表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/97

第68話 もう一つの影




 俺、グレイノースは、誘拐犯の男、ハンスと共に城門で立っていた衛兵に向かって何重にも《雷走》を重ねた高速の一撃を衛兵の胴体目掛けて切り抜いた。衛兵は、脇腹の傷を押さえながら、よろめくように体を起こした。血に濡れた手が震え、呼吸は荒い。それでも、憎悪だけはまだ失われていない。


「イッテェな……なんで、俺がこんな目に……」


 呻くような声。だが次の瞬間、その顔は歪み、吐き捨てるような怒声へと変わった。


「くそが!!全部、あのハンスのせいだ!!あいつが余計なことを嗅ぎ回らなければ……ボスの耳にも入らなかった!!そうすりゃ、このガキが――お前が、ここに来ることもなかったんだ!!」


 責任転嫁。


 自分の罪を認めることもなく、ただ壊れた感情をぶつけるだけの叫びだった。

 やがて、衛兵の視線がゆっくりと俺を捉える。そこにあったのは、先ほどまでの憎悪ではない。


 ――恐怖だ。


「なぁ……なぁ、お前……」


 声が、かすかに震えている。


「俺らの……仲間になれよ……」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 だが、その言葉の意味が脳内で形を成した瞬間、胸の奥に冷たいものが落ちる。


(……こいつは……)


 誇りも、信念もない。ただ生き延びるために、思いついた言葉を並べているだけだ。

 衛兵は、俺に向かって手を差し伸べた。血に汚れたその手は、助けを求めるというより――縋りつくようだった。口角を不自然に引き攣らせ、笑っているつもりなのだろう、不気味な表情を浮かべる。


「なぁ、俺らと組めばよ……かなりの報酬が出るぜ……それに……必要なくなった子供や大人を痛めつけるのも……楽しいんだ」


 言葉は、淡々としていた。

 日常を語るような、軽さで。


「あのさ……絶望で歪んだ顔、見たことあるか?あれはな……何よりも、最高なんだぜ……」


 その瞬間。


 胸の奥で、何かが静かに、だが確実に音を立てて崩れた。怒りの代わりに、底冷えするような感覚が全身を満たす。


 ――理解したのだ。


 こいつは、交渉の相手ではない。

 説得する価値も、迷う理由も、存在しない。


 俺は、剣を強く握り締めた。


 床に片膝をついたままの衛兵に向かって、ゆっくりと歩み寄る。一歩ごとに、地下空間に靴音が響く。衛兵の差し出した手は、宙に浮いたまま止まっていた。


 その指先が、わずかに震える。


 俺は、怒りに身を任せるように、内包する怒りをぶつけるように無意識に、全身の魔力を衛兵に向けて放っていた。

 

 ――《竜の威圧》


 俺が一歩、また一歩と近づくたび、空気が重く沈んでいく。


 言葉ではない。

 理屈でもない。


 “恐怖そのもの”を凝縮した気配が、波となって衛兵の全身を包み込んだ。

 男の表情から、色が失われていく。額から一筋、冷や汗が垂れ落ち、喉がひくりと鳴った。呼吸ができない。肺が空気を拒絶しているかのように、浅く、途切れ途切れになる。生唾を飲み込もうとしても、唾液すら枯れている。恐怖が、体の内側から締め付けていた。


「や……やめ……」


 ようやく絞り出された声は、あまりにもか細く、情けなかった。

 その姿を前に、俺は大きく息を吐いた。感情をぶつける必要すら、もう感じなかった。


「……自分が死にそうになったら、命乞いか」


 自分でも驚くほどに静かな声だった。


「この国を守ろうとしたハンスの覚悟は……お前が(もてあそ)んだ人たちが味わった絶望は……」


 俺は一歩、距離を詰める。


「……こんなものじゃ、なかったはずだ」


 衛兵の瞳が揺れる。

 否定も、反論も、もう浮かばない。


 俺はさらに歩み寄り、低く告げた。


「だから――」


 その場の空気が、張り詰める。


「お前にも……“絶望”を、味わってもらう」


 俺は静かに、自分の目に魔力を集めた。


 ――《真眼》。


 視界が一瞬、歪む。次の瞬間、衛兵という存在が“情報”として、俺の視界に浮かび上がった。


 名前。

 経歴。

 数値。


 ――そんなものには、興味がない。


 俺が見据えたのは、スキルと加護だけだった。


 人が生きてきた中で積み上げてきた力。

 才能であり、努力であり、選択の結果。


 それらが、淡々と並ぶ。



【スキル】

・気配遮断

・加速

・魔力探知

・忍足


【加護】

・中級槍術

・攻撃増加(中)

・下級剣術

・俊敏増加

・中級短剣術



 俺は、それを見て、静かに理解した。


(……なるほどな)


 《空間探知》に引っ掛からなかった理由。

 俺が近づくまで、存在を悟れなかった理由。


(《気配遮断》……それに《忍足》か)


 俺は一切の迷いなく、視界に浮かぶスキルと加護を選択した。


 ――《転移》。


 発動の瞬間、空気が震える。


 衛兵の体から、何かが“引き剥がされる”感覚。言葉にできない喪失が、男の中から流れ出し、俺の内側へと吸い込まれていく。


 それは、単なる力の移動ではない。


 ――その人間が、生きてきた証そのもの。


 鍛え、磨き、頼りにしてきた力。それらすべてが、音もなく俺の中へと収まっていく。


 衛兵は、何が起きたのか理解できないまま、ただ目を見開いていた。衛兵の体からは、確かに“何か”が消えていた。だが本人は、その喪失を正しく理解できていない。


 《竜の威圧》――恐怖という名の重圧が、思考そのものを押し潰していたのだ。


 衛兵は、迫り来る俺を前に、喉を引き攣らせながら後退り逃げるように声を絞り出す。


「ス、スキル《加速》!!」


 ――何も起こらない。


 足も、視界も、世界も。加速するはずだった感覚は、微塵も訪れなかった。


 焦りが、顔に滲み出る。

 衛兵は、縋るように何度も叫ぶ。


「《加速》!!《加速》!!《加速》!《加速》……っ、か、かそ……く……」


 やがて、言葉が途切れた。

 衛兵は項垂れ、諦めたように力なく肩を落とす。


 俺は、ゆっくりと歩み寄り、剣先を衛兵の顔の前に突きつける。


 刃が震えることはない。

 感情は、すでに凪いでいた。


 衛兵は、恐る恐る顔を上げ、俺の目を見つめた。


「……お前、その目……魔眼の一種、か……?」


 “魔眼”。


 その言葉は、俺の耳には馴染みがなかった。

 だが、男の声音から伝わってくるのは、はっきりとした恐怖だった。


「あんたの目……スキルを使った時に現れる、あの金色の輪郭……間違いねぇ……」


 衛兵の視線は、逃げ場を失った獣のように、俺の瞳に釘付けになっている。


「……なのに、なんで……なんで、お前みたいなガキが……」


 その先の言葉は、続かなかった。


 俺には衛兵のその言葉が死に際のただの戯言のように感じていた。だからこそ、俺は冷徹に無感情に剣を振り上げる。

 

 狙いは、首。


 一撃で終わらせることはできる。

 容易く、確実に。


 だが――


 脳裏に、過去がよぎる。


 戦場で、命を奪った瞬間。

 生きるために、選ばざるを得なかった選択。

 それでも、夜ごとに思い出す、あの重さ。


(……今のこいつには、戦う意志も、力もない)


 無力な相手に刃を振るえば――


(それを選べば……俺は、こいつらと同じになる)


 一瞬の迷い。その僅かな隙を――《超直感》が、鋭く切り裂いた。


 何かが――来る。背後から。


 思考より早く、体が反応する。


 俺は半身を捻り、背後へ向けて《幻装剣》を振り下ろした。


 ――ギィンッ!


 金属が裂ける乾いた音。


 空を切り裂いていた矢は、真っ二つに断ち切られ、床へと転がる。


 俺は、そのまま振り返った。


 視界に映ったのは――弓を構えた、全身を黒ずくめの外套で包んだ男。深く被ったフードの奥から、冷えた視線がこちらを射抜いてた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編 陰謀編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ