わず目を見開いた。


(……っ)


 そこに立っていたのは――私がよく知る少年。全身に無数の傷を負い、満身創痍の姿で立ち尽くす、グレイノース=リオンハーツ。

 床には倒れ伏す男の姿――冒険者ギルドのギルドマスター、バーン=ギルレイド。


(襲われていた冒険者……まさか、グレイノース君だったとは……)


 胸の奥に、嫌な納得が落ちる。


 私は迷わず彼の元へと駆け寄り、周囲に警戒の視線を走らせた後、息を整えて問いかけた。


「……一体、ここで何が起こったんだ?」


 グレイノース君は、荒い呼吸を数度繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻すと、静かに口を開いた。


 語られたのは――


 メルナの時と同じ構図。

 この国で起きていた誘拐事件。

 密かに製造されていた禁止魔道具。

 関与していた衛兵、そして――ハンスの死。


 さらに。


 グラッドという男が、この国の冒険者ギルドのギルドマスターだったという事実。


 そして――


「地下で……巨大な空間を見つけたんだ。そこに、子供や冒険者たちが……捕らえられている」


 その言葉を聞いた瞬間、私は思考を巡らせようとして――やめた。

 理屈よりも先に、脳裏に浮かんだのは、檻に閉じ込められた人々の姿だった。


(……考えるのは後だ)


 今、優先すべきことは一つ。


 私は顔を上げ、強く、はっきりと告げる。


「グレイノース君。まず先に、その地下空間へ案内してくれ」


 彼は小さく頷き、踵を返した。


「分かった。ついてきてくれ、案内する」


 そう言って、彼は走り出す。


 夜の王都カルバン。静かな街の地下で、まだ多くの命が救いを待っている。


 私と部下たちは、その背を追うように動き出した。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編 陰謀編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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