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第53話 アングハルトの疑念




 ーー昨日の夜


 鍛冶師アングハルトは、自身の工房の奥で、額に汗を滲ませながら鋼を打ち続けていた。

 赤熱した鉄に金槌を振り下ろすたび、

 

 カン、カン――

 

 鈍く、重たい音が夜の工房に反響する。


「まったく……宰相のやつ……」


 吐き捨てるように呟き、アングハルトはさらに力を込めて金槌を振り下ろした。


「無理難題を俺に押し付けやがって……まだ剣の納品だって終わっとらんというのに……」


 火花が散り、鋼が呻くように鳴る。

 怒りがそのまま腕を通じて金槌に乗っているかのようだった。


「武器と防具が専門だと言っておるだろうが……魔導具など、本職の仕事じゃないというのに……」


 苛立ちに、手がわずかに震える。

 アングハルトは一度、金槌を作業台に置き、大きく息を吐いた。


「……王は……この状況を、どう思っておるのかの……」


 誰に向けるでもない独り言。

 天井を見上げるその瞳には、かつての友を思う色が滲んでいた。


 ――その時。


 ドンドン!


 静まり返った夜を切り裂くように、工房の扉が叩かれる。


「……こんな時間に……?」


 アングハルトは眉をひそめる。


 ドンドン!ドンドン!


 ためらいのない、急かすような叩き方。


「やれやれ……」


 重たい腰を上げ、作業部屋の椅子から立ち上がる。

 火を落とし、作業用の手袋を外しながら、入口へと歩み寄った。


 鍵に手を掛け、勢いよく扉を開ける。


「誰だ!!何時だと思って――」


 怒鳴りかけたその声は、途中で止まった。


 扉の向こうに立っていたのは、見慣れた男。


「……ん?」


 ランプの光に照らされた顔を見て、アングハルトは目を丸くする。


「なんじゃ……マルクか。こんな時間に、どうした?」


 ――マルク。

 

 この街でも数少ない鍛冶師の一人であり、アングハルトの古くからの知己。

 

 その顔は、いつもの軽口を叩く飄々としたものではなく、明らかに強張り、血の気を失ったように青ざめていた。

 

 アングハルトが言葉を発するより早く、マルクは一度、背後を気にするように周囲へ視線を走らせる。夜の路地に人影がないことを確認すると、声を極限まで落とした。


「……アングハルト……」


 喉を鳴らし、言葉を選ぶように一拍置く。


「少し……いや、かなり大切な話がある。誰に聞かれてるか分からねぇ……ここじゃ危険だ」


 そして、真っ直ぐにアングハルトを見る。


「……中に、入れてくれないか?」


 その言葉と、隠しきれない切迫した表情を見た瞬間、アングハルトは一切の躊躇もなく口を開いた。


 ――何かあった。


 それも、ただ事ではない。


「……分かった」


 短くそう答えると、アングハルトは身を引き、マルクを工房の中へ招き入れる。


 マルクが中へ足を踏み入れたのを確認し、アングハルトは念入りに外を見渡した。


 物音、気配、人影――どれもない。


 そして、ゆっくりと扉を閉める。


 カチャリ


 鍵がかかる音が、夜の工房に静かに響いた。


 その音を合図にするかのように、空気が一段、重く沈む。


 アングハルトは腕を組み、低く、落ち着いた声で問いかけた。


「……血相を変えてどうした、マルク」


 マルクは答えず、まず深く息を吸い込む。

 震えを抑えるように、ゆっくりと吐き出した後、懐に手を入れた。

 取り出したのは、数枚に折り畳まれた紙。

 それを机の上に広げながら、マルクは言った。


「……これを、見てくれ」


 アングハルトは無言で机に歩み寄り、広げられた紙へと視線を落とす。


 細かな線。

 複雑に絡み合う文様。

 そして、魔力の流れを示すと思しき回路。


「……これは……」


 一目見ただけで、アングハルトの表情が引き締まる。


「魔導具の……設計図か?」


 マルクは、小さく頷いた。


「……ああ」


 だが、その返事には、どこか重たい含みがあった。アングハルトは設計図から目を離さず、眉をひそめる。


「……それで?これがどうしたというんじゃ。魔導具の設計図など、今さら珍しくもない」


 その言葉に、マルクは苦しそうに口角を歪めた。


「アングハルトさん……」


 低く、押し殺した声。


「あんた、昔……魔導具にも少しは関わってたよな?」


 アングハルトは顎に手を当て、無言で続きを促す。


「……これを見て、何か……“おかしい”と思わねぇか?」


 その一言で、アングハルトの視線が変わった。


 ただ見るだけだった設計図を、今度は“読む”ように、一線一線、魔力の流れを追うように目でなぞる。


 回路の配置。

 魔力の収束点。

 そして――用途を示す符号。


「…………」


 数秒。

 だが、アングハルトにとっては長い沈黙。


「……ん?」


 小さく、喉が鳴った。


 アングハルトの眉間に、深い皺が刻まれる。


 ――気づいた。


 ただの魔導具ではない。


「……マルク」


 声が、僅かに低くなる。


「……この設計図、どこで手に入れた?」


 その問いに、マルクは唇を噛みしめ、

 重く、重く口を開いた。


「こ、これは……」


 設計図を見つめていたアングハルトの声が、僅かに震えた。

 次の瞬間、はじかれたように顔を上げ、マルクへ鋭い視線を向ける。


「マルク……お主、これをどこで手に入れた!!」


 怒声に近い声だった。

 それだけ、この設計図が“触れてはならないもの”であると、アングハルトが瞬時に理解した証だった。

 マルクは腕を組み、深刻そうな表情のまま、低く静かな声で答える。


「……知り合いの魔道技師から預かったんだ」


 一拍、言葉を選ぶように間を置き、続けた。


「国からの命令で、魔導具の製作を依頼された時に渡された設計図だそうだ……」


 その言葉を聞いた瞬間、アングハルトの胸の奥で、嫌な予感が確信へと変わった。

 アングハルトは設計図を両手で持ち上げ、顔を近づけ、再度、細部まで確かめるように視線を走らせる。


 魔力回路の配置。

 拘束を前提とした構造。

 装着者の意思を“遮断”するための設計。


「……似ている」


 低く、呟くような声。


「この設計図……禁止魔導具、“隷属の首輪”に酷似しておる……」


 その言葉に、マルクは否定も肯定もせず、ただ静かに頷いた。


 アングハルトの手に、ぐっと力が入る。

 紙が僅かに軋む音を立てた。


「……だが、なぜだ……」


 抑えきれぬ困惑と怒りが滲む。


「なぜ、こんなものを……国は一体、何に使うつもりじゃ……」


 マルクは、ゆっくりと首を横に振った。


「……分からねぇ」


 そして、重く続ける。


「だがな……これと似た設計図が、他の鍛冶師や魔道技師、付与魔術師にまで依頼として届いているらしい」


 アングハルトの眉が跳ねる。


「……アングハルト。お前にも、何か国からの依頼が来ているんじゃないか?」


 その問いに、アングハルトは即答できなかった。


 ――心当たりが、ありすぎた。


 剣の大量納品。

 専門外の魔導具制作依頼。

 不自然なほど急かされる納期。


 その沈黙が答えだったのだろう。

 マルクは、確信したように言葉を続ける。


「この魔導具は、表向きは“普通の魔導具”だ」


 だが、と声を低める。


「細部まで理解できる者が見れば……一目で分かる。だからこそ、俺やお前には“別の物”だけを作らせているんだろう」


 核心を突く言葉だった。


 アングハルトの肩が、僅かに震えた。

 怒りか、恐怖か、それとも両方か。


「……馬鹿な……」


 絞り出すような声。


「この国の王は……エルディオンは……こういった類のものを、最も嫌っていたはずじゃ……」


 その名を口にした瞬間、アングハルトの脳裏には、かつての王の姿が浮かぶ。


 民を縛る道具を、誰よりも憎んでいた王。


 マルクは、強く頷いた。


「ああ……間違いねぇ。この国の王様は、絶対にそんなことはしねぇ」


 工房に、重苦しい沈黙が落ちる。

 アングハルトは腕を組み、深く考え込んだ。

 頭の中で、点と点が不気味に繋がっていく。


「……もしかすると」


 低く、慎重に。


「王の知らぬところで……宰相の野郎が、何かを企んでいるのではないか……」


 その言葉に、マルクは呆れたように、しかし納得したように溜息を吐いた。


「ああ……俺も、そう思ってよ……」


 アングハルトの胸の奥で、言いようのない騒めきが渦を巻く。

 鍛冶師としての勘が、“これは見過ごしてはならない”と警鐘を鳴らしていた。


「……気になることが多すぎる」


 アングハルトは、設計図を静かに机へ戻す。


「少し……調べた方が良さそうじゃな……」


 その言葉に、マルクは不安げに首を傾げた。


「調べるって……誰にだ?宰相が絡んでるなら、この街の衛兵だって信用できるか分からねぇぞ……」


 アングハルトは、胸の奥に溜まった重苦しい空気を吐き出すように、ゆっくりと息を吸った。


 そして――静かに、しかし一切の迷いを感じさせない声で言い切った。


「ああ……一人だけ……信用できる奴に、心当たりがある」


 その言葉には、長年鍛冶師として生き抜いてきた者だけが持つ、揺るぎない確信が宿っていた。


 アングハルトは、マルクへと向き直る。

 普段の豪放磊落(ごうほうらいらく)な態度は影を潜め、そこにあったのは、鋼のように研ぎ澄まされた眼差しだった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


引き続き

モデリスク王国編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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