第42話 ドワーフの鍛冶師
アイアン・ゴーレムを仕留めた直後、燃え盛る”幻装剣”の刃は徐々に熱を失い、やがて静かに赤光を収めた。俺、グレイノース=リオンハーツは、立ちこめる金属煙を軽く払いながら剣を鞘へと戻す。
その場にいた小柄な男──いや、よく見れば分厚い筋肉と頑丈そうな腕、そして特徴的な編み込んだ髭。屈強な体つきの男が、目を丸くしたままこちらへ駆け寄ってきた。
「た、助かった!本当に助かったぞ!まさか、アイアン・ゴーレムを倒すとはな……俺の名前はグローガン=アングハルト……見ての通り、ドワーフだ……!」
息を切らしながら、アングハルトは俺にぐっと手を差し出す。その掌は厚く、まるで鍛え上げられた鉄板のようにゴツゴツとしているのに、どこか温かくて安心させる不思議な感触だった。
その力強さに少し驚きながらも、俺は握り返す。
「いや、助かったのは俺の方だよ。俺はグレイノース=リオンハーツ!冒険者を──」
俺が名乗り終える前に、アングハルトは急に俺の挨拶を素通りし、興味津々といった眼差しで俺の腰元……いや、“幻装剣”へと視線を吸い寄せられるように向けた。
「……小僧、お主……いったい何者だ?」
低い声で呟きながら、アングハルトは俺の全身を舐め回すように観察し始めた。
「その腰の紅く染まった剣身……まるで伝説の──それに、お主は戦士なのか?魔導士なのか?いや、その身体つきは戦士……だが、その魔力の量は──」
まるで知識にでも飢えていたかのような興味津々な目つきで、アングハルトはぐいぐいと顔を近づけてくる。
俺は迫ってくるその顔を、両手でぐいっと押し返した。
「──おっさん!落ち着けってば!!」
思ったより勢いよく押されたのか、アングハルトはよろけるように一歩下がり、しょんぼりと肩を落とした。その表情は、まるでお気に入りの酒をこぼされたみたいにどこか切ない。
「なぁ、なぁ……ほんの少しでいいんじゃ。その剣……俺に見せてくれんかのぉ……?」
うるんだ瞳でそんなことを言われても困る。
だが、その必死さ──いや、執念すら感じる視線に、俺はつい溜息をついた。
……はぁ、もう好きにしてくれ。
半ば諦めの気持ちで、俺は腰から鞘に収まったままの“幻装剣”をそっと抜き、アングハルトへ手渡す。
彼はそれを受け取るや否や、童心に返ったかのように目を輝かせた。
しかし次の瞬間、まるで鍛冶職人の顔つきに戻ったかのように険しい表情へ変わり、ゆっくりと刀身を抜き放つ。青白く揺らめく光を湛えた剣身が太陽を受け、空気の膜を震わせるような淡い光の尾を引いた。
アングハルトは喉を鳴らし、思わず息を呑む。
「……いい剣だ。本当に……いい剣じゃ……」
その声音には、長い年月を鍛冶に捧げてきた者だけが持つ重みがあった。
「ところで、お主。この剣の名はなんと言うのだ?」
「え、名前?」
俺は首を傾げる。
アングハルトは当然のように頷いた。
「これほどの名剣……そのうえ、お主ほどの腕を持つ者が振るうのじゃ。名があるに決まっておろう?」
その言葉を聞いた瞬間、なぜかバルクの顔が脳裏に浮かんだ。
あの時、彼が言った何気ない一言──剣に込められた思い。
アングハルトとバルクが重なって見えて、俺はつい頬を緩めた。
「その剣……“幻装剣”って言うんだ。」
俺がその名を口にした瞬間、アングハルトの目がさらにぎらりと輝いた。
まるで宝箱を開けた子供のような、純粋すぎる輝きだ。
「おおおっ、幻装剣とな!なんと耳触りのいい名じゃ!この剣にぴったりの名じゃぞ、小僧!」
跳ねるように興奮しながら剣を眺め回していたアングハルトだったが、ふと何かを思い出したように目を細めた。
「しかし……このミスリルの剣、ただ蒼く光るだけじゃなく、炎とは別に、まるで……紅く染め上がっておったように見えたのじゃが……」
その問いに、俺は特に意識もせずさらりと返した。
「ああ、赫蝕現象のことか?」
その瞬間だった。
アングハルトの体がビクッと跳ね、瞳孔がさらに開き──地面を蹴って俺との距離をゼロにし、文字通り鼻先ギリギリまで顔を寄せてきた。
「なっ……なななな、なんじゃと!?お、お主っ……赫蝕現象を起こせるのか!?」
目は限界まで見開かれ、白目に血管が走り、完全に理性が吹き飛びかけている。
圧が強い。とにかく強い。
「おいおいおい!近い近い近いって!!」
俺は反射的に両手を突き出し、迫りくるアングハルトの顔面をぐいっと押し戻した。
「いい加減にしろぉぉっ!!」
俺の叫びは、まるで爆音のように草原へと響き渡った。もしかしたら、ラディナ村まで届くのではないかと錯覚するほどに。
必死に距離を取ろうとする俺と、どうしても近づきたいアングハルト。静かな草原のど真ん中で、まるで奇妙な押し相撲のような攻防が延々と続く。
──数分後。
その攻防に終止符が打たれた頃。
アングハルトは完全に熱が冷めたように草原の上に正座し、肩を落とし、しゅんとした子供みたいに俯きながら、両手で大事そうに“幻装剣”を差し出してきた。
「すまんのう……鍛冶師としての性じゃろうな。珍しいもんを見ると、つい我を忘れてしまうんじゃ……」
まあ、薄々気づいてはいたが──やっぱり、こいつは鍛冶師だったらしい。
しかも、ただの鍛冶師じゃない。剣を扱う手つきや目の光り方が、バルクと同等……いや、それ以上の腕を持っていると直感させた。
「だがな、グレイノース。お主その剣……誰に鍛えてもらった?手直しも考えたんじゃが、粗さはあれど、ほとんど完璧な仕上がりじゃぞ……。
……少し、俺のバカ弟子を思い出すがな」
アングハルトの瞳が、懐かしむように細められる。遠い昔を思うような、そんな柔らかな光だった。
バカ弟子──その言葉に、俺は胸の奥がぴくりと反応した。
まさかとは思うが……
いや、そんな偶然あるわけが──
「バ……バルクっていう村の鍛冶師だけど……」
俺がその名前を口にした瞬間だった。
アングハルトは、まるで全てが線でつながったかのように、深く納得した表情で大きく頷いた。
「……やはりか!それにしても、バルクの奴、腕を上げたもんだ。俺の元から飛び出した時なんぞ、二度と鍛冶師なんざやるか、とか豪語しておったのに……」
アングハルトの口元には、どこか誇らしげな、そして少しだけ寂しさの混じった笑みが浮かんでいた。
バルクの――師匠。
その事実を聞いた瞬間、俺は思わず息を呑んでいた。確かに、ドワーフは元来、鍛冶を生業とする誇り高い種族だ。そのドワーフであるアングハルトに鍛えられたのなら……バルクのあの自信と実力にも納得がいく。
ふと、胸の奥に浮かんだ疑問が、思わず口から滑り出ていた。
「ところで……なんでバルクさんは、あんたの元からいなくなったんだ?」
その問いを聞いた途端、アングハルトの表情がふっと陰り、視線が草原へと落ちる。
「……聞きたいか?」
低く、どこか躊躇うような声。
俺は一度、黙って頷いた。
「……ほんとうに、聞きたいのか?」
今度は少し強めに、確かに頷く。
短い沈黙が俺たちの間に落ちた。
草原を撫でる風の音だけが、妙に大きく響いてくる。
たが、先に沈黙に耐えられなくなったのは俺の方だった。
「いや、嫌なら無理に話さなくても――」
しかし、俺の言葉を遮るようにアングハルトは、ぽつりと呟いた。
「……そこまで言うなら、しょうがないの。 “幻装剣”も見せてくれたことだし……」
俺は心の中で思わず頭を抱えそうになった。
――このおっさん、話したいのか話したくないのかどっちだよ……。
そんな俺の困惑など気にも留める様子もなく、アングハルトは重い口をゆっくりと開き始めた。
「バルクはな……出来のいい、ほんとうに出来のいい愛弟子だったんだ。だが、俺が奴に期待しすぎたせいか、つい強く言いすぎてしまっての……俺も若かったし、奴もまだ若かった。……あれはもう三十年前の話だ」
語られる言葉はどれも短い。
だが、その一つひとつが胸の奥に刺さるほど重く、後悔の影が深く滲んでいた。
アングハルトの背中は、まるで長い年月をかけて背負い続けた後悔そのもののように見えた。
「だが……奴が鍛冶師を続けておると知れて……本当によかった……」
アングハルトはそう言いながら、どこか誇らしげで、それでいてほんのり涙腺が緩んでいるような、そんな柔らかな目で俺を見上げた。
――今バルクってパン屋なんだけど……。
喉元まで出かかった言葉を、俺は慌てて飲み込んだ。
言えない――絶対に言えない。
この雰囲気で『パン焼いてます』なんて言ったら怒る……というか泣かれそう。
俺は本能的に悟った。
"これは口にしてはいけない真実だ"と。
アングハルトは両膝についた土埃をパンパンとはたき落としながら、ぐっと立ち上がる。
「ところで、お前さんはこんなところで何をしておったんだ?」
穏やかな声が草原に落ちる。
「あぁ、俺は首都カルバンへ向かってる途中なんだ……」
その瞬間――アングルハルトの目が見開かれ、まるで鍛冶場の炉に火が入った時みたいに一気に輝きを増した。
「カルバンにか!?奇遇じゃな!俺はカルバンで鍛冶屋をやっとるんだ!」
まじか……!
今度は俺の方が目を見開いていた。
草原の真ん中で、これほど都合のいい偶然があるとは思わなかった。そんな俺の驚きをよそに、アングハルトは、俺にとって嬉しい提案をしてきた。
「ちょうど俺もカルバンへ戻る途中での。
ただなぁ……」
アングハルトの視線が横へ動く。
そこには、木片と折れた車輪が散乱し、荷車らしきものが無残な姿をさらしていた。
さらにその周囲には、大小さまざまな鉱石があちこちに転がっている。
「さっきのアイアン・ゴーレムに馬車を壊されての……馬も騒ぎで逃げちまってな。そこで提案じゃが――護衛ついでに、俺をモデリスクまで送ってくれんか?」
アングハルトは肩をすくめ、苦笑いを浮かべながら言った。
「鍛冶用の素材をなぁ、山ほど集めてきたんだが……これはもう諦めるしかなさそうじゃ」
転がる鉱石の山を見下ろすアングハルトの背中は、どこかひどく寂しげで。
せっかくの素材を持ち帰れない無念が、その姿勢からにじみ出ていた。
ああ――そんな事か
俺はゆっくりと散乱した鉱石の山へ歩み寄り、しゃがみ込む。草原の風が鉱石をかすかに転がし、乾いた音を響かせた。アングハルトの視線が、不思議な光景を見るように俺の背中に突き刺さってくる。
俺は散らばった鉱石に向かって、静かに右手を翳した。
叡傑竜の力を得たことで、俺の“スキル転移”は大きく変質した。
以前は“魔力消費が重すぎて使えない”という理由で封じられていた通常の《転移》が、今ではスキルとして自由に扱えるようになり、逆に俺が使いこなしてきた“特殊な転移”は――より洗練された《技能》として昇華された。
今の俺なら、視界に入る複数の対象を同時に選択できる。
深く息を吸い、集中する。
ーー技能《転移収納》
瞬間。
散らばっていた鉱石の山が、光でも吸い込まれたように一斉に消え失せた。
まるで、初めから何もなかったかのように――。
「な、な、な、なんじゃぁぁぁぁ!!?」
アングハルトの絶叫が草原に炸裂した。
空気が震え、近くの草が一斉に風に撫でられたようにざわめき、遠くへ反響して戻ってくる。
目を飛び出しそうなほど見開いたまま、アングハルトは俺を指さして震えていた。
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次回は明日の18時00分投稿予定です!
この世界の勇者について、掘り下げていきます!
「第43話 勇者の真実」
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