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第58話 技能《炎舞一閃》




 俺グレイノースは、サンド・バッドの群れに向かって《竜の威圧》を発動させた。

 硬直したサンド・バッドに向かってミア、ブラム、アルバートは一斉に攻撃を行う。


 そして――


 俺もまた、幻装剣を強く握り締めた。


 ――《瞬速》。


 足元の砂を爆ぜるように蹴り、俺の身体は一瞬で群れの中心へと躍り出る。

 目の前に現れたサンド・バッドを、迷いなく斬り伏せる。


 ――《雷走》。


 次の瞬間、進行方向を直角に切り替え、今度は別の個体の正面へ。

 振り下ろした剣閃が、砂色の翼を切り裂いた。


 瞬速。

 雷走。


 その二つを交互に繰り返し、刹那の間を縫うように移動しながら、次々とサンド・バッドを屠っていく。


 視界の端では――ミアの矢が空を裂き、アルバートの槍が風を生み、ブラムの剣が確実に急所を断っている。即席で組まれたはずのパーティーは、今や一つの意思の塊となっていた。


 だが、その時――


 残った数匹のサンド・バッドの羽が、ぴくりと微かに動いた。


(まずい……)


 直感が警鐘(けいしょう)を鳴らす。


("竜の威圧"が……解け始めてる)


 このまま動きを取り戻されれば、再び混戦になる。そうなれば、仲間に被害が出る可能性が高い。


 俺は足を止め、幻装剣を強く握り直した。


 魔力を込める――


 アングハルトから教わった、あの感覚。

 必要な分だけ、正確に。


 掌に意識を集中させ、ゆっくりと魔力を流し込む。


 ――《爆炎魔法》


 熱が掌を伝い、炎が剣身へと移る。

 紅く燃え上がる幻装剣が、灼熱の刃へと変わっていく。

 俺は剣を構え、深く息を吸った。


 その瞬間――


 脳裏に、自然と文字が浮かび上がる。

 導かれるように、俺は剣を振り抜いた。


「技能――《炎舞一閃(えんぶいっせん)》!!」


 放たれた斬撃と同時に、炎が舞う。

 円を描くように広がった炎が、逃げ遅れたサンド・バッドを包み込み、一体、また一体と、焼き尽くしていく。

 空中に焦げた羽根が舞い、次々と魔物たちは砂漠へと墜ちていった。


 その圧倒的な光景に、三人は一瞬、息を呑み――だが次の瞬間、瞳を輝かせ、武器を強く握り直す。


 勝てる。いや――勝つ。


 俺たちは同時に声を張り上げた。


「「「「いけぇぇぇぇ!!!」」」」


 ミアの矢が――

 アルバートの槍撃が――

 ブラムの剣閃が――

 そして、俺の炎が――


 確実に、サンド・バッドの数を削り取っていく。


 やがて――俺の視界に映ったのは、最後の一匹。


 俺はその個体へと駆け寄り、砂を蹴り、空へと跳んだ。

 剣を高く掲げ、上空から振り下ろす。


 サンド・バッドは逃げるように背を向けるが――もう、遅い。


「これで……最後だ!」


 叫びと共に振り下ろされた剣は、迷いなく、その身体を切り裂いた。サンド・バッドは真っ二つに裂かれゆっくりと力を失い、横たわる。


 砂漠に訪れたのは、熱風と、砂の音。


 そして――勝利の静寂だった。


 俺は足元の砂に、そのまま力が抜けたように腰を下ろした。熱を帯びた砂が服越しに伝わってくるが、不思議と不快ではない。


 ゆっくりと呼吸を整えていると――


「よっしゃあああ!!」


 背後から、やけに元気な歓声が響いた。

 振り返ると、アルバートが両腕を天に突き上げ、まるで勝利した子供のようにはしゃいでいる。ついさっきまで死線をくぐっていたとは思えないテンションだ。


 その勢いのまま、アルバートは――ミアに抱きつこうと飛びかかった。


「ちょっ――!」


 ミアは反射的に全力で回避。

 だが次の瞬間、状況は逆転する。


「待ちなさいッ!!」


 怒声と共に、ミアが追う側に回った。


 矢を手にしたまま砂漠を駆けるミア。

 逃げるアルバートは必死の形相で、まるで命がけだ。


「ちょ、冗談だって!!」


 ――ドンッ!!


 乾いた音と共に、ミアの渾身のドロップキックがアルバートの背中に炸裂。

 アルバートは見事に吹き飛び、顔面から砂場にダイブした。砂を滑るように転がり、最後は情けない声を上げて動かなくなる。


 その光景を見て――俺は、思わず笑っていた。


 あれほどの激戦の直後だというのに。

 まるで、今まで起きてきたすべてが嘘だったかのような光景。


「……平和だな」


 ぽつりと漏れた言葉は、乾いた風に溶けていった。


 だが、その穏やかな気持ちの奥で――確かに、別の感情が芽生えていた。


(……もっと、強くならないと)


 仲間を守れる力。

 状況を一人で覆せる力。


 その決意を胸に、俺は戦いの疲れを流すように、ゆっくりと青空を見上げた。


 ――その時。


「グレイノース!助けてくれぇぇぇ!!」


 余韻をぶち壊すような叫び声。


 視線を戻すと、アルバートが必死の形相でこちらへ駆け寄ってくる。

 その背後から、殺気を隠そうともしていないミアが追いかけてきていた。

 アルバートは俺の背後に回り込み、盾にするようにしがみつく。


「頼む!今だけでいいから匿ってくれ!」


 そして、俺の前に立ったミアは――とんでもない剣幕だった。


「グレイノースよ……」


 低く、地を這うような声。


「そのクソ野郎を……大人しく引き渡しなさい」


 ミアの目は見開かれ、怒りが一切隠れていない。

 矢を手に構え、その視線は完全にアルバートを貫いていた。

 俺は思わず背後を見る。アルバートは、完全に縮こまり、震えながら小さくなっていた。


「そ、その……」


 ミアは一歩前に出て、淡々と、しかし確実に告げる。


「その男はね……私に抱きつくと同時に――尻を揉んだのよ」


 ……あ。


 俺は無意識に、生唾を飲み込んでいた。


(この気配……《竜の威圧》よりヤバくないか……?)


 ミアはさらに目を見開き、矢を引き絞る。


「……揉んだんだ!!」


 ミアが、わざわざ二度目を強調する。


(……なんで二回言ったんだ……)


 そう思った瞬間だった。ミアの手元で、弓と矢がきらりと光るのを見た途端――アルバートは、まるで命の危機を本能で察したかのように、俺の背中から飛び出した。


 そして――


「ご、ごめんなさいぃぃぃ!!」


 勢いよく砂に膝をつき、額を地面に擦り付ける。


「軽率でした!!一瞬の魔が差しました!!どうか!どうかお許しを!!」


 見事な土下座だった。

 冒険者というより、謝罪のプロだ。


 ミアはその姿を無言で見下ろし――そして、容赦なく矢を振り下ろす。


 ――ドンッ!!


 鋭い音と共に、矢はアルバートの頭の真横の砂地に突き刺さった。


 砂が跳ね、矢羽が震える。


 アルバートは、喉を鳴らして息を呑んだ。

 顔色は真っ青だ。


 だが、ミアはそれ以上何も言わなかった。


 満足したようにふいっと背を向けると、そのままサンド・バッドの死骸が積み上がった方へと歩いていく。

 その先では、すでにブラムが無言で屈み込み、淡々と素材の回収を始めていた。


「……もう、すんなよ」


 背中越しに、ミアが低く言い放つ。


「それと、素材回収……さっさと手伝え」


「は、はいっ!!」


 アルバートは、まるで赦免された罪人のように勢いよく立ち上がり、ミアの後を追って駆け出した。

 ブラム、ミア、アルバートの三人は、腰を屈めながら無言でサンド・バッドの死骸をかき集めていく。

 その光景を少し離れた場所から見ていた俺も、ゆっくりと立ち上がり、砂場に転がる死骸を拾い集めながら三人の元へ向かう。先ほどまでの騒ぎが嘘のように、空気は落ち着いていた。


 しばらくして――アルバートが、困ったように声を上げた。


「……しまった」


 肩に担いだ袋を覗き込みながら、眉を寄せる。


「サンド・バッドの数が多すぎる……もう、これ以上カバンに入らねぇ」


 それを聞いたミアも、同じようにため息を吐く。


「私も……限界」


 そして、ブラムも短く一言。


「……僕はもだ」


 三人は顔を見合わせ、どうするかと考え込むように肩を落とした。


 俺は、そんな三人の前へ静かに歩み出る。


 視界に映るのは、砂の上に散乱する無数のサンド・バッドの死骸。


 俺は何も言わず、ただ――その一つに、そっと手を翳した。


 ――技能《転移収納》


 次の瞬間、死骸がふっと消える。


「「「……え?」」」


 三人の声が、綺麗に重なった。


 だが、俺は気にせず、黙々と歩く。


 一つ、また一つ。

 触れるたびに、死骸は空間から消えていく。


 消して、消して、ひたすら消して。


 気づけば――さっきまで死骸で埋め尽くされていた砂地は、まるで最初から何もなかったかのように、綺麗な砂漠へと戻っていた。

 静寂の中、三人は呆然と立ち尽くし、ただ俺の背中を見つめていた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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