第48話 報酬と換金
俺、グレイノース=リオンハーツは、冒険者ギルドの中央に立ったまま、無数の視線を肌で感じていた。さっきまでそれぞれの話題に興じていた冒険者たちが、今は露骨にこちらを盗み見ている。
魔物の死骸の山。
受付嬢の慌ただしい動き。
そして、取り残された新人冒険者一人。
――注目を集めないわけがない
そんな居心地の悪さを噛み締めながら、俺はフェレツがカウンター裏の奥の部屋から戻ってくるのを、ただ待っていた。
すると――
「えええええ!!!」
突然、奥の部屋から甲高い驚愕の声が響き渡る。ギルド内のざわめきが、一瞬で静まり返った。
次の瞬間。
バタン、と勢いよく扉が開き、フェレツが焦った表情のまま、駆けるようにカウンターの前へと飛び出してくる。
そして――
彼女は、信じられないものを見るかのような、きらきらと輝く瞳のまま、ぐっと俺の顔のすぐ目の前まで身を乗り出してきた。
「ぜ、ぜひ!ギルドマスターにお会いしてみませんか!?」
あまりにも急な提案。
あまりにも近い距離。
何が起きたのか理解できず、俺は思わず一歩後ずさる。
「え?え?」
間の抜けた声しか出てこない。
そんな俺の反応を見て、フェレツははっと我に返ったようだった。
一度、大きく息を吸い、
すっと一歩距離を取る。
そして、深々と頭を下げた。
「申し訳ありません……」
先ほどまでの勢いは影を潜め、今度は落ち着いた、誠実な声で言葉を紡ぐ。
「実は……冒険者の中には、悪知恵の働く方々もいらっしゃいまして……」
フェレツは視線を落としながら、淡々と説明を続ける。
「闇市から魔物の死骸を買い取り、不正に依頼達成を装う者や……本来、ランク以上の依頼を達成した際に支払われる報酬を狙い、身分を偽る者もいます」
胸の前で手を組み、苦々しそうに言う。
「特殊な手段でランクを誤魔化し、不正登録を行う冒険者も……残念ながら、存在するのです」
少し間を置いてから、フェレツは顔を上げた。
「その対策として、最近では各冒険者ギルドで、登録証に刻まれた“微かな魔力”を読み取る魔道具を導入しました」
説明は続く。
「その魔道具を使えば、冒険者本人の基本情報だけでなく……過去の戦闘記録や討伐履歴まで、ある程度確認できるのです」
そして、フェレツは申し訳なさそうに俺を見る。
「グレイノース様が討伐された魔物の数が……あまりにも、新人冒険者とは思えない量でしたので……」
言葉を選ぶように、少しだけ間を置く。
「……つい、疑ってしまいました」
その声には、はっきりと反省の色が滲んでいた。
だが、フェレツはそこで止まらない。
息をつく間もなく、次の言葉を続けようと口を開いた。
「魔道具を使って……確信しました」
フェレツは、はっきりとした口調でそう言い切った。
「グレイノース様には、Aクラス冒険者になれる素養があります!」
その言葉には、迷いがなかった。
興奮を抑えきれない様子で、フェレツは続ける。
「剣士としての実力は、正直、目を見張るものがあります。ただ……」
そこで一瞬、言葉を選ぶように間を置く。
「初期スキルが“転移”であることもあり、戦闘職としては評価が分かれる部分ではあるのですが……」
それでも、と強調するように、フェレツは身を乗り出した。
「冒険者ギルドとして、これほどの素質を持つ方を、そのままにしておくわけにはいきません」
息を切らしながら、まっすぐ俺を見る。
「誠に勝手なお願いだとは思いますが……一度、ギルドマスターにお会いしていただきたいのです!」
その表情は、期待と熱意に満ちていた。
――正直に言えば。
フェレツの提案は、嬉しかった。
王都カルバンの冒険者ギルドのギルドマスター。
その立場にある人物なら、グラッドのことや――父、マグナスに繋がる何かしらの手掛かりを持っている可能性もある。
だが。
同時に、胸の奥に小さな不安が芽生える。
ギルドマスターに会えば、
俺のスキル――“転移”の異質さが、さらに深く知られてしまうかもしれない。
ラナリア王国で起こった、モデリスクに関わる一連の出来事。それを思い出すと、今はまだ、不用意に目立つべきではない気がしていた。
だから俺は、少しだけ申し訳なさを滲ませながら、口を開く。
「その件……少し、考えさせてもらってもいいですか?」
フェレツは一瞬、言葉を失った。
「……そ、そうですか……」
その声は、はっきりと落胆を帯びていた。
表情も、先ほどまでの明るさが嘘のように曇る。
短い沈黙が、二人の間に落ちる。
――正直、気まずい。
この空気に耐えきれず、俺は慌てて別の話題を振った。
「と、ところで……魔物の換金って、どのくらい時間かかるの?」
その言葉に、フェレツははっとしたように顔を上げる。
そして、気持ちを切り替えるように、無理のない笑顔を作った。
「そうですねぇ……」
そう前置きしてから、カウンターに積まれた魔物の死骸へと、改めて視線を向ける。
その量と種類を、専門家の目で確認するように、じっと見つめながら――換金にかかる時間を、頭の中で計算し始めていた。
「この量ですと……素材の仕分けを外部に依頼することになりますので……」
フェレツは魔物の山を見渡しながら、指で顎に触れ、少し考え込む。
「……二日、といったところでしょうかね」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
次の瞬間、口が半開きのまま固まり、思考が止まる。
二日。
――二日!?
俺は慌てて我に返り、思わず声を上げた。
「い、いや!それだと困る!今、手持ちがなくて……今晩の宿代もないんだよ!」
切羽詰まった俺の声に、フェレツは一瞬だけ呆れたような表情を浮かべる。
だがすぐに、仕事人の顔に切り替わり、真剣な眼差しで考え込んだ。
「そうですね……でしたら……」
そう前置きしてから、フェレツは静かにカウンター横の依頼掲示板へ指を差す。
「確か……グレイノース様が討伐された魔物、アイアン・ゴーレムが、現在“素材入手”の依頼対象になっていたはずです」
俺は思わず、その掲示板へ視線を向ける。
「その依頼を受けていただければ、“依頼達成”として扱うことができますので……」
フェレツは、丁寧に説明を続けた。
「先に、ギルドから報酬をお渡しすることが可能です。ただし、その場合、アイアン・ゴーレムの素材は依頼主へ渡りますので、換金対象からは除外されますが……それでもよろしければ……」
その言葉を聞いた瞬間――
俺は、まさに溺れる者が藁を掴む思いで、即答していた。
「ぜひ!お願いします!」
フェレツは、その反応にほっとしたように、柔らかく微笑む。
「かしこまりました!」
そう言って、手際よく手続きを進めながら言葉を続けた。
「それでは、依頼達成として処理いたします。Cランク依頼となりますので……」
カウンター越しに、冒険者証を確認しながら説明が続く。
「Dランクのグレイノース様には、依頼報酬の増額と、通常1ポイントのところ、冒険者ポイントを5ポイント付与いたします」
そして、にこりと笑った。
「残り5ポイントでランクアップですね。頑張ってください!」
一拍置いてから、少しだけ声を弾ませる。
「――初めての依頼達成、おめでとうございます!」
フェレツは、和やかな笑顔のまま、冒険者証を両手で俺に差し出してきた。
初めての依頼達成。
正直、成り行きで、あまりにも呆気ない達成だった。
それなのに――
その言葉は、不思議と胸に温かく響いた。
続いて、フェレツはカウンターの下から麻袋を取り出し、俺の前に置く。
「それではギルド手数料10%と王都特別維持費5%、治安協力金5%を引かせて頂き、金貨1枚と銀貨50枚のお渡しとなります!」
ずしりとした重みが、確かな現実を感じさせる。
(……これだけあれば、当分は大丈夫だな)
安堵が、胸の奥に広がった。
フェレツは、最後に業務的な口調で付け加える。
「素材の換金は二日後に、こちらでお渡ししますので……二日後に、またお越しください」
その言葉に、俺は素直に頷いた。
「はい!また来ます!」
そう言って、俺はカウンターから離れ、ゆっくりと冒険者ギルドを後にしようとする。
――その時。
「あのっ!ギルドマスターの件……考えてくださいね!」
背後から、フェレツの少し甲高い声が飛んできた。
思わず足を止め、振り返り――俺は引き攣った笑顔のまま、軽く会釈を返す。
ギルドマスターの件、どうしようか……
俺は胸の中に小さな課題を残したまま冒険者ギルドを後にした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回は【明日20時】に更新予定です。
平日は19時に投稿しているので、よければその時間帯に覗いてみてください。
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