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第69話 怒りの炎




 俺――グレイノースは、誘拐犯の一人であり、かつてハンスと共に城門に立っていた衛兵を斬り伏せ、その存在の証とも言えるスキルと加護を《転移》によって奪い取った。


 あとは、決断するだけだった。

 この男に、終わりを与えるか否か。


 その迷いが、ほんの一瞬、意識に影を落とした――その時だ。《超直感》が、背後から迫る殺意を叩きつける。

 俺は反射的に身を(ひね)り、振り返りざまに《幻装剣》を振るった。金属音と共に、空を裂いてきた一本の矢が断ち切られ、床に転がる。


 視線を向けた先。


 そこに立っていたのは、弓を構えた男。全身を黒ずくめの外套で包み、深く被ったフードの奥から、感情の読めない冷えた視線をこちらへ向けている。


 ――二人目。


 男は一切の躊躇(ちゅうちょ)なく、再び弓を引いた。


 ヒュッ――


 一射。

 二射。

 三射、四射、そして五射。


 間断(かんだん)なく放たれる矢が、一直線に俺を(とら)えに来る。俺は《幻装剣》を振るい、迫る矢を弾き落とす。

 

 一発、二発。

 三発目を斬り払い、四発目を逸らす。


 そして――五発目。


 その矢を斬り伏せた、まさにその瞬間だった。


「あ、ぐ……っ……」


 脇腹に、鈍く重い痛みが走る。息が詰まり、思わず視線を落とすと、そこには――俺の脇腹に深く突き立てられた、一本の短剣。


 血が、じわりと滲み出す。


 その短剣を握る腕は、まっすぐ背後へと伸びていた。


 ――刺したのは、あの衛兵だ。


 スキルも加護も失ったはずの男が、地面に伏していたはずの男が、いつの間にか背後に回り込み、渾身の一撃を叩き込んでいた。


「へっへっへ……」


 耳障りな笑い声。


 衛兵は、勝ち誇ったように口元を歪め、俺を見上げていた。


 痛みが、遅れて全身を駆け巡る。

 歯を食いしばり、俺はその笑みを睨み返した。


 だが――状況はそれで終わらない。


 視界の端に、再び黒い影が映る。

 フードの男が放った、新たな五本の矢。


 逃げ場はない。

 背後には衛兵。

 前方には、矢の嵐。


 ――ならば。


 俺は、脇腹を貫く痛みを無視し、全身に魔力を巡らせた。内側から溢れ出すそれを、抑え込むことなく、外へと解き放つ。


 ――《爆炎魔法》。


 魔力に炎を乗せるのではない。

 魔力そのものを、炎へと変換する。


 次の瞬間。


 轟音と共に、俺の全身から炎が噴き上がった。

 赤く、激しく、荒々しく。それはまるで、(こら)え続けてきた怒りが、ついに形を得たかのような業火。


 迫り来る五本の矢は、触れる前に焼き尽くされ、灰となって霧散(むさん)する。


 さらに――

 

 炎の圧力は、俺の脇腹に短剣を突き立てていた衛兵の体を包み込み、そのまま容赦なく弾き飛ばした。衛兵の体は宙を舞い、焦げた臭いを残しながら、遠くへと吹き飛んでいく。

 地下空間に、炎の残滓だけが揺らめいていた。爆炎が生んだ熱風に、フードの男は思わず腕で顔を庇った。

 

 一瞬――ほんの一瞬の隙。


 俺はその機を逃さない。


 床を蹴り、間合いを詰める。

 剣を強く握り直し、迷いなく振り抜いた。


 鋭い手応え。


 《幻装剣》は、フードの男の肩口を斜めに切り裂き、鮮やかな赤が宙を舞った。血飛沫(ちしぶき)が炎に照らされ、刹那、宝石のように散る。

 だが、男はすぐには理解できなかったらしい。自分が斬られたという事実を認識する前に、呆然と目を見開き、ただ俺の姿を見つめていた。


 ――一拍(いっぱく)


 遅れて、フードの男は肩に違和感を感じた。恐る恐る自分の肩に手をやる。指先に伝わる、生暖かい感触。


 ゆっくりと、その手を視界に持ってくる。

 

 そこに付着していたのは――べったりとした、自分の血。


 その瞬間、男の顔色が一気に失われた。瞳が揺れ、口が震え、喉の奥から空気が漏れる。


「……う、うぁぁぁぁぁぁっ……!」


 甲高い悲鳴。


 叫び声と共に、フードの男の膝から力が抜け、前のめりに地面へ崩れ落ちた。倒れた体は痙攣し、目を見開いたまま、うまく呼吸もできていない。

 その拍子に、被っていたフードがずり落ちる。露わになった顔を見た瞬間、俺は思わず息を呑んだ。


(……こいつ……)


 見覚えがある。


 つい最近、この街の冒険者ギルドで見かけた顔。依頼の掲示板の前に立っていた、ごく普通の冒険者の一人。


(衛兵だけじゃない。冒険者まで、この件に関わっている。)


 胸の奥に、嫌な重さが沈んでいく。


 俺は倒れたフードの男=冒険者から静かに視線を外した。


 今は、そちらを構っている時間はない。


(……聞かなければならないことがある)


 俺は踵を返し、ゆっくりと歩き出す。

 向かう先は――先ほど吹き飛ばした衛兵。

 

 衛兵に向かって一歩ずつ足を進める度に脇腹の痛みが全身に響く。


 ーー《超回復》


 俺の体は淡い光に包まれ脇腹の傷はまるで傷そのものが無かったかのようにゆっくりと塞がっていく。脇腹に触れ痛みが無くなったことを確信した俺は、横たわる衛兵に視線を向けた。

 床に横たわるその体は、爆炎に焼かれ、焦げた臭いを放っていた。衣服は炭化し、肌は爛れ、もはやまともに動ける状態ではない。


 それでも――まだ、生きている。


 俺が近づく気配を感じ取ったのか、衛兵は苦しげに喉を鳴らし、震える唇を必死に動かした。


 掠れた声を、無理やり振り絞るようにして。


「た……たすけ……て……」


 ほんの少し前まで他者の命を弄んでいた男の口から(こぼ)れ落ちたとは思えない、弱々しい懇願だった。 俺は片膝をつき、衛兵の胸ぐらを掴み上げる。焼け(ただ)れた身体が軋む音を立て、衛兵は苦悶(くもん)の声を漏らした。


 だが、そんなものは構わない。


「――お前らを雇ったのは誰だ」


 低く、抑えた声。それでも言葉の端々には、積もり積もった疑念と怒りが滲んでいた。


 思い返される出来事は多すぎる。


 始まりは、メルナの誘拐未遂だった。

 次にエルフの村に現れた盗賊団――彼らは口を揃えて「モデリスク出身」だと名乗った。

 ラディナ村で出会ったグラッド。あの男は、メルナの件に確実に関わっていた。彼が所持していた転移石は、一般には流通しない、王族や貴族クラスしか扱えない国宝級の代物。

 そして、この街で囁かれていた噂。“正体不明の依頼人から、異常なほど高額な依頼が出ている”。

 さらに――誘拐に関わっていたのは、衛兵だけではない。この街にいる冒険者ですらその一端を担っていた。


(この衛兵もまた“誰か”に雇われて動いていたに違いない。)


 点と点が、ゆっくりと線になろうとしている。

 だが、その線の先――核心だけが、どうしても掴めない。


 胸の奥に靄がかかったような、嫌な感覚。


 俺は衛兵の胸ぐらをさらに強く掴み、顔を近づけた。


「答えろ……!」


 衛兵は、必死に生へ(すが)るように俺を見上げる。その瞳には恐怖があり、後悔があり、そして――何か、別のものが潜んでいるように感じる。


 底知れぬ闇のような、漆黒。


 焼けつく喉を無理やり動かし、衛兵は言葉を絞り出そうとする。


「ギ……ぐ……!」


 ――次の瞬間だった。


 衛兵の表情が、唐突に歪む。


「……っ!?が……あ……!」


 呻き声と同時に、異変が起きた。


 衛兵の中指にはめられていた指輪。

 それが、淡く、しかし禍々しい光を放ち始める。


 嫌な予感が、背筋を駆け抜けた。


 指輪から溢れ出した魔力は、まるで生き物のように男の身体へと這い広がり、血管を、肉を、骨を――内側から侵食していく。


「た……す……!」


 生にしがみつくような叫ぶが、その声はすぐに嗄れ、泡立つ音へと変わった。衛兵は身をよじり、床を掻き、爪を立てる。まるで“何か”に内側から喰い尽くされていくかのように。


 俺は思わず、胸ぐらを掴んだ手を離していた。


 数瞬後――衛兵の身体は大きく跳ね、そして、力なく崩れ落ちる。


 ――動かない。


(……何が、起きた……?)


 嫌な汗が、背中を伝う。


 まさかと思い、俺はゆっくりと視線を巡らせ、先ほど倒した冒険者の方を見る。さっきまで、苦痛に痙攣していたはずの身体。だが今は、ぴたりと静止していた。見開かれていた瞳は白目を剥き、焦点は完全に失われている。


 近づくまでもない。


 ――死んでいる。


 理解が追いつかない。


 誰が。

 いつ。

 どうやって。


 問いばかりが頭の中を巡り、答えは一つも見つからない。


 ただ一つ、はっきりしていることがある。


 ――この一連の出来事は、偶然ではない。


 俺の胸の内で、混乱と動揺が、じわじわと広がっていくのを、はっきりと感じていた。


 


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編 陰謀編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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