第59話 "嬉しい"誤算
俺――グレイノースは、ミア、ブラム、アルバートと共にサンド・バッドの群れを討伐し、その素材となる死骸を回収していた。だが、想定していた数を遥かに超える討伐数だったせいで、三人の鞄はあっという間に限界を迎えた。これ以上はどう足掻いても入らない。誰の目にもそれは明らかだった。
そこで俺は、深く考えることもなく――いつも通りの感覚で《転移収納》を使い、死骸を次々と回収した。
その光景に、三人が揃って言葉を失ったのは言うまでもない。こうして素材の問題を解決した俺たちは、砂漠を後にし、カルバンへ戻るため歩みを進めていた。
帰り道。
案の定というべきか、アルバートの好奇心は止まらなかった。
「なぁなぁ!さっきの、あれだよあれ!どういう仕組みなんだ!?どこに消えたんだ!?なぁ!」
やたらと距離を詰め、矢継ぎ早に質問を投げてくる。
正直なところ、アルバートのことは信用している。
軽薄そうに見えて、根は真っ直ぐで、人を裏切るような男ではない。
――だが。
(何をきっかけに、この国にいるグラットの耳に入るか分からない)
その考えが、俺の口を重くした。
だから俺は、ほんの少しだけ胸にチクリとした罪悪感を覚えながらも、真実を伏せることにした。
「……あれは《収納》スキルだよ」
その一言に、アルバートの目が一気に輝いた。
「いやぁ〜、グレイノースってすげぇな!収納スキルがなかったら、今回の依頼、完全におじゃんだったぜ!」
肩をすくめ、苦笑混じりに続ける。
「ただでさえ報酬は少ねぇって聞いてたのによ……回収できなかったら目も当てられねぇ」
その言葉に、ミアもほっとしたように息を吐いた。
「報酬はともかく……何よりエリナが困るところだったわね」
そう言いながら、ミアはちらりとブラムに視線を向ける。揶揄うようなその視線に気づいたブラムは、分かりやすく顔を赤くし、何も言わず俯いた。 その様子を見て、アルバートは頭を掻きながら、少し残念そうに口を開く。
「それにしてもよ……思った以上に手こずったよな」
遠くの砂漠を振り返りながら、ぼそりと零す。
「あの苦労考えたら、もうちょい報酬あってもいい気がするぜ……」
ミアはそんなアルバートを労うように、軽く肩を叩いた。
「まぁね。カルバンって、他の街より出費も多いし」
そして、何気ない調子で続ける。
「どうせ報酬が欲しいならさ、あの噂の“高額依頼”……受けてみたら?」
何気なく放たれたミアの言葉に、アルバートは「あっ」と声を漏らし、何かを思い出したように足を緩めた。
「ああ……その噂なんだけどな……」
少しだけ声を落とし、周囲を気にするように視線を流す。
「俺の知り合いの冒険者が、偶然その“依頼人”に会ったらしいんだ」
その言葉に、俺は自然とアルバートへ視線を向け、耳を傾けた。
「カルバンの隣の森で依頼をこなしてた時にな。急に、全身をフードで覆った怪しい男が現れたんだとよ」
アルバートは肩をすくめる。
「声も低くて、顔は影に隠れてて……とにかく、怪しさ満点だったらしい。さすがに嫌な予感がしたみたいで、その場で依頼は断ったって話だ」
その話に、ミアは興味津々といった様子で身を乗り出す。
「それで……その依頼人って、ギルドマスターだったの?」
アルバートは少し考えるように顎に手を当て、首を横に振った。
「いや……フードのせいで顔は見えなかったらしいけどな。でも、ギルマスじゃねぇだろ」
その断言に、俺とミアは同時にアルバートへ視線を向けた。
「だってよ……」
アルバートは、指を折りながら続ける。
「ギルマスなら、わざわざ全身を隠す必要なんてねぇだろ?それに、依頼を出すなら冒険者ギルドに呼ぶはずだぜ」
――珍しく、かなり筋の通った意見だった。
俺とミアは顔を見合わせ、小さく頷く。
「確かに……」
「それはそうね……」
そんなやり取りをしていると、先を歩いていたブラムが足を止め、静かに振り返った。
「……カルバン、着いたよ」
視線を前に向けると、そこには見慣れた城門がそびえていた。門前には見覚えのない衛兵が二人立っている。
(……ハンスはいないのか)
ほんの少しだけ胸の奥に寂しさが残る。
俺たちは衛兵に通行料を支払い、城門をくぐった。街の喧騒が一気に耳へと流れ込んでくる。
そのまま迷うことなく、俺たちは冒険者ギルドへと足を向けた。
ギルドの前に立ち、俺が扉を押し開ける。
木製の扉が軋む音と共に開いた瞬間――
「……あっ!」
中にいた受付嬢、エリナ=フェレツがこちらに気づき、ぱっと表情を明るくした。
俺、ミア、ブラム、アルバート――四人揃って戻ってきた姿を見たフェレツは、思わずといった様子でカウンターから身を乗り出し、嬉しそうにこちらへ視線を向けていた。
「お、お帰りなさい!」
フェレツの弾んだ声が、冒険者ギルドの中に明るく響いた。
俺たちはそのまま、彼女の立つカウンターへと歩み寄る。
フェレツの瞳は期待と喜びで輝いており、その視線を受けて――アルバートは胸を張り、ミアは満足げに笑みを浮かべ、ブラムは照れたように少し顔を背けた。
そして、俺は静かに一歩前へ出る。
――技能《転移収納》
カウンターの前の空間が一瞬揺らぎ、次の瞬間、ずしりと重い音を立てて無数のサンド・バッドの死骸が山のように積み上がった。
砂色の羽、鋭い牙、硬質な外皮。
その圧倒的な量に、ギルド内の空気が一瞬で静まり返る。
「えええええっ!?」
フェレツは目を見開き、思わず身を乗り出した。
「こ、この量……まさか、皆様……サンド・バッドの“群れ”を……!?」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせ、首を傾げる。
「いえ、その……依頼内容では、必要な素材は数匹程度で……」
フェレツは慌てたように続ける。
「まさか、群れごと討伐されるとは思っておらず……」
その言葉を聞き、俺は内心で深く頷いた。
(なるほど……どうりで、四人でもあれほど苦戦したわけだ)
一方で、背後の三人――ミア、ブラム、アルバートは、今初めて知った事実に目を瞬かせていた。
そんな様子を見て、フェレツは慌てて両手を振る。
「い、いえ!問題ありません!むしろ助かりました!」
そして、少し声を張って続けた。
「実は、別件でサンド・バッドの"群れ"の討伐依頼が入っておりまして……臨時ではありますが、今回の依頼とは別枠で報酬をお渡しいたします!」
その瞬間――ミア、ブラム、アルバートの三人は同時に拳を握りしめ、思わずガッツポーズを取った。
「よっしゃ!」
「……助かった」
「報われたぁ……!」
その様子に、フェレツはふっと微笑み、今度は俺に視線を向ける。
「それから、グレイノース様には、以前お預かりしていた魔物素材の換金分も合わせてお渡ししますね。少々お待ちください」
そう言ってフェレツはカウンターの裏へ消え、しばらくして――ずしり、と重たい音と共に、麻袋を三つ、そしてもう一つを抱えて戻ってきた。
勢いよくカウンターの上に置かれた麻袋が、小さく跳ねる。
「こちら三つが、ミア様、ブラム様、アルバート様の分です」
三人の視線が一斉に麻袋へと吸い寄せられる。
「今回のサンド・バッドの死骸は、すべて素材として引き取らせていただきますので……その分の報酬も上乗せしております!」
三人は我慢できないといった様子で袋の口を開き、中を覗き込む。
きらり、と光る金属音。
サンド・バッドの群れ討伐という危険な仕事の報酬は、どうやら期待以上だったらしい。三人の表情には、疲労と同時に、確かな達成感と満足が浮かんでいた。
「そして――こちらが、グレイノース様の分です!」
フェレツがそう言って差し出した麻袋は、ドシリ――と、明らかに先ほどの三つとは比べものにならない重い音を立ててカウンターに置かれた。
その瞬間。
アルバートの喉が、ごくりと鳴った。視線は隠す気もなく、その麻袋に釘付けになっている。羨望と欲望が混じった、実に分かりやすい目だった。
……ああ、分かりやすい。
俺はその視線に気づくと、即座に言い放った。
「やらんからな!」
即答だった。
図星を突かれたアルバートは、まるで雷に打たれたかのように肩を跳ねさせ、
「ち、ちがっ……!?」
慌てて首を横に、ぶんぶんと激しく振る。必死に否定しているが、遅い。すでに全てが顔に出ていた。
その様子を見て、ミアは呆れたように片眉を上げ、冷ややかに言い放つ。
「軟派な上に……浅ましいとか……最悪でしょ」
容赦のない一言だった。
その瞬間、ギルド内に――くすくす、と小さな笑いが広がる。
ブラムは口元を押さえて視線を逸らし、フェレツも思わず吹き出しそうになり、慌てて咳払いで誤魔化す。
「……っ、失礼しました」
当のアルバートは、完全に言葉を失い、肩を落とした。
「……ひでぇ……」
ぼそりと漏らしたその声は、誰の同情も誘わなかった。そんなやり取りを横目に、俺は改めてカウンターの上の麻袋に視線を落とす。
ずっしりとした重みが、確かな成果を物語っていた。
(……これで、当分は大丈夫だな)
そう思った瞬間、胸の奥に、ほんの少しだけ安堵が広がった。
だが同時に――この街、この国で起きている違和感や、昨夜の出来事が、脳裏をかすめる。
平和な笑い声の裏側で、
何かが、確実に動いている。
その予感だけが、
妙に消えず、胸の奥に残っていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回は【明日19時】に更新予定です。
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