第43話 この世界の"勇者"
俺、グレイノース=リオンハーツは、モデリスク王国の王都カルバンへ向かう旅の途中――草原のど真ん中で、ドワーフの鍛冶師グローガン=アングハルトと出会った。
草原に無造作に散らばっていた無数の鉱石を視界に捉え、俺は迷いなく《転移》を発動した。
次の瞬間、それらは一片の欠片も残さず消え去り、代わりに残ったのは、不自然なほど“何もない地面”だけだった。
アングハルトの絶叫が、静かな草原を響き渡る。
目を飛び出しそうなほど見開き、口を半開きにしたまま、震える指で俺を指す。
「お主......何者だ!?」
本来、収納系のスキルは、幾つもの対象を指定して発動することはできない。
驚くのも無理はない。
俺は思わず心の中で呟いていた。
……あ、やっちまった。
俺が扱う“転移”は、本来の使い方から大きく逸脱している。
あえて言葉を選ぶなら――“間違った使い方”
それは誰がどう見ても異質で、特異で、説明しづらい力でもあった。
さて……どう説明したものか。
一から話そうとすれば、確実に時間が足りない。
気づけば日が傾き、草原が夕焼けに染まっていてもおかしくない。
歩きながら話せばいい――
俺は、その場で説明することを諦め、アングハルトと共に王都カルバンへ向かうことにした。
道中、俺の話を聞いたアングハルトは、腹の底から響くような豪快な笑い声を上げた。
「ガッハッハ!まさか、“真理の極値”まで使えるとはな!もう何を見せられても驚かんぞ!」
その笑顔を見て、俺はふとバルクの顔を思い出していた。
師匠だからなのか――驚いた時の表情や、好奇心に満ちた目つきが、どこか重なって見えたのだ。
アングハルトは、心から嬉しそうに言葉を続ける。
「それにしても、“赫蝕現象”と“真理の極値”をこの目で両方見られるとはな……。二百年近く生きておるが、こんな経験は初めてじゃ……」
二百年――?
あまりにもさらりと言われた年数に、俺は思わず言葉を失った。
だが、そんな俺の戸惑いなど気にも留めず、アングハルトはまるで昔話を懐かしむ子供のような無邪気な表情で笑っていた。
――と、その時。
「……だがな」
アングハルトは歩みを緩め、ふと考え込むように口を閉ざした。
その短い沈黙が、なぜか妙に重く感じられ、俺は無意識のうちに喉を鳴らしていた。
「――お主、まだ何か隠しておるじゃろ?」
……図星だった。
正直に言えば、叡傑竜の力のこと。
“真眼”の存在。
そして――相手のスキルを奪えるという能力。
どこまで話していいのか、判断がつかなかった。
アングハルトはモデリスクの人間だ。
信用できないわけじゃないが、全面的に明かしていい相手かどうかも分からない。
そんな俺の迷いを見透かすように、アングハルトは静かに言葉を紡いだ。
「お主が先ほど使ったのはな、“魔操術”と呼ばれておってな。剣術と魔術、その両方を同等の技量で扱える者にしか使えん技じゃ……」
俺の体を一瞥し、続ける。
「体格はどう見ても戦士。だが、お主から溢れ出る魔力は、紛れもなく一流の魔術師の“それ”じゃ。だからな……お主が何かを隠しておると思っただけの話よ……」
アングハルトの声は、探るようでいて、どこか優しかった。
伝えていいのか分からず、俺は言葉を探して口を閉ざした。胸の奥で、いくつもの選択肢がせめぎ合う。
だが、その沈黙を責めることなく、アングハルトはゆっくりと歩調を合わせながら言葉を続けた。
「言いたくないなら、無理に言わんでもええ……」
低く、落ち着いた声だった。
「ただな、お主の実力を見ておると……近い将来、勇者パーティーに名を連ねてもおかしくない。そう思っただけじゃ」
――勇者。
その単語を耳にした瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
忘れていたわけじゃない。
ただ、触れずにいた名前が、自然と浮かび上がってきた。
俺は思い出したように顔を上げ、歩きながらアングハルトに問いかける。
「なぁ、おっさん……」
少しだけ間を置いてから、続けた。
「もしかして、勇者パーティーにいた“マグナス”って男、知ってたりするか?」
その問いを受けたアングハルトは、足を止めこそしなかったが、視線を空へと向けた。
雲の流れを追うように、記憶の底を探るように。
「マグナス……マグナス……」
小さく名前を反芻し、眉間に皺を寄せる。
やがて唸るように息を吐き、俯いたまま言葉を零した。
「……すまんのぉ。聞き覚えがない」
そして、申し訳なさそうに俺を見る。
「そのマグナスという人間が、どうかしたのか?」
――聞き覚えが、ない?
胸の奥に、ひやりとした感覚が広がる。
勇者パーティーにいた人間の名を、二百年近く生きたドワーフが知らない……?
疑問が、次々と浮かび上がってくる。
俺は、少しだけ言葉を選びながら、静かに口を開いた。
「……マグナスは、俺の父さんなんだ」
一拍置き、続ける。
「昔、勇者パーティーにいたって話を聞いたことがあってさ……」
その言葉を聞いた瞬間、アングハルトの表情が変わった。驚きではなく、何か腑に落ちたような、納得の色が滲む。
彼は小さく頷き、ゆっくりと口を開いた。
「“勇者パーティー”というのは、勇者と呼ばれる存在が率いる一団、という意味ではないのだ」
アングハルトは、歩きながら淡々と語り始めた。
「魔王を討つだけの力を持つ者たちを集めた集団――その総称が“勇者パーティー”なんじゃ。勇者パーティーには複数の人間が所属しておってな、名を知らないだけで、その中にお主の父もいたのかもしれんな」
その話を聞きながら、俺の中で、ひとつの疑問が静かに解けた気がした。
そして……
――勇者が、存在しない。
その事実は、俺にとってあまりにも意外な言葉だった。
思わず首を傾げる。
そんな俺の反応を見て、アングハルトは「やはりな」とでも言うように、言葉を続けた。
「数千年前には、確かに“勇者”と呼ばれた存在は実在しておったそうじゃ。だが、それ以降……勇者は一度も誕生しておらん」
草原を渡る風が、彼の低い声を運んでいく。
「それでも、魔王は時代ごとに現れる。民衆の不安を抑えるため、国々は力ある者を集め、“勇者パーティー”として世に送り出すようになった……というわけじゃな」
アングハルトは、少し皮肉めいた笑みを浮かべる。
「とはいえ、この話は世間一般にはほとんど知られておらん。だから、数千年前の“勇者”の伝承も、人間の間にはほぼ残っておらんし……俺たちのような長寿の種族ですら、噂話程度にしか伝わっておらんのが現実じゃ。」
――なるほど。
勇者パーティーとしての父の名が、村々に広まってない理由は、大勢の戦士に紛れていたから。
そう思うと、不思議と納得がいった。
俺が一人で考え込み、無意識に俯いていたその時だった。
「おい!見ろ、坊主!」
アングハルトの、やけに元気な声が草原に響く。
「カルバンの門が見えたぞ!」
その声に促され、俺はゆっくりと顔を上げた。
視界の先に広がっていたのは、圧倒的な存在感を放つ巨大な城門。
厚い石壁と重厚な門扉、その前には槍を構えた二人の衛兵が、王国の威信を示すかのように直立している。
さらに、その門へと続く道には、大勢の人々が列を作っていた。
――ここが、モデリスク王国の王都カルバン
"父の死の真相を知る"誰かに会える気がする。
そんな予感を胸に、俺は視界に広がる光景を夕焼けに照らされながらアングハルトと共に見つめていた。
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次回は遂に王都カルバンへ!
新たな街での出会いにご期待ください!
明日は19時00分投稿予定です!




