第45話 名工の不満
俺――グレイノース=リオンハーツは、ドワーフの鍛冶師アングハルトと並び、モデリスク王国の王都カルバンの城門をくぐり抜けた。
分厚い城壁に守られた門を越えた瞬間、外とはまるで別世界のような空気が肌に触れる。
石畳を叩く人々の足音。
行き交う商人の呼び声。
荷車の軋む音と、遠くから漂ってくる焼き立てのパンの香り。王都カルバンは、確かに“都”と呼ぶにふさわしい賑わいを見せていた。
俺は《転移収納》の中に収めた鉱石を、アングハルトの工房まで運ぶため、彼と並んで市街地を歩いている。荷を抱える必要がない分、周囲の様子を落ち着いて見渡す余裕があった。
歩調を合わせながら進んでいると、アングハルトが上機嫌そうに口を開いた。
「いやぁ〜、それにしても無事に街に入れてよかったのぉ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で引っかかっていた疑問が、ふと浮かび上がる。
城門でのやり取り――あれは……
「そういえばさ、この国って……住民に対しても入国税を取ってるのか?」
俺の問いに、アングハルトは歩みを緩め、遠くを見るような目をした。その瞳には、どこか懐かしむような、そして同時に寂しさを含んだ色が宿っている。
「ああ……昔は、こんなことはなかったんだがな……」
低く、噛みしめるような声。
「数年前に、急にな……」
それ以上、アングハルトは多くを語らなかった。
だが、その短い言葉だけで、胸の奥に重たいものが沈んでくるのを感じた。
――この国は、財政的に余裕がないのだろうか。
そう思いながら、俺は通り沿いの市場へと視線を向ける。露店には果物や肉、香辛料が並び、人々の顔には活気がある。一見すれば、どこにでもある賑やかな王都の風景だ。
だが、よく見れば――
値札に書かれた数字が、ラナリア王国で見慣れたものより、わずかに、しかし確実に高い。
その時、アングハルトがふいに足を止めた。
重たい靴底が石畳に沈み込み、低い音を立てる。
そして、ゆっくりとこちらを振り返り、短く言った。
「小僧……着いたぞ」
その一言に導かれるように、俺も歩みを止め、視線を前へと向ける。そこにあったのは、ひと目で“鍛冶屋”と分かる建物だった。
分厚な石壁に支えられた重厚な造り。
正面には、長年の使用で黒ずんだ巨大な扉が据えられ、その存在感だけで、この工房がただ者ではないことを雄弁に物語っている。
アングハルトは迷いなく扉に手をかけると、力を込めて押し開いた。金属が軋む低い音が響き、扉の向こうから、熱と鉄の匂いが一気に流れ出してくる。
俺もその背中を追うように、一歩、工房の中へ足を踏み入れた。
――瞬間、思わず息をのむ。
工房の内部には、無数の武器や防具、そして魔道具が所狭しと並んでいた。
剣、槍、斧、盾。
素材も形状もさまざまで、どれもが丁寧に手入れされ、ただ置かれているだけなのに、確かな存在感を放っている。壁際には、明らかに実用だけではない、装飾に徹底的にこだわった剣がいくつも掛けられていた。鍔には精緻な彫刻が施され、刃はまるで光を宿しているかのように静かに輝いている。
――これは、相当な値がつくはずだ。
そう思わせるだけの風格が、その一本一本に備わっていた。
俺はまるで珍しい展示品でも見るかのように、ゆっくりと視線を巡らせる。鍛冶の知識はまだ浅いが、それでも“本物”であることだけは、はっきりと伝わってきた。
そんなふうに工房内を見渡していると――
奥の方、仕切られた部屋の向こうから、アングハルトの声が響いてきた。
「すまんが……足元に気をつけて、こっちまで来てくれい!」
工房の奥から投げかけられた声に、俺は短く返事をし、そのまま指示通りに歩みを進めた。床には金属片や使い込まれた道具が無造作に転がっており、一歩一歩、踏み場を選ばなければならない。
部屋の境を越えた、その瞬間――
熱気が、容赦なく俺の顔を包み込んだ。
炉から立ち上る熱と、鉄が焼ける独特の匂い。
空気そのものが重く、肺に吸い込むたびに、ここが“職人の戦場”であることを思い知らされる。
部屋の中には、年季の入った工具や鍛冶用のハンマー、大小さまざまな火箸、そして使い込まれた炉が所狭しと並んでいた。整然としているとは言い難いが、そこには無駄がなく、必要なものが必要な場所にある――そんな印象を受ける。
アングハルトは作業台代わりと思しきテーブルへ視線を向け、顎で示した。
「鉱石は……そこに置いておいてくれ」
その一言に、俺は静かに頷く。
そして――意識を集中させた。
――技能《転移収納》
空間が、わずかに歪む。
何もなかったはずのテーブルの上に、残像のような影が揺らめき、次の瞬間、現実へと形を持って現れた。
ドンッ――!!
鈍く重たい音と共に、大量の鉱石が不造作に積み上げられる。テーブルがきしむ音が遅れて響き、その重量が本物であることを嫌でも主張していた。
胸の奥に、使い切ったような、奇妙な充足感が残る。それを振り払うように、俺は改めて工房内へと視線を巡らせた。
――そして、ふと目に留まる。
床に無造作に置かれた、複数の剣。
どれも鞘に収められておらず、まるで途中で手を止めたかのように転がっている。だが、不思議と雑に扱われている印象はなかった。
むしろ、その一本一本から、量産品とは明らかに違う“こだわり”が滲み出ている。
刃の角度、鍔の形、柄の握り――
どれもが、使い手を想定して作られたかのように、強い意志を宿していた。
「おっさん……この剣は?」
床に置かれた剣へ視線を向けたまま、俺はそう問いかけた。
アングハルトは、テーブルに積み上げられた鉱石を手際よく種類ごとに分けながら、まるで独り言のように、流れる調子で答える。
「ああ……それはな。この国の兵士たちの物じゃ…」
その声色は、どこか歯切れが悪く、疲れを含んでいた。俺は、その微妙な違和感を見逃せず、思わず言葉を重ねる。
「兵士の剣にしては……やけに高価そうに見えるけど?」
刃の仕上げ、鍔の意匠、柄の握りやすさ。どう見ても、量産される軍用装備の作りではない。
アングハルトは一瞬だけ手を止め、口元をわずかに歪めた。それは笑みというより、諦め混じりの苦笑だった。
「国の……王からの指示でな……」
そう前置きしてから、吐き出すように続ける。
「国を守るための軍事強化だと、そう聞いとるが……二千本じゃ。このクオリティの剣を、納期は一週間以内じゃと」
その数字を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
二千本――しかも、この完成度で。
アングハルトは椅子へ腰を下ろし、鉱石を手に取り金槌を握り直す。
そして、迷いのない動きで鉱石に向かって振り下ろした。
カキン!
カキン!
澄んだ金属音が工房に響き渡る。
一点を睨みつけるように剣を見つめながら金槌を振るうその肩は、わずかに震えていた。
叩くたびに、彼の顔つきは変わっていく。
最初は無心。
やがて苛立ち。
そして――思い出したかのように、怒りが露わになる。
「国からの命令じゃからな……それ自体は、仕方がない」
金槌を振り下ろす力が、明らかに強まる。
「じゃがな……腹が立つのは、街の兵士どもじゃ!」
ガンッ、と重い音が工房の壁に反響した。
「国のためだの、当然の務めだのと、耳触りのいい言葉を並べおって……剣の整備を、ただ同然で、当たり前のように依頼してきおる!」
振るわれる金槌の音は、次第に荒く、重くなっていく。工房に響くアングハルトの怒声は、その金属音に掻き消され、低くくぐもっていった。
俺が言葉を失って立ち尽くしている間も、アングハルトは手を止めない。まるで叩きつける一打一打に、溜まり続けた鬱憤を込めるかのように。
そして、作業を続けながら――
彼は、なおも言葉を紡ぎ続けた。
「さっき、門の前におったじゃろ。ボロボロの槍を持った男……」
金槌を振るいながら、アングハルトがぽつりと口を開く。
「ハンスと言ってな。あやつくらいじゃ……きちんと金を払って、俺に頭を下げてくるのは」
カキン、と剣を叩く音が響く。
その一打一打には、怒りだけでなく、どこかやるせなさが滲んでいた。真剣に悩み、怒りを抑えきれない様子で剣を鍛え続けるアングハルトの背中を見て、俺は思わず声をかけていた。
「……なあ。王に、直接言ったりできないのか?」
アングハルトは、短く息を吐き、ため息混じりに答える。
「ああ……王はな、俺の古くからの友人でな」
その声には、誇らしさと同時に、複雑な感情が絡み合っていた。
「仕事を回してくれること自体は、ありがたいんじゃ。"国のため"と言われると……俺の性分もあって、強く言えんでな」
金槌が、再び剣へと振り下ろされる。
カンッ、カンッ。
「それが……年々じゃ。無茶な依頼が、どんどん酷くなってきおる……」
音は次第に荒く、力を増していく。
まるで、溜め込んできた不満を叩きつけるかのように。
「去年な……一度、奴に会おうと思って、接見を申し出たんじゃ」
その瞬間、金槌の動きが止まった。
「だが、"多忙"だと言われて……断られよってな」
アングハルトは、ゆっくりと金槌を置く。
そして、手にしていた剣をじっと見つめた。
刃の状態を確かめるように、何度も角度を変え、光を反射させる。
やがて、何かを決意したかのように、静かに立ち上がった。
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次回も明日の19時00分投稿です!
明日はアングハルトから新しい剣を託されます!
お見逃しなく!




