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第77話 受付嬢エリナの懇願




 私――エリナ=フェレツの目の前に、傷だらけのグレイノース様が現れた。血と埃にまみれ、今にも倒れそうなほど消耗しているにもかかわらず、その瞳だけは強い意志を宿していて、真っ直ぐ私を見つめていた。


 ――ギルドマスターに会わせてほしい


 その一言に、ただ事ではないと悟った私は、迷うことなく彼を案内した。そして共に向かった冒険者ギルド二階の大部屋――そこで待っていたのは、冷え切った視線を向けるギルドマスター、バーン=ギルレイド様だった。

 次の瞬間、銀色の刃が私へと振り下ろされ、それを、間一髪でグレイノース様が受け止めた。


 剣戟の音。

 火花。

 殺意。


 そして――


 「助けを呼んで来てくれ!!!」


 叫ぶグレイノース様の声に背を押され、私は冒険者ギルドの扉を開け、夜の街へと飛び出した。


 向かう先は、ただ一つ。


 ――衛兵の詰所。


 だが、夜はすでに深く、街は静まり返っていた。昼間なら行き交う商人や冒険者で賑わう通りも、今は灯りの落ちた家々が並び、聞こえるのは自分の足音と、遠くで鳴く夜鳥の声だけ。

 月明かりが石畳を淡く照らす中、私は不安を押し殺すように、一歩一歩を強く踏みしめて走った。


(早く……早く……)


 胸が締めつけられる。頭の中では、今も剣を交える二人の姿が焼き付いて離れない。


 その時だった。


 前方から、一人の衛兵がこちらへ歩いてくるのが見えた。銀色の鎧が月光を反射し、槍を肩に担いだ姿は、今の私には救いそのものに見えた。

 私は、ほとんど縋るようにその場へ駆け寄る。


「た……助けて!!」


 掠れた声。自分でも驚くほど必死な叫びだった。

 衛兵は、私の様子に異変を察したのだろう。歩みを止め、鋭い視線で私を見据え、短く問いかけてきた。


「どうした?」


 私は荒く乱れる息を必死に整えながら、言葉を紡ぐ。


「じ、実は……冒険者ギルドで……ギルドマスターと……冒険者が……!」


 うまく説明できない。

 喉が詰まり、恐怖で言葉が途切れる。


 だが、それでも何かを察したのか、衛兵は眉をひそめ、周囲を素早く見渡した。


「……落ち着け」


 低く、押し殺した声。


「ここではまずい。誰かに聞かれるかもしれない」


 そう言って、衛兵はすぐ横にある暗がりを指差した。建物と建物の隙間に伸びる、街灯の届かない路地裏。


「あそこの路地で話を聞く」


 一瞬、胸の奥で嫌なものがざわついた。だが――今は、選り好みしている余裕はない。

 私は小さく頷き、衛兵の後について路地裏へと足を踏み入れた。

 夜の闇が、途端に濃くなる。石壁に囲まれた狭い空間は、ひどく冷たく、音が吸い込まれるように静まり返っていた。


 そこで、衛兵は足を止め、私の方を振り返る。暗がりの中、鎧の隙間から覗くその視線が、妙に鋭く感じられる。


 そして、低い声で、問いかけてきた。


「――それで、何があった?」


 私は大きく息を吸い、胸の奥に溜まった動揺を必死に押し込めながら、言葉を紡いだ。


「……じ、実は……冒険者ギルドで……ギルドマスターのバーン=ギルレイド様が……急に……私と冒険者に、剣を……」


 声が震える。それでも、必死に伝えようと続けた。その話を聞いた衛兵は、短く息を吐き、静かに頷いた。


「……そうか……」


 低く落ち着いた声。同情とも納得とも取れるその反応に、私は一瞬だけ安堵しかけた。


 ――だが。


 次の瞬間、衛兵の手がゆっくりと懐へと伸びた。


(……え?)


 暗がりの中、月明かりを受けて、

 銀色に煌めく刃が姿を現す。


 短刀。


 それを、衛兵は迷いなく引き抜き、私の方へと振り上げた。


(……な……)


 思考が追いつかない。声も、悲鳴すらも出なかった。ただ、冷たい刃が振り下ろされる光景だけが、はっきりと視界に焼き付く。


(……死ぬ……)


 本能的にそう悟り、私はぎゅっと目を閉じた。


 ――その時だった。


「何をしている!!!」


 路地裏に、鋭く張り詰めた声が響き渡った。

 衛兵は、はっとして声の方へ視線を向ける。

 大通りの方から、一人の男が路地へと駆け込んできた。軽装の服装に、腰には剣。冒険者のようにも見えるが、どこかそれとは違う、引き締まった空気を纏っている。

 男は状況を一目で把握したのか、迷いなく私たちの間へと割って入り、短刀を握る衛兵の腕を強く掴んだ。


「これはどういうことだ!何をしようとしていた!」


 怒声に近い問い詰め。だが衛兵は、唇を噛み締め、乱暴に腕を振りほどこうと暴れた。


「っ……離せ!!」


 衛兵は短刀を男へ向けて突き出す。

 

 だが――


 男は一切怯まなかった。流れるような動きで、短刀を握る衛兵の手首を片手で掴み、そのまま体を引き寄せ――


 ――ガッ!


 鈍い音と共に、男の蹴りが衛兵の顔面を捉えた。衛兵は呻き声を上げ、その場に倒れ込む。

 男はすぐさま上から押さえ込み、関節を極めるようにして、完全に身動きを封じた。

 

 路地裏に、荒い息遣いだけが残る。


 男は、衛兵を抑え込んだまま、ゆっくりと私の方へ視線を向けた。その目には、鋭さと同時に、こちらを気遣う色が宿っている。

 そして男は、片手で懐を探り――取り出したのは、月光を受けて淡く輝く、金色の硬貨だった。そこには、はっきりとした紋章が刻まれていた。


「私は、アルセリオン騎士団の副団長、ロナンという者だ……。急なことで申し訳ないが、君の身に何が起きたのか、聞かせてもらってもいいだろうか?」


 低く落ち着いた声。威圧するわけでも、疑うわけでもない。ただ事実を知ろうとする、誠実な問いかけだった。その声音に、張り詰めていた心の糸が、ふっと緩むのを感じた。

 私は小さく息を吸い、これまでに起きたことを、震える声で一つ一つ話した。


 冒険者ギルドでの出来事。

 ギルドマスターが突然剣を抜いたこと。

 グレイノース様が、私を庇って戦ってくれたこと。


 言葉を紡ぐたび、恐怖や混乱が蘇り、胸が苦しくなる。それでも、私は話すのをやめなかった。

 ロナンは、衛兵を押さえつけたまま、静かに耳を傾けていた。やがて話を聞き終えると、彼は小さく息を吐き、思案するように視線を落とす。


「……この衛兵といい……やはり、この国には何かがあるな……」


 独り言のように呟かれたその言葉に、背筋がぞくりとした。

 ロナンは懐へ手を伸ばし、小さな石――魔道具と思しきものを取り出す。それを口元へと近づけ、淡々と、しかし迷いのない声で告げた。


「私だ。至急、数名の騎士を冒険者ギルドへ向かわせてほしい。残りの者は、私の元へ集結を――」


 短く、的確な指示。それだけで、事態が一気に動き出したのが分かった。

 通信を終えたロナンは、しばし深刻な表情で俯く。その背中からは、重い責任を背負う者の覚悟が滲んでいた。

 私は、何か声をかけるべきなのか分からず、ただ立ち尽くす。


 ――そして、数分後。


 ドドドドッ――!


 夜の静けさを切り裂くように、複数の足音が大通りから近づいてきた。雪崩れ込むように、二、三人の騎士が路地裏へと現れる。

 彼らは無言で状況を把握し、ロナンと入れ替わるようにして、衛兵を確実に拘束した。それを確認すると、ロナンは立ち上がり、私へと真っ直ぐ視線を向ける。


「急ごう。君の話を聞く限り……その冒険者は、かなり危険な状況にある」


 その一言に、胸が強く締め付けられた。


「……はい」


 私は力強く頷き、ロナンと共に冒険者ギルドへ向かって走り出す。不思議なことに、先ほどまで足を縛っていた恐怖は、少しだけ薄れていた。


 今はただ――グレイノース様の無事を祈る気持ちだけが、私を前へと押していた。


 冒険者ギルドの扉を開け、私たちは一気に中へと駆け込む。階段を駆け上がり、二階の大部屋の入り口へ足を踏み入れた、その瞬間。


 ――私は一瞬にして血の気が引いた。


 血にまみれたグレイノース様が、部屋の中央に立っていたのだ。


「……っ!」


 考えるよりも先に、声が喉から溢れ出ていた。


「グレイノース様!!!」


 呆然と立ち尽くす彼の足元には、ギルドマスター――バーン=ギルレイドが、力なく横たわっている。


 信じられない光景だった。


 ロナンは即座に駆け寄り、周囲を鋭く見渡す。戦闘の痕跡、倒れた男、そして血を流すグレイノース様。すべてを目に焼き付けた後、ロナンは低く、重い声で問いかけた。


「……一体、ここで何が起こったんだ?」


 その言葉は、夜の静寂に溶け込むように、大部屋の中へと響いた。


 ――この時の私は、まだ知らなかった。


 この国に深く根を張る、

 取り返しのつかない闇の正体を。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編 陰謀編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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