表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/31

第8話 無能に宿る不屈の心




 視界の先、ゴブリン・キングが口角(こうかく)を吊り上げ、歯の隙間から黒い影が(のぞ)くような狂気じみた笑みを浮かべていた。まるで――喜びと残虐性が混ざり合うような。

 その圧倒的な巨躯(きょく)に俺の全身に戦慄(せんりつ)が走る。

 俺は体の奥底を刺すような恐怖を振り払うように、唇を強く噛み締めた。胸の奥で心臓が(はげ)しく打ち、血が逆流するかのように全身を駆け巡る。目の前に立ちはだかる恐怖に向き合うため、荒く息を吐き出す。

 アドレナリンが神経を支配し、痛みも恐怖も、一瞬の間だけ意識の外に消えた。

 その刹那(せつな)――巨大な剣が俺の真横を裂くように迫り反射的に剣を握る。体を丸めて(やいば)を受け止める構えを取る。

 だが、(やいば)に押され、俺の体は空中に舞い上がる。慣性(かんせい)のまま、木造の民家の壁に打ちつけられ、全身に鈍い衝撃が広がる。

 動こうとしても思うように体が反応せず、額から血が流れ落ちた。

 

 胸が締めつけられる....呼吸が荒い....頭の奥がぼんやりと重い。


 耳に遠く鈍い余韻(よいん)が響き、視界はまだ揺れている。体はまだぎこちなく、筋肉の震えが収まらず、思うように体を起こすこともできなかった。


 ――それでも、立たなきゃ終わる。


 朦朧(もうろう)とした意識の向こうから、ゴブリン・キングの足音が地面を踏みしめるたびに響いてくる。まるで、死刑宣告の秒針(びょうしん)みたいに、その音は一定のリズムで近づいてくる。


「……っくそ……!」


 俺は震える腕を伸ばし、剣先(けんさき)(つえ)代わりに地面へ突き刺した。歯を食いしばりながら、ゆっくりと体を持ち上げる。


 立てる――まだ、戦える。


 体全身が悲鳴を上げている。呼吸も荒く、胸の奥が焼けるほど痛い。けれど、心だけは折れていない――折れられない!


「行くぞ……ッ!」


 足に残った力をすべて込め、一気に地面を蹴る。視界を(かす)める巨体の影へ、俺は飛び込んだ。ゴブリン・キングの(ふところ)へ滑り込み、足元へ刃を走らせる。


 斬撃――! さらに斬撃――!!


 俺の攻撃は止まらない。剣を振る度に次の一太刀が湧き上がってくる。


「まだだッ!!!!」


 (やいば)が空気を裂き、閃光のような軌跡(きせき)を残しながらゴブリン・キングの脚へと食い込む。


 一撃.....また、、一撃.....


 心臓の鼓動さえ斬りつける勢いで、俺は―――畳みかける―――重たい手応えが腕に伝わるたびに、焼けるような痛みも忘れさせてくれる。

 満身創痍の俺を動かしているのは体に刻み込まれた鍛錬の記憶。何百回も繰り返した動作が、俺の体を突き動かす。

 何十回と反射のように剣を振り抜くたび、肉を裂く手応えが確かに掌へ戻ってくる。深く刃が食い込むたび、返り血が熱を帯びて(ほほ)に散った。


 ―――入ってる。


 間違いなく、斬り込めている.....けれど――どうにも、胸の奥がざわつく。


 何か―――おかしい......


 その違和感は、斬るほどに膨らんでいった。ゴブリン・キングは、まるで岩肌(いわはだ)を削られているだけのように(まゆ)ひとつ動かさない。痛みどころか、苛立(いらだ)ちすら見せない。


 むしろ――楽しんでいる。

 そんな狂気すら感じられた。


 俺の斬撃が降り注ぐ中、奴はただ飽きた観察者のように俺を見下ろしているだけだった。そして、ゆらりと口元が吊り上がっていく。ねっとりとした、悪意の塊みたいな笑み―――


「人間は……哀れだな。」


 低く響いた声は、(あざけ)り以外の何ものでもなかった。意味は分からない....だが、その“余裕”だけは痛いほど伝わってくる。


 そして――――次の瞬間。


 ゴブリン・キングの全身が淡く光を()びた。


「っ……!」


 斬り裂いたはずの傷口が閉じていく。血も跡すら残さず、まるで最初から何もなかったかのように。


「うそ、だろ……」


 内側から骨まで凍りつくような、凄まじい悪寒(あっかん)が胸を押し潰した。俺は、ようやく理解する。

 

 これだ――これが、俺の感じてた違和感の正体。


 あいつは――わざと斬られていた。俺の必死の攻撃を、まるで暇つぶしの“遊び”として扱っていたのだ。その事実を知った瞬間、俺は思わず後ずさる。体が勝手に退(しりぞ)き、視界の端まで世界が揺れる。


 混乱が頭を支配する。


 あの光――確かにスキルの光だった


 胸を押し潰す恐怖、怒り、絶望、ありとあらゆる感情が俺の脳内で渦を巻き、理性を押し流していく。そんな俺をゴブリン・キングは冷たく見下ろしている。そして、ゆっくりと、低く響く声で口を開いた。


「――“超回復”…… キサマにわざと斬られた。これを見せるためダ…… 」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の顔が無意識に歪む。絶望が、胸を締め付け、息まで重くなる。

 俺の顔を見たゴブリン・キングは、大きく口を開き、嘲笑(ちょうしょう)混じりの声をあげた。


「そのカオ…… そのカオだ!ニンゲンの絶望したカオ…… ソレを眺めながら壊シていくのが……タマラナイ!」


 怒りが沸き上がる。だが、それ以上に――圧倒的な絶望が全身を覆い体が強張(こわば)る。


 ―――《真眼》


 俺は、その事実を確かめるように、絶望を突き返すように、スキルを発動させた。

 絶望に押し潰されそうな胸を振り払い、俺の視界に半透明のステータス画面が浮かび上がる。



【種族】:ゴブリン・キング


【体 力】:480【攻撃力】:330

【防御力】:210 【俊敏性】: 80

【魔 力】:120


【スキル】

・超回復 ー 任意で全ての傷を治す


【加護】

・攻撃増化

・体力増化



 目の前に映る「超回復」の文字が、確かに確実にその存在を主張している。

 だが、魔力には限界がある。


 あいつの魔力が尽きるまで、何度でも……何度でも……まだ、勝機はあるはずだ。


 そんな希望は、一瞬で吹き飛ばされる。

 ゴブリン・キングの足が、俺の眼前(がんぜん)まで迫る。風圧が体を吹き飛ばし、骨が折れるような鈍い音が全身に響いた。


 身体が、言うことを聞かない――立ち上がれない、もう、動けない……。


 俺はその場に倒れ込み、視界が揺れ、呼吸すらまともにできない。体中が痛みに支配され、抵抗する力さえ残っていなかった。その時――悟った。スキルがあっても、なくても、奴には到底敵わない。力の差が、桁違いすぎるのだ。

 そんな俺の全身の力が抜けた瞬間、ゴブリン・キングの巨大な手が俺を掴んだ。まるで玩具のように、俺の体は軽々と(ちゅう)に持ち上げられ、地面が遠ざかる。目の前にゴブリン・キングの禍々(まがまが)しい顔が迫る。その吐息が、まるで冷たい風のように俺の頬を撫でる。


「可哀想だな……無能な人間は」


 ゴブリン・キングの瞳は、(あわ)れみと嗜虐(しぎゃく)の入り混じった冷たい光を宿している――奴は、気づいていた。


 俺に、スキルが無いことを。

 戦う力が備わっていないことを。


 俺は無意識にステータス画面を開いていた――半透明のステータス画面。そこに刻まれた《超回復》の文字。

 まるで俺の心を嘲笑(あざわら)うかのように、やけに眩しく揺らめいて見えた。気づけば、俺は手を伸ばしていた。触れもしないと知っているのに。ほんの一瞬でも、自分にも届くと錯覚してしまったのかもしれない。


 スキルさえ、あれば......


 たった一つ、それだけで世界は変わる。実力の差が埋まり、戦局すら(くつがえ)せる。運命を、自分の意思でねじ伏せられる――はずだった。


 初めてだった。

 自分の運命を本気で呪ったのは......


 もちろん、ステータス画面に実体なんてない。俺の指先は空を()くだけで、掴めるものなどどこにもない。それでも、虚空(こくう)に向けて必死に拳を握りしめることしかできなかった。


 悔しい……。


 そんな俺を、ゴブリン・キングはつまらなそうに見下ろすと――壊れた玩具(おもちゃ)でも捨てるみたいに――片手で地面へ叩きつけた――


「がはっ……ッ!!」


 鈍い衝撃とともに肺の空気が強制的に吹き飛ぶ。背中に焼けるような痛みが走り、視界が一瞬、真っ白に弾けた。


 動かない.....息すらまともに吸えない.....。


 地面に沈んだまま、俺はもう抗う理由すら見失っていた。心のどこかで細く残っていた火が、ゆっくりと静かに消えていく。

 ゆっくりと目を閉じる――暗闇の奥で父との思い出が、走馬灯(そうまとう)のように....駆け巡る.....。


 幼い頃、叱られた日のことも、笑い合った日のことも、剣を握った手に(そそ)いでくれた(ぬく)もりも――全部、鮮やかに胸を打つ。


 ――諦めるな。


 父の声が、まるで今ここで俺を励ますかのように耳元で響いた。弱りきった心に、ほんのわずかな熱が戻る。


 その瞬間―――《超回復》。


 頭の奥で、誰かが(ささや)くようにその言葉が弾けた。次の瞬間、体が(あわ)い光に包まれる。この、見覚えのある光――再生の光が痛みと絶望を押し流すように、体を満たしていった。

 じわり、と身体の奥に熱が広がる。折れたはずの骨が繋がり、千切れそうだった筋肉に力が戻っていく。

 さっきまで全身を焼いていた痛みが――嘘みたいに消えていく。


「……っ、は……!」


 息が吸える。


 体が………………動く!!


 俺は、ゆっくりと――地面を押して立ち上がった。まるで、世界が再び色を取り戻すように――



ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

グレイに目覚めた再生の力。

どうして目覚めたのか?

また、明日も投稿しますので

ぜひ楽しみにしていてください!

よければブックマークもお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ