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第44話 隣国の王都"カルバン"

 




 俺――グレイノースと、鍛冶師でありドワーフのアングハルトは、モデリスク王国の王都カルバンへ入るため、城門の前にできた行列の中に並んでいた。

 

 王都の正門は、見上げるほどに巨大で、分厚い石壁と重厚な門扉(もんぴ)が王国の威信(いしん)誇示(こじ)するかのようにそびえ立っている。その前には、商人や旅人、冒険者らしき者たちが列を成し、静かに順番を待っていた。かなりの人数が並んでいるはずなのに、不思議なことに列の進みは悪くない。一人ずつ検問を受けているにもかかわらず、思っていたよりもスムーズに列は縮んでいく。

 その様子を眺めながら、俺は隣に立つアングハルトへと声をかけた。


「なぁ、おっさん。ここって、いつもこんなに並んでいるのか?」


 アングハルトは門の方へ視線を向けたまま、少しだけ寂しそうな表情を浮かべて答える。


「ここ数年で、他国からの入国がずいぶん厳しくなっておっての……」


 低く息を吐き、遠い昔を思い出すように言葉を続けた。


「そのせいで検問に時間がかかるようになったんじゃろう。昔は、ここまで人が溜まることはなかったんじゃがな……」


 そう言ってから、アングハルトは行列の先頭から、自分たちの立つ位置までを見渡すように視線を伸ばす。


「まぁ、それでも今日は、いつもに比べれば早い方だと思うぞ」


 他国へ出たことのない俺には、これが普通なのか、それとも異常なのか判断がつかない。

 どこの国も、王都に入るとなればこれほどの手間がかかるものなのだろうか――そんな疑問が胸をよぎる。


 そうこうしているうちに、列は着実(ちゃくじつ)に進み、気がつけば俺たちは最前列に立っていた。

 目の前には、左右に分かれて城門を守る二人の衛兵。手には鋼の槍がしっかりと握られ、その切っ先は静かに地面へ向けられている。

 左側に立つ衛兵は、最初こそ警戒心を隠さない、ぎらついた目でこちらを値踏みするように見てきた。

 

 ――だが。


 アングハルトの顔を認めた瞬間、その表情は驚くほど柔らいだ。親しみのこもった様子で、衛兵はアングハルトへ声をかけた。


「――おおっ!アングハルトさんじゃねぇか!」


 左側の衛兵は、俺たちの姿を認めるなり、先ほどまでの職務的な表情を崩し、声を弾ませた。

 その声に応えるように、アングハルトもまた、どこか気安げな様子で片手を上げ、軽く振ってみせる。


「久しぶりじゃのぉ。元気そうで何よりだ」


 すると衛兵は、待ってましたと言わんばかりに手にしていた槍を少し持ち上げ、愚痴るように言葉を続けた。


「いやぁ、それが聞いてくれよ!この槍、もうボロボロでよ。刃こぼれもひでぇし、()もガタが来ててさ。今度、鍛え直してくれねぇか?」


 アングハルトは槍を受け取り、穂先(ほさき)から柄に至るまで、じっくりと目を走らせる。

 やがて、ため息混じりに呆れたような声を漏らした。


「まったく……お主、武器の扱いが雑すぎるわい。こんな使い方をしておったら、どんな名槍(めいそう)でも泣いてしまうぞ」


 そう言いながらも、その口調に怒気はない。


「次の休みにでも、俺の工房へ来い。鍛え直してやる。ついでに、手入れの方法も叩き込んでやろう」


 その言葉を聞いた衛兵は、ぱっと表情を明るくし、


「ありがとうごぜぇます!」


 と、嬉しそうに頭を軽く下げた。


 ――だが。


 次の瞬間、その和やかな視線が、すっと俺の方へ向けられる。

 さきほどアングハルトへ向けていた親しみのこもった眼差しとは違う。明らかに、値踏みするような、疑う色を帯びた視線だった。


「……そんでよ。そこの兄ちゃんは誰なんだ? 見かけねぇ顔だが……」


 衛兵は、俺の足元から顔へと、じっくりと視線を這わせてくる。まるで、何か隠していないか探るかのような鋭さに、思わず喉が詰まった。

 言葉を失っている俺の様子を察したのか、アングハルトが一歩前に出る。まるで俺を(かば)うかのように、少し考えた後、慌てて口を開いた。


「こやつはな……俺の命の恩人でよ」


 アングハルトは、あえて落ち着いた口調で続ける。


「素材採取の最中に魔物に襲われておったところを、助けてもらったんじゃ」


 その話を聞いた衛兵は、顎に手を当て、ふむ、と唸るように俺を見つめた。


「ほぉ~……この子供が、ねぇ……」


 ――疑っている。


 その視線には、まだ十代に見える俺が魔物を倒せるはずがない、という思いがはっきりと滲んでいた。

 その空気を断ち切るように、アングハルトは少し声を強める。


「おい!お主。後ろを見てみい。かなり列が詰まってきておるじゃろ」


 衛兵ははっとしたように振り返り、慌てて周囲を見回した。


「……あっ」


 思わず声を漏らし、慌てた様子でこちらへ向き直る。


「す、すまねぇ……!」


 衛兵はどこか気まずそうに頭をかきながら、言葉を続けた。


「アングハルトさんは、いつも通り通行書があるから。銀貨五枚だな」


 アングハルトは何も言わず、慣れた手つきで懐に手を入れる。やがて取り出した銀貨を五枚、衛兵が差し出した掌の上に静かに乗せた。


 ――金属同士が触れ合う、乾いた音。


 それを見た俺は、目を見開いた。


 住民であっても、通行料を取るのか……。

 それも、城門をくぐるだけで


 しかもこれは、完全に予定外だった。

 国に入るのに金が必要だなんて、考えたこともなかった。


 何より――俺は今、一文無しだ。


 そんな現実を突きつけられたところで、衛兵はゆっくりと俺へ視線を移した。


「……で、兄ちゃん」


 その声色は軽い。


「通行書は……まぁ、持ってるわけねぇよな」


 一拍(いっぱく)置いてから、さも当然のように告げられる。


「なら、銀貨二十枚だ」


 衛兵は笑顔のまま、(てのひら)をこちらに差し出してきた。


 ――高すぎないか?


 思わずそう叫びたくなったが、声には出せない。


 俺は慌てて自分の(ふところ)を探った。

 あるはずがない。分かっている。

 それでも、もしかしたら――という、根拠のない希望に(すが)るしかなかった。


 (ころも)の内側、腰元、胸元。

 必死に指を動かす。


 ……だが。


 やはり、あるはずもなく――


 その時だった。


 懐の奥から、何かが滑り落ちる感触。


 チリンッ!


 澄んだ音を立てて、一枚の金貨が地面に落ちる。

 そして、そのまま真っ直ぐ転がり、衛兵の足元で止まった。

 衛兵は一瞬きょとんとした後、しゃがみ込み、その金貨を拾い上げる。


「兄ちゃん……」


 そう前置きしながら、言葉を続けようとした。


「……金貨一枚は、ちと貰いすぎ――」


 その瞬間。途中で、衛兵の言葉が途切れた。

 拾い上げた金貨の表面を見たまま、衛兵の目が大きく見開かれる。まるで、時間が止まったかのように、その場で固まった。

 異変に気づいた俺の隣で、アングハルトが優しい声音で口を開く。


「小僧……通行料なら、俺が――」


 だが、その言葉を遮るように、衛兵が慌てて声を上げた。


「に……兄ちゃん?」


 震える声。


「これ……ラナリア王家の紋章じゃねぇか……」


 金貨を持つ手が、僅かに震えている。


「……どこで、これを?」


 さきほどまでの軽薄(けいはく)な笑顔は消え、衛兵の表情には、はっきりとした警戒の色が浮かんでいた。

 その視線を受け、俺は喉を鳴らしながら、恐る恐る口を開く。


「国王から……直接……」


 俺がそう告げた瞬間、衛兵の動きが止まった。

 (あご)に手を当て、視線を宙に彷徨(さまよ)わせながら、深く考え込む。

 ――そして、何かを思い出したかのように、はっとした表情で口を開いた。


「……そういやぁ」


 低く、独り言のような声。


「最近、城内で噂になってたな……辺境の村出身の子供が、ラナリア王から直々に勲章を授与されたって……」


 その言葉に、俺の胸が小さく跳ねる。

 衛兵はゆっくりと俺へ視線を戻し、まるで真贋を見極めるかのように、足元から顔まで、じっくりと眺め回した。


 沈黙。


 やがて、諦めたように小さく息を吐く。


「……はぁ」


 そして、決断したように言い切った。


「その紋章を持ってるなら、話は別だ」


 衛兵は俺から視線を外さぬまま、親指で背後を指し示す。

 巨大な城門の向こう――王都カルバンの街並みへと。


「通っていいぞ」


 重ねて、念を押すようにもう一度。


「……通っていい」


 そのやり取りを横で見ていたアングハルトは、なぜか満足そうに口元を歪め、ニヤニヤと笑っていた。


 ――ほれ見ろ、驚く気持ちは分かるぞ。


 そんな声が聞こえてきそうな表情だ。

 

 俺とアングハルトは、ようやく安堵し、城門へと足を進める。


 だが――


 右側に立っていたもう一人の衛兵だけは、歩き出した俺を、鋭く睨みつけるような視線を向けていた。疑念と警戒が入り混じった、重く、冷たい目。

 胸の奥に嫌な感触を残しながらも、俺は視線を合わせぬよう、アングハルトと並んで門の中へと入っていく。

 

 厚い城門の影をくぐり抜けながら、俺は無意識に懐から、あの金貨を取り出していた。

 ラナリア王家の紋章が刻まれた、一枚の金貨。


 それにしても――


「……これ、そんなにすごい物なのか」


 独り言のように呟く。


 すると、隣を歩くアングハルトが、信じられないものを見るように目を見開いた。


「知らずにそれを持っておる方が、よほど驚きじゃ!」


 呆れたように、深いため息をつきながら、アングハルトはさらに言葉を続ける。


「はぁ〜……その紋章が刻まれた金貨というのはな」


 アングハルトは、歩きながらも少しだけ声の調子を落とし、噛み砕くように語り始めた。


「その国で、功績を残した者に与えられる――いわば勲章のようなものじゃ。王自らが“信頼に値する”と認めた証でもある」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で、過去の記憶がゆっくりと形を成していった。

 

 "父と国王は知り合いだ"


 だからこそ、あの時、国王からこの金貨を手渡された時も、深く考えなかった。


 ――マグナスの息子が旅立つ祝い。

 その程度の、土産代わりの記念硬貨だと。


 こんなにも重たい意味を持つものだったとは……。


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 (国王様……ありがとう。次にお会いできたら……必ず礼を言おう。)


 そんな感慨に浸っていた俺に、アングハルトは間を置かず、さらに言葉を重ねた。


「ラナリア王国の後ろ盾がある人間を、門前払いするほど、この国の兵士も愚かではないさ。下手をすれば、国と国との問題に発展しかねんからな」


 そして、何気ない口調で、付け足すように言う。


「それに――ラナリアには、国最強と名高い男もおる。ライエルという名の、“剣聖”がな」


 ……ん?


 その一言に、俺の思考が引っかかった。


「え?」


 思わず、吐き出すように声が漏れる。


 驚いた俺を見て、アングハルトは腹を抱えるようにして大笑いした。


「ガッハッハ!お主、本当に何も知らんのだな!」


 だが――その豪快な笑い声は、なぜか俺の耳に、うまく届いてこなかった。

 胸の奥に、微かな違和感が生まれていた。


 (何かが……おかしい。)


 理由は分からない。

 だが、確かに、引っかかる何かがあった。

 俺は自然と俯き、その正体を探ろうと、思考を巡らせかけた。


 ――その時。


 視界が一気に開ける。

 目の前に広がったのは、人々の声が交錯(こうさく)し、商人の呼び声が響き渡る、活気に満ちた街の光景だった。


 石畳(いしだたみ)の道。

 行き交う人々。

 立ち並ぶ建物。


 ――ようやく、カルバンに着いた。


 その高揚感が、胸の内に芽生えた小さな違和感を、静かに、確実に押し流していった。


 門をくぐり抜け、王都カルバンの喧騒(けんそう)に身を置いたまま、しばらく歩いたところで――不意に、アングハルトが何かを思い出したように足を止め、俺の方へと視線を向けてきた。


「……すまんがな」


 その声は、いつもの腹の底から響くような豪快さとは違い、どこか遠慮がちで、言いづらそうな色を帯びていた。


「お主が持っておる鉱石……このまま、俺の工房まで運んでくれんか?」


 そう言って、アングハルトは照れ隠しのように頭の後ろを()き、苦笑する。

 本来なら自分が背負うはずだった荷を他人に頼むことへの気後れが、その表情には隠しきれず滲んでいた。


 だが――


 俺の中に、迷いは微塵もなかった。

 断る理由など、最初から存在しない。

 むしろ、頼ってもらえたこと自体が、どこか嬉しくさえあった。

 だから俺は、考えるよりも先に、はっきりと頷きながら答えた。


「ああ!」


 その一言を聞いた瞬間、アングハルトの顔が、まるで別人のようにぱっと明るくなる。


「おお!助かるわい!」


 豪快な笑顔とともに響いたその声に重なるように、俺の耳へと、活気に満ちたカルバンの人々の声が流れ込んでくる。

 行き交う商人の呼び声、子どもたちの笑い声、金属が触れ合う乾いた音。それらすべてが混ざり合い、まるでこの街そのものが、初めて訪れた俺を歓迎しているかのように感じられた。


 ――だが。

 

 この時の俺はまだ気づいていない。

 その賑わいの裏で、この王都が抱え込んでいる、歪みと異変の存在に。

 それが、やがて俺自身を否応(いやおう)なく巻き込んでいくことになるとは――知る(よし)もなかった。




ご覧頂きありがとうございました!

ブックマークと評価が作者の励みになりますので、お待ちしております!


次回は明日の19時00分投稿です!


鍛冶師アングハルトの悩みが語られます!


※今後、平日は19時00分固定投稿していきますのでよろしくお願いします!

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