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第60話 孤児院への訪問




 俺、グレイノースはミア、ブラム、アルバートと共に依頼を無事に終え、冒険者ギルドでそれぞれの報酬を受け取った。達成感と、ほんの少しの疲労。それらを胸に抱えながら、俺たちはギルドの扉をくぐり、外の大通りへと足を踏み出す。

 人通りの多い石畳の中央で、アルバートが不意に足を止め、俺の方を振り返った。


「なあ、グレイノース。これから、どうするんだ?」


 真っ直ぐな視線。軽口ばかりの男にしては、珍しく真剣な声だった。

 俺は少しだけ考え、頭の中で整理してから答える。


「俺は……この街の孤児院に用事があって、これから、そこへ行こうと思ってるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、アルバートは「ああ……」と短く声を漏らし、少し残念そうに肩を落とした。


「そっか……。俺たちはさ、せっかくこのメンバーで息も合ってきたし、他の依頼も一緒に受けようって話してたんだ」


 苦笑混じりに、しかし本心を隠さない声音。


「正直、君とも、もう一度、いや……もっと一緒に戦いたかった」


 その言葉に、隣で腕を組んでいたミアが呆れたように息を吐く。


「はぁ……。まぁ、こんな男と長時間組むのは正直気が進まないけど」


 そう言いながらも、どこか楽しげな表情を浮かべる。


「でも、パーティー戦を学ぶには悪くない相手だったしね。いい経験にはなるわ」


 ブラムも無言のまま、小さく頷いた。言葉は少ないが、その仕草だけで十分だった。

 アルバートは一歩前に出ると、静かに手を差し出してくる。

 俺は一瞬だけ躊躇い、それからその手をしっかりと握った。続けてミア、ブラムとも順に手を交わし、短いが確かな別れを告げる。


 そして、アルバートは、俺の背後を指差した。


「孤児院ならな、あっちだ。この道を真っ直ぐ行って、左に曲がればすぐだ」


 その言葉を聞いて、俺はもう一度アルバートの方を振り返る。そこには、いつものように爽やかな笑顔を浮かべた彼がいた。


「また、どこかでな」


 その一言を合図に、俺たちはそれぞれ背を向ける。


 ミア、ブラム、アルバートは街の奥へ。


 俺は反対方向へ。


(……また出会ったら、その時は本当に一緒に冒険してもいいかもな)


 そんな思いを胸の奥にしまい込み、俺は孤児院を目指して歩き出した。


 だが――。


 孤児院までの道のりは、思っていた以上に厄介だった。アルバートに教えられた通りに進んだはずの道は行き止まりになり、仕方なく通りすがりの街の人に何度も道を尋ね、ようやく辿り着く。


 目の前に現れた建物を見て、俺は思わず立ち止まった。


 白い外装は所々剥がれ、ひび割れが走っている。

 庭と呼ぶにはあまりに荒れた空き地には、雑草が伸び放題だった。


「……ここが、孤児院?」 


 疑念が胸をよぎる。

 だが、その直後――。


 家の奥から、かすかに、しかし確かに子供たちの笑い声が聞こえてきた。

 無邪気で、騒がしく、間違いなく“生きた声”。


 その音に、胸の奥が少しだけ緩む。


 孤児院の前に立ったまま、どう声をかけるべきか、勝手に入っていいものかと迷っていると――。


「なにか、ご用ですか?」


 不意に背後から、柔らかな女性の声がかかった。


 俺は思わず肩を震わせ、振り返る。


 そこに立っていたのは、白いエプロンを身に着けた女性だった。年齢は二十代後半から三十代前半といったところか。腕には買い物籠を提げており、少し心配そうな表情で俺を見つめている。


(買い物帰り……この孤児院の人か)


 そう察した俺は、すぐに頭を切り替え、失礼のないよう言葉を選ぶ。


「実は……。この孤児院で、行方不明になった子供がいないか、お聞きしたくて……」


 俺の言葉に、女性は一瞬きょとんとしたように目を瞬かせた。意味を飲み込むまで、ほんのわずかな沈黙。


「えっと……」


 困ったように首を傾げ、慎重に言葉を選ぶ。


「理由はともかく……そういったお話でしたら、院長に直接お話しいただいた方がいいかもしれませんね」


 そう言いながら、女性は孤児院の敷地内へと歩き出す。


「よろしければ、院長にお会いになりますか?」


 その問いかけに、俺は迷わず頷いた。


「お願いします」


 女性は孤児院の扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。


「どうぞ……中へ」


 扉が開かれ、彼女は手のひらを内側へ向け、招くように示した。その仕草に導かれるように、俺は孤児院の中へ足を踏み入れる。

 中に入った瞬間、外観からは想像できないほど、温かな空気が広がっていた。廊下では小さな子供たちが元気に走り回り、笑い声を上げている。床は年季が入っているが、きちんと掃除されており、生活の気配が濃く残っていた。


 その光景に、思わず視線を奪われていると――。


「院長室へご案内しますね」


 女性の声に我に返る。


 彼女は俺の歩調を気遣うように、ゆっくりと歩き出し、二階へと続く階段を上っていく。


 俺もその後に続いた。


 階段を上る間、下の階から感じる視線。

 子供たちが、珍しいものを見るように俺をじっと見つめているのが分かる。


(二階か……)


 二階に上がってすぐの部屋の前で、女性は足を止め、静かに扉を開けた。


「こちらです」


 俺はその後を追い、部屋の中へ入る。そこは、書斎と応接室を兼ねたような部屋だった。中央には低いテーブルがひとつ置かれ、向かい合うように横長の椅子が配置されている。壁際には書棚が並び、書類や帳簿が整然と収められていた。


 女性は椅子に向かって、掌で示す。


「こちらに、おかけください」


 俺は軽く会釈し、勧められた椅子に腰を下ろした。


「院長を呼んできますので、少々お待ちください」


 そう言って女性は軽く会釈すると、静かに部屋を出ていった。


 ――バタン。


 扉が閉まる音が響いた瞬間、部屋の中に静寂が落ちる。

 一階からは、かすかに子供たちの笑い声や走り回る足音が聞こえてきた。


(……緊張するな)


 何かを裁かれるわけでも、試されるわけでもない。それなのに、胸の奥にじわりと広がるこの感覚。ラナリア王国で、王の前に立った時のような張り詰めた緊張とは違う。

 もっと身近で、もっと現実的で、逃げ場のない――そんな独特の重さ。


(下手なことは言えない……)


 そう思っていると、廊下の向こうから、ゆっくりとした足音が近づいてくる。


 そして、その足音が止まった直後――。


 ――カチャリ。


 扉が開き、一人の女性が姿を現した。


 年の頃は五十代ほど。質素な服装ながら、背筋は自然と伸び、落ち着いた佇まいに不思議な品格が漂っている。耳元で揺れる、小さな青い宝石のイヤリングが、柔らかな光を受けて静かに輝いていた。

 その姿を見た瞬間、俺は反射的に立ち上がり、深く頭を下げる。

 女性もまた、穏やかに会釈を返し、落ち着いた声で名乗った。


「初めまして。この孤児院の院長を務めております、マリアと申します」


 その微笑みは優しく、しかしどこか覚悟を秘めたものだった。

 それに応えるように、俺も姿勢を正し、名乗る。


「初めまして。冒険者をしております、グレイノースと申します。本日は……お伺いしたいことがあり、参りました」


 そう切り出した瞬間――。


「ええ」


 マリアは俺の言葉を遮るように、しかし失礼にならぬ柔らかさで口を開いた。


「先ほど、あなたを案内した世話係の者から、すでにお話は伺っています」


 その声は、少しだけ重たい。


「……行方不明になった子供がいないか、という件ですね?」


 俺は、静かに頷いた。


「はい……」


 短く、しかしはっきりと。


 マリアは一度、目を伏せ、わずかに考えるような間を置いたあと、再び俺を見る。


「差し支えなければ……その理由を、聞かせていただけますか?」


 その問いかけに、俺は一瞬だけ言葉を選んだ。


 そして――昨日の夜の光景が、脳裏に鮮明に蘇る。


 暗い路地裏。

 袋に詰められた小さな身体。

 そして、助けを求める、か細い声。


 俺は深く息を吸い、必要な部分だけを切り取るように、簡潔に語り始めた。


「昨日の夜……街中で、子供が誘拐される現場を目撃しました。犯人の一人は取り逃がしましたが、確かに、子供が連れ去られる瞬間を見ています」


 マリアの表情が、わずかに強張る。


「その後、衛兵にも確認しました。ですが……子供が誘拐されたという正式な報告は、どこにも上がっていないと……」


 そこで一度、言葉を切る。


「……それで、もしかしたら、と思いまして。この孤児院に関係する子供ではないかと……」


 部屋の空気が、目に見えないほど静かに張り詰めた。

 マリアはすぐには答えず、両手を胸の前で組み、深く息をついた。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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