表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/100

第75話 逆転の一手




 俺――グレイノースは、グラッドの顔面を狙って突き出した。グラッドが俺の拳を受け止めた瞬間、彼の手に()められていた魔導具の指輪を《転移》によって消し去る。そして、そのまま首筋へと剣を振り下ろした。


 ――はずだった。

 

 だが、グラッドは剣を捨て、迷いなく自らの掌で俺の刃を受け止めた。裂けた掌から溢れ出した血は、次の瞬間、俺の顔面へと叩きつけられる。


 赤。


 世界が、赤に染まった。


 視界は完全に塞がれ、何も見えない。

 次いで、腹部に重く、鈍い衝撃。


 ――蹴り。


 肺の中の空気が一気に吐き出され、俺はその場に膝をついた。


「……ぐ……」


 (うめ)き声が、喉の奥から漏れる。


 目に入った血を振り払おうと、俺は必死に目元を(こす)る。だが、血は簡単には落ちない。

 視界は滲み、歪み、ぼやけた影が揺れるだけで――グラッドの姿は、どこにも見えなかった。


 その代わりに、耳だけが異様に冴え渡る。


 ……コツ。

 ……コツ。


 ゆっくりと、確実に近づいてくる足音。


 そして、遠くから届く、あの耳障りな声。


「お前みたいなよ……冒険者になりたてのガキに、ここまで追い込まれるとは思わなかったぜ……」


 (あざけ)るようでいて、どこか本音が混じった声。


「それに、最後に使ったスキル……ありゃ正直、驚いた」


 ――最後。


 その言葉が、胸に冷たく突き刺さる。


(……次で……終わらせる気だ)


 剣を構えたまま、グラッドがこちらを見下ろしている光景が、想像できてしまう。


 だが、想像できるだけだ。


 見えない。

 分からない。


 俺に分かるのは、足音の方向と距離だけ。


 ……近い。


(どこだ……)


 必死に首を動かし、滲む視界の中で何かを捉えようとする。だが、赤い闇の向こう側には、何もない。


(いつ、どこから剣が振り下ろされてもおかしくない)


 その事実が、じわじわと恐怖として全身を締め付けてくる。


(……このままじゃ……)


 呼吸が浅くなる。

 心臓の鼓動が、やけに大きく耳に響く。


(……せめて……)


 思考が、追い詰められていく。


 剣の重み。

 床の冷たさ。


 自分が“生きている”という感覚だけが、異様に鮮明になる。


 そして――


(……場所さえ……分かれば……)


 その瞬間だった。


 理屈でも、判断でもない。

 生きたいという、ただそれだけの衝動。


 本能が、叫んだ。


 ――生きろ。


 次の瞬間、

 俺は意識するより先に、スキルを発動させていた。


 ――スキル《空間探知》。


 その名を意識するより先に、俺の内側から解き放たれた魔力が、静かに、しかし確実に広がっていく。床を()い、壁を伝い、天井をなぞるように――冒険者ギルド二階の大部屋全体を、薄い膜のように包み込んだ。

 赤く滲んだ視界は、依然として役に立たない。だが、その代わりに“分かる”。


 ――いる。


 魔力の輪の中に、ひとつだけ、異質な存在。

 冷たく、重く、そして明確な殺意を帯びた気配。


 グラッド。


 彼が、ゆっくりと、確実に距離を詰めてきているのが分かる。


(……場所は、掴んだ)


 だが、それだけだ。


 足の運び。

 剣を振り上げる瞬間。

 呼吸の変化。


 そこまでは、読み切れない。


(このままじゃ……どの瞬間に斬られるか分からない)


 心臓が、嫌な音を立てて脈打つ。

 一歩間違えれば、次が最後だ。


(……なら)


 俺は、まだ閉じたままの瞼の奥へ、さらに魔力を送り込む。

 

 視るためではない。

 感じるためでもない。


 ――“読む”ために。


 魔力は全身を巡り、思考と直結するように、一点へと集約されていく。


 ――スキル《心眼》。


 次の瞬間。


 視界が、反転した。


 目は閉じたまま。

 それなのに、世界が“見える”。


 形ではない。

 色でもない。


 動き。

 意志。

 次に起こる“流れ”そのもの。


 グラッドの身体が、まるで線で描かれたように、俺の内側に映し出される。


 一歩。

 二歩。


 踏み出す重心。

 肩の角度。

 剣を振り上げるための、無駄に大きな予備動作。


(大振り……)


 余裕。

 慢心。


 ――そして、


 俺を“終わらせたつもり”の油断。


 だからこそ。


 俺は、膝をついたまま、床に落ちていた剣の柄を掴んだ。


 《心眼》が示す“未来”に、迷いはなかった。


 次の瞬間。


 俺は――振り抜いた。


 狙いは、心臓。


 剣先が、肉を貫く感触が、はっきりと伝わる。刃に伝わる、生暖かく、確かな手応え。一瞬、時間が止まったかのように、空気が張り詰める。


 次いで――


「ぐ……ぐぁぁぁぁぁぁ!!」


 耳を裂くような絶叫。


 グラッドは自分の胸を押さえ、信じられないものを見るような顔でよろめいた。指の隙間から、赤い血が溢れ出し、床に滴り落ちる。


 後退りながら、数歩。

 そのまま、力が抜けたように――


 ドサリ、と音を立てて、仰向けに倒れ込んだ。


 俺は、その光景を“心”で捉えながら、ゆっくりと呼吸を整える。荒くなった息を、深く吸い、静かに吐く。膝に残る震えを抑えながら、俺はゆっくりと立ち上がった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸だけが、広い部屋に虚しく響いていた。床に倒れたグラッドは、焦点の合わない目で天井を見上げている。先ほどまで俺を嘲り、弄び、命を奪うことすら“仕事”と呼んでいた男とは思えないほど、その表情は抜け殻のようだった。


 俺は剣を下ろしたまま、一歩、また一歩と近づいていく。


 最後を確かめるため――そう思いながら。


 靴音に気づいたのか、グラッドの瞳がゆっくりと動き、俺を捉えた。天井を見つめていた視線が、今は真っ直ぐ、俺に向けられている。


 その口が、かすかに動いた。


「……ここで……終わり、か……」


 独り言のような呟き。そこにあったのは憎しみでも怒りでもなく、ただ乾いた諦観(ていかん)だった。

 グラッドは、何かを悔やむように顔を歪める。


「あの国でも……この国でも……」


 言葉の端が、次第に細く、力を失っていく。


「……俺の居場所は、最初っから……なかったのかも、な……」


 まるで、彼自身の存在が、ゆっくりとこの場から溶け落ちていくかのように。


 その時。


 背後から、場の空気を切り裂くような、張りのある声が響いた。


「グレイノース様!!!!」


 反射的に、俺は振り返る。


 血で滲んだ視界がゆっくりと開けていく。


 そこに立っていたのは、息を切らしたエリナ=フェレツだった。その隣には、銀色の鎧を纏った数名の兵士――いや、騎士たち。

 彼らは一斉に武器を構え、倒れているグラッドを包囲する。鎧の胸元に刻まれた紋章が、目に入った瞬間、俺は理解した。


 ――ラナリア王国。


 フェレツは、安堵と緊張が入り混じった表情で俺を見つめている。その横から、低く落ち着いた、聞き覚えのある声が響いた。


「遅れてすまない……」


 俺は思わず、その声の主を見た。


 そこに立っていたのは、ラナリア王国・王都アルセリオン副騎士団長――ロナン。


「ろ、ロナンさん!?なんでここに……?」


 驚きを隠せずに声を上げる俺に、ロナンは小さく息をつき、苦笑するように視線をフェレツへ向けた後、再び俺を見る。


「実はな……ラディナ村での件の後、あの日の出来事をセリオディアン陛下に報告した」


 ロナンの声は、淡々としていながらも重みがあった。


「陛下は、この国の王――エルディオン殿と、古くからの友人でな、不穏な話を聞き、心配した陛下が“調査”という名目で、我々を派遣したんだ」


 俺は息を呑む。


「この国の内情を探っている最中に……」


 ロナンはフェレツに軽く視線を向ける。


「彼女――エリナ=フェレツさんと偶然出会い、助けを求められた。それで、ここへ急行した、というわけだ」


 そう言い終えると、ロナンはゆっくりと視線を落とし、床に横たわるグラッドを見る。


 倒れた男。

 散乱した血。

 砕けた椅子と、剣の痕。


 一通り状況を見渡した後、ロナンは再び俺を見た。


「一体、何が起こったんだ?」


 その目は、先ほどまでの柔らかさを失い、騎士としての厳しさを帯びていた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編 陰謀編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ