第46話 名工が作る新たな剣
俺、グレイノースはアングハルトの工房へ訪れた。
アングハルトは俺の目の前で手にした鉱石を金槌で打つ。鉱石が少しづつ剣の形を成していく。
鉱石が形を成した頃、アングハルトは手に持つ金槌をゆっくりと置き、両手で剣を握り剣身をじっと見つめた。刃の状態を確かめるように、何度も角度を変え、光を反射させる。やがて何かを決意したかのように、静かに立ち上がった。
そして――
「ほれ」
そう言って、俺の方へ剣を差し出してきた。
思わず、目を見開く。
アングハルトの手に握られたその剣は、鍛え上げられた鋼の美しさを余すところなく宿していた。
無駄のない刃、均整の取れた造形。
触れる前から、その質の高さが伝わってくる。
「……これは?」
問いかける俺に、アングハルトは迷いなく答えた。
「お主にやる」
その一言は、あまりにも自然だった。
「幻装剣には劣るかもしれんが……念のため、持っておくといい」
俺は、差し出された剣を静かに受け取る。
ずしり、と。
想像以上の重みが、手のひらから腕へと伝わった。
それはただ重いのではない。
確かな“芯”を感じさせる重さだった。
アングハルトは少しだけ顎に手を当て、考え込むように目を伏せる。
そして、ふと思いついたように口を開いた。
「その剣の名じゃがな……」
一拍置いて、彼は言った。
「――“真纏剣”なんて、どうじゃ?」
――真纏剣。
幻想を斬る剣と、真実を纏う剣。
一見すれば、反発しそうな名だ。
……けれど。
師弟だから、なのだろうか。
それとも、意図して付けられたものなのか。
あるいは、ただの偶然か。
理由はわからない。
だが、その響きからは、不思議と――
親子のような。
兄弟のような。
そんな、どこか血の通った繋がりを感じさせる温度があった。
俺は改めて、剣身を見つめる。
磨き上げられた刃に映る自分の顔は、いつの間にか、自然と笑みを浮かべていた。
バルクが打った剣と師であるアングハルトが打った剣。弟子と師匠、二人の鍛冶師の想いが宿る剣を、同時に手にしている。そう思うだけで、胸の奥がくすぐったくなり、思わず口元が緩んでしまう。
その余韻に浸っていると、アングハルトが静かに言葉を続けた。
「その剣にはな、お主が倒したアイアン・ゴーレムの素材を使っておる」
俺の視線は、自然と剣へ戻る。
「幻想剣が“斬る”剣だとすればじゃ。
真纏剣は、“魔法を弾く”剣じゃと思ってくれ」
その言葉は、重く、しかしはっきりと胸に落ちてきた。
「だからな……真纏剣には、魔力を込めることはできん」
念を押すように、こちらを見る。
「そこは、しっかり覚えておくんじゃぞ」
俺は剣を握り直し、静かに頷いた。
俺の真剣な頷きと、揺るぎのない眼差しを見て――アングハルトは「よし」とでも言うように、満足げに力強く頷いた。その仕草に、どこか職人としての誇りと、師としての納得が滲んでいるように見えた。
俺はすぐに視線を落とし、再び真纏剣を見つめる。
刃の表面に浮かぶ、波打つような美しい波紋。
炉の熱と、幾度も重ねられた金槌の衝撃が刻んだ痕跡。それは単なる模様ではなく、この剣が歩んできた時間そのもののように思えた。気づけば、俺は息をするのも忘れ、その輝きに心を奪われていた。
そんな俺の様子を、アングハルトはどこか嬉しそうに、目を細めて眺めていたが――
ふと、何か思い出したように首を傾げる。
「ところでじゃが……お主、今日はどこで寝泊まりするつもりなんじゃ?」
唐突な問い。
だが、俺にとっては答えの決まっている質問だった。
剣身の波紋から視線を離さぬまま、俺は何気なく答える。
「この街の宿屋に泊まるつもりだけど……」
その瞬間。
アングハルトの表情が、はっきりと変わった。驚きに目を見開き、俺の顔をまじまじと見つめてくる。
「……お主、金は……?」
その一言で――
頭の中が、すとん、と静まり返った。
あっ。
――忘れてた。
次の瞬間、じわりと額に冷や汗が滲む。
心臓が、嫌な音を立てて跳ね上がる。
考えてみれば当然だ。
入国の時点で一文無しだった俺に、宿代などあるはずもない。
焦りが、遅れて胸の奥から湧き上がってくる。
そんな俺の様子を見て、アングハルトは深く、呆れたようにため息をついた。
だが、その表情に怒りはない。
むしろ、どこか困った子供を見るような、優しい眼差しだった。
そして、少し考え込むように顎に手をやり――
ゆっくりと、穏やかな口調で言葉を紡ぎ出す。
「さて……どうしたものかのぉ……」
アングハルトは腕を組み、工房の中をぐるりと見渡しながら唸った。
「流石に、この工房に泊めるわけにもいかんしな……」
鍛冶の炉はまだ熱を残し、床には刃物や道具が無造作に並んでいる。
確かに、人が寝泊まりする場所ではない。
俺は何も言えず、ただ立ち尽くすしかなかった。
その時――
アングハルトが、ぱっと何かを思いついたように目を見開いた。
「……そうじゃ!」
勢いよく顔を上げ、俺の方を見る。
「お主、倒した魔物の素材は持っておるか!?」
唐突な問いに、俺は一瞬きょとんとしたが、すぐに思い当たる。
だが同時に、金のない現実と自分の不甲斐なさが胸に刺さり、肩が自然と落ちていた。
「……うん。あるけど……」
自信なさげにそう答えた、その次の瞬間、アングハルトの表情が、嘘みたいに明るくなる。
「なら話は早い!まずは冒険者ギルドへ行くといい!」
楽しげに、しかし確信を持った声で続ける。
「魔物の素材を換金すれば、多少なりとも金にはなるじゃろう!宿代くらいにはなるはずじゃ!」
――その一言は、まさに目から鱗だった。
言われてみれば当たり前の話なのに、どうして今まで、その発想に至らなかったのか。
俺は一気に視界が開けた気がして、思わず息を呑む。
次の瞬間、気づけば俺はアングハルトの片手を、両手でぎゅっと握っていた。
「あ、ありがとう……!」
胸の奥から込み上げてくるものを抑えきれず、声が少し震える。気づけば、目の縁には薄く涙まで滲んでいた。
そんな俺のあまりにも情けない姿を見て、アングハルトは一瞬だけ顔を引き攣らせる。
「……お主、泣くほどのことか……」
呆れたように呟きながらも、その声はどこか優しかった。
俺は慌てて手を離し、何度も頭を下げる。
そして――
アングハルトの工房を後にし、王都カルバンの冒険者ギルドを目指して、俺は再び街の中へと歩き出した。




