表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/98

第48話 報酬と換金




 俺、グレイノース=リオンハーツは、冒険者ギルドの中央に立ったまま、無数の視線を肌で感じていた。さっきまでそれぞれの話題に興じていた冒険者たちが、今は露骨にこちらを盗み見ている。


 魔物の死骸の山。

 受付嬢の慌ただしい動き。

 そして、取り残された新人冒険者一人。


 ――注目を集めないわけがない


 そんな居心地の悪さを噛み締めながら、俺はフェレツがカウンター裏の奥の部屋から戻ってくるのを、ただ待っていた。


 すると――


「えええええ!!!」


 突然、奥の部屋から甲高い驚愕の声が響き渡る。ギルド内のざわめきが、一瞬で静まり返った。


 次の瞬間。


 バタン、と勢いよく扉が開き、フェレツが焦った表情のまま、駆けるようにカウンターの前へと飛び出してくる。


 そして――


 彼女は、信じられないものを見るかのような、きらきらと輝く瞳のまま、ぐっと俺の顔のすぐ目の前まで身を乗り出してきた。


「ぜ、ぜひ!ギルドマスターにお会いしてみませんか!?」


 あまりにも急な提案。

 あまりにも近い距離。


 何が起きたのか理解できず、俺は思わず一歩後ずさる。


「え?え?」


 間の抜けた声しか出てこない。


 そんな俺の反応を見て、フェレツははっと我に返ったようだった。


 一度、大きく息を吸い、

 すっと一歩距離を取る。


 そして、深々と頭を下げた。


「申し訳ありません……」


 先ほどまでの勢いは影を潜め、今度は落ち着いた、誠実な声で言葉を紡ぐ。


「実は……冒険者の中には、悪知恵の働く方々もいらっしゃいまして……」


 フェレツは視線を落としながら、淡々と説明を続ける。


「闇市から魔物の死骸を買い取り、不正に依頼達成を装う者や……本来、ランク以上の依頼を達成した際に支払われる報酬を狙い、身分を偽る者もいます」


 胸の前で手を組み、苦々しそうに言う。


「特殊な手段でランクを誤魔化し、不正登録を行う冒険者も……残念ながら、存在するのです」


 少し間を置いてから、フェレツは顔を上げた。


「その対策として、最近では各冒険者ギルドで、登録証に刻まれた“微かな魔力”を読み取る魔道具を導入しました」


 説明は続く。


「その魔道具を使えば、冒険者本人の基本情報だけでなく……過去の戦闘記録や討伐履歴まで、ある程度確認できるのです」


 そして、フェレツは申し訳なさそうに俺を見る。


「グレイノース様が討伐された魔物の数が……あまりにも、新人冒険者とは思えない量でしたので……」


 言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。


「……つい、疑ってしまいました」


 その声には、はっきりと反省の色が滲んでいた。

 だが、フェレツはそこで止まらない。

 息をつく間もなく、次の言葉を続けようと口を開いた。


「魔道具を使って……確信しました」


 フェレツは、はっきりとした口調でそう言い切った。


「グレイノース様には、Aクラス冒険者になれる素養があります!」


 その言葉には、迷いがなかった。

 興奮を抑えきれない様子で、フェレツは続ける。


「剣士としての実力は、正直、目を見張るものがあります。ただ……」


 そこで一瞬、言葉を選ぶように間を置く。


「初期スキルが“転移”であることもあり、戦闘職としては評価が分かれる部分ではあるのですが……」


 それでも、と強調するように、フェレツは身を乗り出した。


「冒険者ギルドとして、これほどの素質を持つ方を、そのままにしておくわけにはいきません」


 息を切らしながら、まっすぐ俺を見る。


「誠に勝手なお願いだとは思いますが……一度、ギルドマスターにお会いしていただきたいのです!」


 その表情は、期待と熱意に満ちていた。


 ――正直に言えば。


 フェレツの提案は、嬉しかった。


 王都カルバンの冒険者ギルドのギルドマスター。

 その立場にある人物なら、グラッドのことや――父、マグナスに繋がる何かしらの手掛かりを持っている可能性もある。


 だが。


 同時に、胸の奥に小さな不安が芽生える。


 ギルドマスターに会えば、

 俺のスキル――“転移”の異質さが、さらに深く知られてしまうかもしれない。

 ラナリア王国で起こった、モデリスクに関わる一連の出来事。それを思い出すと、今はまだ、不用意に目立つべきではない気がしていた。

 だから俺は、少しだけ申し訳なさを滲ませながら、口を開く。


「その件……少し、考えさせてもらってもいいですか?」


 フェレツは一瞬、言葉を失った。


「……そ、そうですか……」


 その声は、はっきりと落胆を帯びていた。

 表情も、先ほどまでの明るさが嘘のように曇る。


 短い沈黙が、二人の間に落ちる。


 ――正直、気まずい。


 この空気に耐えきれず、俺は慌てて別の話題を振った。


「と、ところで……魔物の換金って、どのくらい時間かかるの?」


 その言葉に、フェレツははっとしたように顔を上げる。


 そして、気持ちを切り替えるように、無理のない笑顔を作った。


「そうですねぇ……」


 そう前置きしてから、カウンターに積まれた魔物の死骸へと、改めて視線を向ける。

 その量と種類を、専門家の目で確認するように、じっと見つめながら――換金にかかる時間を、頭の中で計算し始めていた。


「この量ですと……素材の仕分けを外部に依頼することになりますので……」


 フェレツは魔物の山を見渡しながら、指で顎に触れ、少し考え込む。


「……二日、といったところでしょうかね」


「……え?」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 次の瞬間、口が半開きのまま固まり、思考が止まる。


 二日。


 ――二日!?


 俺は慌てて我に返り、思わず声を上げた。


「い、いや!それだと困る!今、手持ちがなくて……今晩の宿代もないんだよ!」


 切羽詰まった俺の声に、フェレツは一瞬だけ呆れたような表情を浮かべる。

 だがすぐに、仕事人の顔に切り替わり、真剣な眼差しで考え込んだ。


「そうですね……でしたら……」


 そう前置きしてから、フェレツは静かにカウンター横の依頼掲示板へ指を差す。


「確か……グレイノース様が討伐された魔物、アイアン・ゴーレムが、現在“素材入手”の依頼対象になっていたはずです」


 俺は思わず、その掲示板へ視線を向ける。


「その依頼を受けていただければ、“依頼達成”として扱うことができますので……」


 フェレツは、丁寧に説明を続けた。


「先に、ギルドから報酬をお渡しすることが可能です。ただし、その場合、アイアン・ゴーレムの素材は依頼主へ渡りますので、換金対象からは除外されますが……それでもよろしければ……」


 その言葉を聞いた瞬間――


 俺は、まさに溺れる者が藁を掴む思いで、即答していた。


「ぜひ!お願いします!」


 フェレツは、その反応にほっとしたように、柔らかく微笑む。


「かしこまりました!」


 そう言って、手際よく手続きを進めながら言葉を続けた。


「それでは、依頼達成として処理いたします。Cランク依頼となりますので……」


 カウンター越しに、冒険者証を確認しながら説明が続く。


「Dランクのグレイノース様には、依頼報酬の増額と、通常1ポイントのところ、冒険者ポイントを5ポイント付与いたします」


 そして、にこりと笑った。


「残り5ポイントでランクアップですね。頑張ってください!」


 一拍置いてから、少しだけ声を弾ませる。


「――初めての依頼達成、おめでとうございます!」


 フェレツは、和やかな笑顔のまま、冒険者証を両手で俺に差し出してきた。


 初めての依頼達成。


 正直、成り行きで、あまりにも呆気ない達成だった。


 それなのに――

 その言葉は、不思議と胸に温かく響いた。


 続いて、フェレツはカウンターの下から麻袋を取り出し、俺の前に置く。


「それではギルド手数料10%と王都特別維持費5%、治安協力金5%を引かせて頂き、金貨1枚と銀貨50枚のお渡しとなります!」


 ずしりとした重みが、確かな現実を感じさせる。


(……これだけあれば、当分は大丈夫だな)


 安堵が、胸の奥に広がった。


 フェレツは、最後に業務的な口調で付け加える。


「素材の換金は二日後に、こちらでお渡ししますので……二日後に、またお越しください」


 その言葉に、俺は素直に頷いた。


「はい!また来ます!」


 そう言って、俺はカウンターから離れ、ゆっくりと冒険者ギルドを後にしようとする。


 ――その時。


「あのっ!ギルドマスターの件……考えてくださいね!」


 背後から、フェレツの少し甲高い声が飛んできた。


 思わず足を止め、振り返り――俺は引き()った笑顔のまま、軽く会釈(えしゃく)を返す。


 ギルドマスターの件、どうしようか……


 俺は胸の中に小さな課題を残したまま冒険者ギルドを後にした。




ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


次回は【明日20時】に更新予定です。

平日は19時に投稿しているので、よければその時間帯に覗いてみてください。


ブックマーク・評価・リアクション、いつも励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ