第47話 魔物の素材
俺、グレイノース=リオンハーツは、モデリスク王国の王都カルバンにある冒険者ギルドを訪れていた。
建物の中に一歩足を踏み入れた瞬間、耳に飛び込んでくるのは、冒険者たちのざわめきだ。
その光景は、以前訪れたラナリア王国の王都アルセリオンの冒険者ギルドと、規模も活気もほとんど変わらない。
酒場のように並べられた椅子では、次の依頼について真剣に話し合う者たち。魔物の生態や弱点を地図を広げて議論する者。あるいは、パーティーに足りない役割を補うため、新たな仲間を探して声をかけ合う者もいる。
――まさに、冒険者たちの拠点。
そんな中で、俺の視線を強く引きつけた光景があった。受付カウンターの前で、ひときわ大柄な男が、受付の女性に詰め寄っている。
「だがら!頼むって言ってるだろ!ちょっと会わせてくれりゃいいだけなんだよ!」
男の低く荒い声が、ギルド内に響く。
対する受付の女性は、困ったように眉を寄せながらも、必死に声を張り上げていた。
「ですから!ギルドマスターに直接お会いすることはできません!!」
最初こそ、男は抑えた口調で話していた。
だが、思うように話が進まない苛立ちが、次第に言葉と態度に滲み出ていく。
「……強情だな。いいから黙って、通せって言ってんだよ!!」
その瞬間――
ドンッ!
男は握り拳を、受付のテーブルに叩きつけた。鈍い音が響き、周囲の冒険者たちの視線が一斉に集まる。
だが、それでも受付の女性は怯まなかった。
顔には明らかな恐怖と嫌悪を浮かべながらも、背筋を伸ばし、毅然とした声で言い返す。
「何度も申し上げますが、ギルドマスターとお会いできるのは、Aランク以上の冒険者か、ギルドマスターから直接お声がけされた方のみです!」
――その態度は、立派だった。
俺は静かに歩み寄り、列に並ぶような形で、男の背後に立つ。
男は俺の存在に気づくこともなく、なおも声を荒げ、カウンター越しに身を乗り出して受付の女性を威圧していた。
至近距離から突き刺さる、獣のような視線。
受付の女性は、明らかに嫌そうな表情を浮かべ、視線を逸らす。
……見ていて、気分のいいものじゃない。
(この男、どかないかな……)
そう思った、その瞬間だった。
俺の意思とは関係なく、体の奥で“何か”が反応する。
――《竜の威圧》
男は突然、背後から突き刺さるような悪寒を覚えた。
理由も分からない恐怖。
だが、本能が告げる。
――逆らってはいけない
男の額には冷たい汗が浮かび、肩が小刻みに震え始める。呼吸は乱れ、心臓の鼓動がやけに耳につく。
背後に、巨大な存在がいる。
そう錯覚してしまうほどの、圧倒的な気配。
男は、その正体を確かめるように、ゆっくりと――本当にゆっくりと、後ろを振り向いた。
そして。
男の視線と、俺の視線が、真正面からぶつかった。
次の瞬間、男は目を見開き、言葉を失ったように固まる。まるで、思考そのものを凍りつかされたかのように。グレイノースを映す男の視界には一瞬だが、竜のような巨大な"何か"が見えていた。
その様子を見て、俺は静かに、男へと声をかけた。
「あの……邪魔、なんだけど……」
俺の口から漏れた声は、決して大きくはなかった。だが、その言葉は、男の耳に確かに届いたらしい。
男はびくりと肩を震わせ、まるで蛇に睨まれた蛙のように、その場で硬直する。
「す、すまん……!」
先ほどまで、受付の女性に対して高圧的な態度を取っていた男とは、まるで別人だった。今やその表情には、威勢も自信も欠片ほども残っていない。
男は媚びるように何度も頭を下げると、俺と視線を合わせないまま、逃げるように踵を返す。そして振り返ることもなく、冒険者ギルドの出入口へと駆け去っていった。
――静寂。
ざわついていたギルド内も、ほんの一瞬だけ、妙に静まり返る。
俺が叡傑竜から授かったスキルの一つ。
それが、《竜の威圧》。相手の本能を揺さぶり、恐怖を刻み込む力。
逃げるように去っていく男の背中を、俺はしばらく無言で見送る。
それから、何事もなかったかのように、受付カウンターへと歩みを進めた。
受付の女性は、胸に手を当てるようにして、ふぅ、と一つ大きく息を吐く。
どうやら、ようやく緊張が解けたらしい。
そして、背筋を正すと、俺に向かって丁寧に一礼した。
「助かりました!私は、この冒険者ギルドで受付を任されております。エリナ=フェルツと申します!」
その表情には、心からの安堵が浮かんでいた。
張り詰めていた糸が切れたような、そんな柔らかい笑みだ。
俺は、その様子を見て、ふと疑問に思ったことを口にする。
「さっきの男……なんで、あそこまで怒ってたんだ?」
フェルツは一瞬だけ目を泳がせ、それから思い出したように、呆れた表情を浮かべた。
「あの方、他国から来た冒険者なんですけど……この街のギルドマスターから、直接“高額な依頼”を受けられる、っていう噂を信じて来たみたいなんです」
そう言って、肩をすくめる。
「もちろん、そんな事実はありません。完全な噂話なんですけどね……」
そのまま、フェルツは眉を寄せ、困ったような表情になる。
「最近、その噂を信じて王都に来る冒険者が増えていて……正直、対応に困ってるんですよ。どこから、そんな話が広まったのか……」
フェルツは、目を閉じるようにして、大きくため息をついた。
だが――
次の瞬間、はっとしたように目を見開く。
「あ!失礼しました……すみません。愚痴みたいになってしまって……」
そして、まるで仕事モードに切り替えるかのように、すっと表情を整えた。
「それで、ご用件は何でしょうか?」
あまりにも見事な切り替えに、俺は思わず瞬きをする。
――さすが、冒険者ギルドの受付だ
そう、心の中で小さく感心しながら、俺は口を開いた。
「実は……魔物の素材を、換金してほしくて……」
俺の言葉を聞いたフェルツは、すぐに業務用の穏やかな笑顔に切り替え、軽くお辞儀をした。
「かしこまりました!それでは、素材を拝見してもよろしいでしょうか?」
だが、そう言いかけたところで、彼女はふと首を傾げる。
そして、何かを確認するように、俺の手元と足元へと視線を走らせた。
「えーっと……その……素材は?」
「あっ」
その一言で、俺はようやく気づいた。
確かに、何も出していない。
ならば、出せばいいだけだ。
俺は、何の躊躇もなくスキルを起動する。
――技能《転移収納》。
次の瞬間。
何もなかったはずの受付カウンターの上に、残像のような揺らぎが走り――無数の魔物の死骸が、所狭しと出現した。
毛皮、鱗、牙、角、血の匂い。
形も大きさも異なる魔物たちが、文字通り“山”を成して積み上がる。
「きゃぁぁぁぁ!!」
フェルツの口から、断末魔のような悲鳴が上がった。その声に、周囲の冒険者たちも一斉にこちらを振り向く。
フェルツは一瞬でカウンターの奥へ身を引き、青ざめた顔で俺を見る。
「な、なんですか!?これは!!」
動揺を隠せない様子の彼女に、俺は首を傾げながら答えた。
「素材……だけど……?」
するとフェルツは、がくりと肩を落とし頭を抱えるような仕草を見せる。
「あのですね……」
呆れと疲労が混じった声で、彼女は続けた。
「本来、“素材”というのは、倒した魔物から剥ぎ取った部位――たとえば、牙や角、鱗、皮など、武器や防具に使える部分のことを指すんです」
そして、カウンターに積まれた死骸の山へと視線を向ける。
「丸ごと持ってくるなんて……これは、ただの死骸の山ですよ……」
――そうだったのか。
今さらながら気づき、俺の胸に小さな罪悪感が芽生える。
知らなかったとはいえ、これはさすがにやりすぎだったかもしれない。
「……ってことは、換金できない感じ……?」
恐る恐るそう尋ねると、フェルツは死骸の山を一つ一つ吟味するように眺め、少し唸った。
「うーん……できない、というわけではありませんが……」
一拍置いてから、彼女は続ける。
「少し、お時間をいただくことになりますね……」
そして、何かを思い出したように、ぱっと顔を上げた。
「あ!その前に、冒険者証をお見せいただけますか?」
俺は懐に手を入れ、冒険者証を取り出す。
それを、差し出されたフェルツの掌の上に、そっと置くように渡した。
フェルツは、その冒険者証へと視線を落とし――じっと、確認するように見つめ始めた。
「えっと……グレイノース様……冒険者ランクは……」
フェルツは、冒険者証に視線を落としたまま、淡々と読み上げていた。
だが――次の瞬間。
「……え?」
小さく、素っ頓狂な声が漏れる。
そして、もう一度。今度は信じられないものを見るかのように、冒険者証を凝視した。
「え……えぇぇぇっ!?」
ぱっと顔を上げ、再び証に視線を落とす。
その目は、みるみるうちに見開かれていった。
「Dランク……!?初期スキルが……“転移”!?それに、登録から……まだ一ヶ月も経ってない……?」
言葉が、早口になっていく。
「なのに……この魔物の量は……」
フェルツの脳内で、何かが必死に計算されているのが分かる。
そして、疑念が一気に表情に浮かんだ。
「不正登録……?いえ、でも……代理人の欄が……」
次の瞬間。
「――剣聖アウルオン様!?」
思わず声が裏返る。
「な、なにこれ……なにがどうなって……」
完全に混乱した様子で、フェルツは両手で冒険者証をしっかりと掴み、食い入るように見つめ続ける。
「なんなの……この子……?」
その呟きは、ほとんど独り言だった。
しばらくの沈黙の後、フェルツははっと我に返ったように顔を上げる。そして、一度だけ、深刻な表情で息を整えた。
「……少し、お待ちください!」
そう言うと、フェルツは俺に向かって丁寧に頭を下げる。
次の瞬間には、踵を返し、慌てた足取りでカウンター裏の部屋へと走り去っていった。
――取り残された俺と、受付カウンターいっぱいに広がる、魔物の死骸の山。
周囲の冒険者たちの視線が、じわじわと集まり始めているのを、俺は肌で感じていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
次回は【明日19時】に更新予定です。
引き続き
モデリスク王国編を進めていきます!
少しづつですが物語は進んで行ってます!
明日もお見逃しなく!
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