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第50話 路地裏の追跡。




 俺、グレイノース=リオンハーツは、宿屋の一室で魔力を全身に巡らせ、気を張るように集中していた。だが、次から次へと雑念が脳裏をよぎる。俺は思わず髪を掻きむしるようにして頭を抱えた。


 その時だった。


 ――助けて


 夜風に(まぎ)れるように、外から――か細く、今にも消えてしまいそうな声が聞こえた気がした。


 一瞬、心臓が跳ねる。


 ……気のせいか?いや――違う。


 胸の奥が、嫌な感覚でざわついている。


(……確かに、聞こえた)


 俺は静かに息を整え、魔力をスキルへと送り込む。


 ――スキル《空間探知》。


 感覚が、外へと解き放たれる。

 宿屋を中心に、魔力が薄い膜のように広がっていく。壁を越え、通りを越え、夜の街へと溶け込むように。


 そして――


 俺は、複数の気配を捉えた。


(……大人の気配が、二つ?)


 荒く、落ち着きがなく、どこか刺々しい感触。

 互いに苛立ちをぶつけ合うような、歪んだ空気。


(……言い争ってる?)


 さらに意識を集中させる。

 すると、その二つの気配の間に――


(……もう一つ、ある)


 小さく、弱々しい気配。


(……子供だ)


 二人の男の気配に囲まれて、最初は完全に埋もれていた。


 だが、間違いない。


 その瞬間――

 不意に、あの日の光景が脳裏に重なった。


 ――メルナ。


 震えながら、それでも必死に助けを呼ぶ、あの小さな姿。


 考えるより先に、体が動いていた。


 俺は勢いよく立ち上がり、部屋の窓を一気に開け放つ。

 夜風が、冷たく頬を打つ。

 窓枠に足をかけ、力を込める。


 ここは二階だが……

 

(……行ける!)


 ――スキル《縮地》


 空間が歪み、隣の建物との距離が一瞬で縮まる。 体が弾けるように前へと飛び出した。


 ――スキル《瞬速》


 脚に力が宿り、屋根から屋根へ。

 夜空を切り裂くように、俺は跳ぶ。

 空間探知を頼りに位置を把握し、音を極限まで殺しながら移動する。


 そして――


 俺は、静かに、音一つ立てずに民家の屋根へと着地した。身を低くし、屋根の縁から下を覗き込む。

 そこは、街灯の光すら届かない、暗い路地裏。


 黒いローブを羽織った男が――二人。


 その足元で、必死にもがく小さな影。

 男たちは、乱暴に袋を広げ、その小さな子供を、無理やり中へ詰め込もうとしていた。


 ――胸の奥が、冷たくなる。


 路地裏の闇の中で、低く、抑えた声が響いた。


「暴れんな」


 それは、感情を削ぎ落としたような冷たい声音だった。

 続けて、もう一人の男が苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てる。


「クズクズすんな!さっさと行くぞ!」


 次の瞬間。


 男は、袋の中でもがく子供を力任せに押さえつけ、逃げ場を塞ぐように袋の口元を紐で固く縛り上げた。

 小さな抵抗が、布越しに伝わってくる。


 そして、まるで荷物でも扱うかのように、袋を肩に担ぎ上げる。


 ――ぞっとする光景だった。


 男たちは、そのまま暗がりの路地を駆け抜けようと、足を踏み出す。


(まずい!)


 俺は一瞬の躊躇もなく、屋根から飛び降りた。

 夜の空気を切り裂きながら飛び降り二人の男の前に、爪先から地面に静かに着地する。男の一人が背負う袋は、なおも中で必死に動き、ゴソゴソと抵抗の音を立てていた。

 男たちは、突然現れた俺の姿に、はっきりと動きを止める。俺は、二人を真っ直ぐに見据え、低く声をかけた。


「……その子を、どうするつもりだ?」


 空気が、ぴんと張り詰める。


 一瞬の沈黙の後――片方の男が、子供を担ぐ男に向かって、顎で合図を送った。


 ――行け。


 そう無言で命じる仕草。


 子供を担いだ男は、短く頷くと、助走もなしに地を蹴った。そして、信じられない身軽さで俺の上空を跳び越え、そのまま、俺の背後へと着地し、路地の奥へ駆け出していく。


「――っ!」


 俺は咄嗟に振り返り、追おうと足を踏み出しかけた。


 だが、その瞬間。


 目の前に残った男が、懐から短剣を抜き放ち、一直線に突っ込んできた。


 狙いは――頭。


 一切の躊躇もない、殺意を込めた一撃。


 俺は反射的に身を捻り、迫り来る刃を紙一重でかわす。

 風を切る短剣が、頬のすぐ横を掠めた。

 同時に、腰へと手を伸ばす。


 ――幻装剣。


 だが。


(……しまった)


 指先が、虚空を掴む。


(宿屋に……忘れた……)


 だが、俺は男との距離を取るために踏み込んだ。 腰を捻り、力を一点に集め――男の胴体へ、迷いなく蹴りを叩き込む。


 ドンッ!


 鈍い衝撃音と共に、男の体がわずかに後方へ弾かれた。


 ――だが。


 男は怯まなかった。


 歯を剥き出しにするような表情で、すぐさま体勢を立て直し、短剣の切っ先を俺へと突きつける。


 今度の狙いは明確だった。


 ――心臓。


 縦向きに構えられた短剣が、一直線に俺へと迫る。


(速い……!)


 だが、俺は逃げなかった。


 刃の“側面”――短剣の平の部分を正確に捉え、横から蹴り抜く。


 ガンッ!!


 乾いた金属音が夜の路地裏に響いた。

 次の瞬間、短剣は耐えきれず、折れ曲がるように砕け散る。刃の破片が宙を舞い、地面へと転がった。


 信じられない光景に、男は目を見開き、言葉を失う。


 ――その一瞬。


 俺は、振り切った足の遠心力を殺さない。

 体を捻り、その勢いをそのまま回転へと変換する。


 空中で半回転しながら――もう一撃。


 今度は、男の側頭部へ。


 鈍く、しかし確実な衝撃。


 ゴッ!!


 男の体は宙を舞い、そのまま壁へと叩きつけられるようにして崩れ落ちた。力なく地面に転がり、そのまま、意識を失う。


 路地裏に、再び静寂が戻った。


 だが――


 俺の中に、安堵は一切なかった。


 (もう一人の男を……)


 俺は、砕け散った短剣の破片を一瞥し、夜の闇の奥へと視線を走らせた。


 (追わなければ……)


 俺に、立ち止まっている余裕などなかった。

 意識を切り替え、即座に魔力を巡らせる。


 ――スキル《空間探知》。


 夜の闇に溶け込むように魔力を広げ、逃走する男の気配を捉える。


(……まだ、追える!)


 確信と同時に、足へと魔力を集中させる。


 ――スキル《瞬速》。


 地面を蹴り、俺の身体は夜の路地裏を矢のように駆け抜けた。

 一直線に突き進み、角を鋭く切る。


 さらに跳躍。


 屋根へと飛び上がり、上空から距離を測る。


 ――《空間探知》。


 広がった感覚の中で、逃げる男の位置が鮮明になる。


 家と家の屋根を踏み越え、闇を裂くように疾走。

 そして再び、屋根から路地裏へと飛び降りる。

 着地と同時に、前方へ全力疾走。


(――あそこを曲がれば、追いつける!)


 勝機を確信し、勢いそのままに路地裏の角へ踏み込んだ、その瞬間。


 ドンッ!!

 ガシャンッ!!


 硬い衝撃が全身を貫き、金属がぶつかり合う音が夜に響いた。


 俺の身体は弾き飛ばされ、視界が回転する。

 背中から地面へ叩きつけられた。


「いっっってぇ!!」


 同時に響いたのは、俺ではない――男の悲鳴。


 痛みを堪えながら上体を起こし、視線を向ける。


 そこに倒れ込んでいたのは――銀色の鎧を身に纏った兵士だった。


 直後、数人の兵士が慌てた様子で駆け寄る。


「おい!大丈夫か!?」


 騒然とする路地裏。


 俺は何が起きたのか理解できず、ただ目を見開いたまま立ち尽くす。

 すると、暗がりの中から一人の兵士がこちらを見て声を上げた。


「あれ?兄ちゃんじゃねえか!」


 聞き覚えのある声。

 昼間、門の前に立っていた衛兵。


 ――名前は、確か……。


(ハンス……!)


 ハンスは、暗闇の中でも分かるほどの笑顔を浮かべ、俺に向かって駆け寄ってきた。


 ――最悪のタイミングで。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日19時】に更新予定です。

平日は19時、土曜は20時、日曜は18時投稿しています!


引き続き

モデリスク王国編を進めていきます!


ブックマーク・評価・リアクション、とても励みになります。

また次回もよろしくお願いします!

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