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第51話 消えた誘拐犯




 俺、グレイノースは――路地裏で、男二人が子供を誘拐する現場を目撃した。


 一人はその場で倒した。


 だが、もう一人――子供を担いで逃げた男を追う途中で、事態は思わぬ方向へ転がった。

 夜の路地裏を全力で駆け抜けていた俺は、巡回中だったらしい衛兵の集団と、真正面から鉢合わせたのだ。


 そして、その中にいたのが――


 昼間、城門で顔を合わせた衛兵。

 門番をしていた男。


 ハンスだった。


 ハンスは俺の姿を認めるなり、目を丸くして声を上げた。


「こんな所で、何してるんだ?」


 その問いかけに、俺は一瞬、言葉を失いかけた。


 説明しなければならない。

 

 だが――


(それどころじゃない……!)


 俺は即座に意識を切り替え、周囲へと集中する。


 ――スキル《空間探知》。


 魔力を薄く鋭く広げ、逃げた男の気配を探る。


 だが。


「おい!兄ちゃん?」


 ハンスの声が、集中を妨げる。


(今は……!)


 意識をさらに研ぎ澄ます。


 だが――


「おい!兄ちゃん、聞いてっか?」


 魔力の網に、反応はない。


 夜の闇に、逃走者の気配は、もう――


(……消えた)


 逃げられた。


 その事実が、遅れて胸に突き刺さる。


「……クソッ!!」


 俺は思わず、拳を強く握り締め、吐き捨てるように叫んでいた。


 突然の怒声に、ハンスはぎょっとして一歩後ずさる。


「うわっ!?急にどうした!?」


 その声で、俺はようやく我に返った。


 荒くなっていた呼吸を整え、

 悔しさを胸の奥へ押し込める。


「……ついさっき……」


 俺は、短く息を吐いてから、路地裏で何が起きたのか、その一部始終をハンスに話した。

 

 子供が連れ去られそうになっていたこと。

 一人は倒したが、もう一人が逃げたこと。

 そして、その男を追ってここまで来たこと。


 ハンスは腕を組み、最初は何度も深く頷きながら話を聞いていた。

 だが、話が進むにつれて、その表情は少しずつ変わっていく。


 眉を寄せ、

 首を傾げる。


「……子供の誘拐ねぇ……」


 疑念と困惑が混じった声だった。


 ハンスはしばらく考えるように視線を夜空へ向け、短い沈黙の後、おもむろに口を開く。


「実はな……詰所(つめしょ)に報告に来た男がいてよ」


 その言葉に、俺は思わず身を乗り出した。


「え?詰所に誘拐の報告が!?」


 だが、ハンスは慌てて手を横に振る。


「落ち着け落ち着け!別件だ」


 そう前置きして、続ける。


「路地裏を猛スピードで走る男がいて、危険だって報告だよ……」


 その言葉を聞いた瞬間、

 俺は腕を組み、深く考え込んだ。


 ――猛スピードで走る男。


(そんなことが起こっていたのか……)


 俺は、ハンスの言葉を噛み締めるように、胸の内で反芻していた。


(同じ時間帯に、別の事件……?それってつまり、この誘拐と何か関係が――)


 そこまで考えて、ふと、ある疑問が頭をもたげる。


(それにしても……猛スピードで走っていた男って……何者だ?)


 考えを巡らせた、その瞬間だった。


 ハンスの視線が、じっと――逃がさぬように、俺を捉えていることに気づく。


(……ん?)


 その視線の意味に気づいたとき、

 嫌な予感が、背筋を這い上がった。


(まさか……)


 俺の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。

 ハンスは、どこか諦めたような、それでいて妙に納得した顔で口を開いた。


「様子から察するにだ……その猛スピードで駆け抜けてた男ってのは、お前さんだな……」


 ――ぐさり。


 その一言は、想像以上に重く、俺の胸に突き刺さった。


 全身に、びくりと衝撃が走る。


 言い返す言葉も見つからず、俺は思わず視線を地面へ落とし、肩をすとんと落とした。


 まるで――「自分です」と、無言で認めているかのように。


(無我夢中で走っていたとはいえ……衛兵に“報告されるほど”だったのか……)


 胸の奥に、じわりとした後悔が広がる。


 俺は恐る恐る顔を上げ、できるだけ平静を装って、ハンスに問いかけた。


「も、もしかして……俺、連行されたり……とか……?」


 声が、わずかに震えた。

 ハンスは大きく息を吐き、腰に手を当てて肩をすくめる。


「安心しろ。今回は被害もなさそうだし、初犯だ。厳重注意ってところだな」


 その言葉を聞いた瞬間――胸の奥に張り詰めていた何かが、ふっと緩んだ。


 安堵が、一気に全身へと広がる。


「……はぁ……」


 思わず、息が漏れる。


 だが、安堵も束の間。ハンスは、すぐに表情を引き締め、言葉を続けた。


「だがな……気がかりなのは、兄ちゃんが言ってた黒いローブを纏った男だ」


 そう言って、ハンスはゆっくりと振り返る。


 視線の先にあるのは――街灯も届かず、闇に溶け込む裏路地。


「俺たちも報告を受けて、すぐここに駆けつけた。だが……そんな男、すれ違いすらしなかったぜ」


(……確かに)


 ハンスの言葉に、俺は唇を噛み締める。


(言われてみれば、そうだ……でも……)


 あの男は、間違いなくこの裏路地を通り抜けた。

 俺は、確かに《空間探知》で追っていた。


 見失ったわけじゃない。

 追っていた“はず”なのに――


 俯き、考え込む俺に、ハンスは少し声のトーンを落として問いかけてきた。


「……その男の顔、兄ちゃんは見たのか?」


 俺は、ゆっくりと首を横に振る。


「……いいや。フードで、顔は見えなかった」


「……そうか」


 ハンスもまた腕を組み、考え込む。


 その表情には――俺の話を信じたい気持ちと、しかし、確証がない以上、疑念を捨てきれない葛藤が浮かんでいた。

 ハンスの背後で待機していた数名の衛兵たちは、夜番の疲れが滲む眠たげな表情を浮かべていた。その奥に、わずかな苛立ちと――「早く終わらせたい」という空気が混じっているのが、嫌でも伝わってくる。


 だが、その瞬間。


 俺の頭の中で、はっきりとした記憶が弾けた。


「……そうだ!」


 思わず、声が漏れる。


「俺、誘拐犯の一人を……気絶させたんだ!」


 その一言で、空気が一変した。


 ハンスの顔つきが、目に見えて引き締まる。

 眠そうだった後方の衛兵たちも、はっとしたように目を見開いた。


「……なに?」


 一瞬の沈黙の後、ハンスは慌てたように声を張り上げる。


「それを、早く言え!今すぐ案内してくれ!」


 俺は頷き、言われるがままに踵を返した。


 暗い路地へと足を踏み入れる。

 背後から、鎧の擦れる音と複数の足音が重なり、張り詰めた緊張が夜気に混ざる。


 誰一人、無駄口を叩かない。

 ただ、早足で――確実に、現場へと向かっていた。


 そして。


 俺たちは、あの場所に辿り着いた。


 男を蹴り飛ばし、壁に叩きつけ、確かに――意識を失わせたはずの、あの路地裏。


 だが。


「……え……?」


 思わず、声が喉から零れ落ちた。


「……うそ、だろ……」


 俺の視線の先には――“何も”なかった。

 倒れているはずの男の姿は、影も形もない。

 血痕も、争った痕跡も、引きずった跡すら残っていない。


 まるで――最初から、何も起きていなかったかのように。

 

 隣に立つハンスも、焦りを隠せない様子で声を落とした。


「兄ちゃん……これは、一体……?」


 衛兵たちが周囲を見渡し、壁や地面を確かめる。

 だが、誰一人として“何か”を見つけることはできなかった。


 夜の路地裏に残されたのは、説明のつかない静寂と――背筋を冷たく撫でる、言いようのない違和感だけだった。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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