第54話 受付嬢の依頼
俺――グレイノースは、エリナ=フェレツに会うため、カルバンの冒険者ギルドを再び訪れていた。
重厚な扉を押し開けた瞬間、ざわめくギルド内の空気の向こうに、見覚えのある姿が視界に飛び込んでくる。
――フェレツだ。
扉を開けた俺と視線が合った、その刹那。
彼女の表情は、まるで夜明けを迎えたかのように一変した。
目を大きく見開き、次の瞬間には――
「グレイノースさん!!!待ってましたよ!!」
信じられないことに、フェレツはカウンターの内側から身を乗り出し、勢いそのままに飛び越えてくると、一直線に俺の元へと駆け寄ってきた。
そして。
ぎゅっ、と。
両手で、俺の手を強く握りしめる。
「え、え……?」
あまりの突然さに、俺は完全に思考が追いつかない。周囲の冒険者たちの視線が、一斉にこちらへ集まってくるのを肌で感じた。
だが、そんなことはお構いなしに、フェレツは潤んだ瞳で俺を見上げ、切迫した声を震わせる。
「グレイノース様のお力を……どうしても、お借りしたくて……」
その表情は、先ほどまでの元気な受付嬢とは別人のようだった。切羽詰まった必死さが、はっきりと滲み出ている。
俺は思わず眉をひそめる。
「……どういうこと?」
問いかけに応えるように、フェレツは一度深く息を吸い、重たい口を開いた。
「実は……この国の宰相様から、“国王の命令”として、魔物の素材入手の依頼が下りたんです」
その言葉に、空気が一段、重くなる。
「討伐対象は、Cランク相当の魔物……しかも、かなりの数を討伐しなければなりません」
フェレツの声は、淡々としていながらも、どこか焦りを含んでいた。
「ですが……国の方針で、不要な争いを避けるため、現在は他国からのパーティー冒険者の流入を厳しく制限していまして……」
つまり。
「この街にいるのは、ほとんどが単独行動の冒険者ばかりなんです」
そこでフェレツは、悔しそうに唇を噛みしめる。
「こちらで臨時に四名の冒険者を選出したのですが……そのうち一名と、連絡が取れなくなってしまって……」
そして――
俺を、まっすぐに見つめる。
「だから……グレイノース様に、そのパーティーへ加わっていただきたいのです!」
ぎゅっ。
握られた手に、さらに力がこもる。
その強さが、フェレツの必死さを、何よりも雄弁に物語っていた。
彼女は、そのまま深く頭を下げる。
「どうか……どうか、お願いします……!」
(国からの命令、か……)
胸の奥で、重く響く言葉。
(それを断るなんて……ギルドとしては、できるはずがないよな……)
フェレツの必死な姿を前に、俺の胸はきゅっと締めつけられた。
そして――
観念したように、大きく息を吐く。
「……分かった」
顔を上げ、はっきりと告げる。
「その依頼、受けます。受けますから……!」
その瞬間。
フェレツは勢いよく顔を上げ、ぱっと花が咲いたような満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!!グレイノース様!!」
ギルド内に、安堵と期待が入り混じった空気が、静かに広がっていった。
「は、はい……!」
思わずそう口にした俺だったが、気づけば――フェレツは、まだ俺の手をしっかりと握ったままだった。
そのまま、妙な沈黙が二人の間に流れる。
(……あれ?)
周囲の視線が、じわじわと痛い。
「あの……そろそろ、手、離してもらえないかな……?」
遠慮がちにそう言うと、フェレツはようやく我に返ったようだった。
自分の手が、俺の手を握っていることに気づいた瞬間――ゆっくりと視線を落とし、そして。
「――っ!?」
ぱっと、勢いよく手を離す。
「し、失礼しました!!」
慌てふためくように声を上げ、頬を赤く染めながら一歩下がるフェレツ。
そして、誤魔化すように軽く咳払いをひとつ。
「コホン……!」
気持ちを切り替えるように背筋を伸ばし、いつもの“受付嬢”の表情に戻る。
「で、では!手続きに移りますので、カウンターの方までお越しください!」
そう言って、広げた掌でカウンターの方を示す。
(……あれ?)
その仕草を見た瞬間、俺の中に既視感が走った。
(なんかこの光景……アルセリオンの冒険者ギルドでも、見た気がする……)
懐かしい記憶が胸をかすめる。
そんな感慨に浸りながら、俺はフェレツの後を追ってカウンターへと向かった。
カウンターの内側へ戻ったフェレツは、手慣れた様子で書類の束とペンを取り出し、カウンターの上へと並べる。
「今回は国からの依頼、そして臨時パーティー編成という扱いになりますので……こちらの契約書に一筆、お願いします」
そう言いながら、書類を俺の方へと差し出す。
「以前、国からの依頼で、高額な素材を黙って横領した冒険者がいまして……」
そのことを思い出したのか、フェレツは呆れたように肩を落とす。
「それ以降、国からの依頼に関しては、必ず契約書を書いていただく決まりになったんです」
「……なるほど」
俺は頷き、ペンを手に取った。
書類に目を通しながら、名前を書き込んでいく。
インクが紙に染みていく音が、やけに大きく聞こえた。
そして、サインを終えながら、ふと思い浮かんだ疑問を口にする。
「なぁ……ここに来る冒険者って、よくいなくなるのか?」
ふと気になって、俺はフェレツにそう問いかけた。
「宿屋の店主も、そんなこと言ってたけど……」
その言葉を聞いたフェレツは、一瞬だけ視線を伏せ、少し悲しそうに微笑んでから口を開いた。
「……グレイノース様も、もうお気づきかもしれませんが」
静かに前置きして、言葉を選ぶように続ける。
「この国は、全体的に物価が高いんです。特に他国から来た冒険者にとっては……正直、かなり住みづらい場所ですね」
淡々とした語り口だが、その奥には現実を受け止めきった諦観が滲んでいた。
「それでも、この街に冒険者が集まる理由は大きく二つあります」
フェレツは指を二本立てる。
「一つは、“名工”と呼ばれる鍛冶師――アングハルト様がいらっしゃること」
そして、フェレツは中指を折り曲げ、人差し指だけが残る。
「そしてもう一つが……最近よく耳にする、ギルドマスターから直接、高額報酬の依頼がもらえる、という噂です」
フェレツは小さく首を横に振った。
「ですが……その噂は、事実ではありません。
だから、その噂を信じて来た方たちは、嘘だと分かるとすぐに街を去ってしまうんです」
フェレツは少し困ったように肩をすくめる。
「今、この街に残っている冒険者の多くは……アングハルト様に装備を作ってもらうことを目的にしている方々だと思いますよ」
その話を聞きながら、俺は改めて、アングハルトという存在の大きさを実感していた。
(この街の冒険者事情そのものが、あのおっさんを中心に回ってるんだな……)
俺はペンを走らせ、最後のサインを書き終えると、契約書をカウンターの上で滑らせるようにフェレツの前へ差し出した。
フェレツはそれを受け取り、内容を確認しながら、流れるように言葉を続ける。
「ただ……アングハルト様ご本人は、現在、国からの依頼に追われているようでして」
視線を紙面から外さずに続ける。
「他国からこの街に来て、まだ誰一人として、装備を作ってもらえた方はいないみたいなんです」
「え……」
「それに……」
フェレツは一瞬だけ言い淀み、声を落とす。
「アングハルト様は、装備を作る相手をかなり厳しく選別している、という噂もあります」
(選別、か……)
その言葉に、俺の脳裏に一人の顔が浮かんだ。
(……ってことは、槍を直す約束をしてたハンスは……)
アングハルトに認められている、ということになる。
(あいつが……?)
一瞬、意外に思ったが、すぐに納得もした。
確かに責任感は人一倍感じる。
(人は、見かけによらないってことか……)
不思議と、ハンスのあの笑顔が頭に浮かび、口元がわずかに緩んだ。
――その時の俺は、まだ気づいていなかった。
アングハルトが俺に“真纏剣”を託したこともまた、
俺を"選んだ"という、何よりの証だったのだということに。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回は【明日19時】に更新予定です。
引き続き
モデリスク王国編を進めていきます!
ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。
また次回もよろしくお願いします!




