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第40話 そして......





 俺、グレイノース・リオンハーツは“幻装剣(げんそうけん)”を腰に下げ、鍛冶屋を後にした。

 東の空から昇り始めた朝日が、まだ眠気の残る村に金色の光を差し込ませる。温かな光が視界いっぱいに広がり、昨日の戦いがまるで遠い昔のことのように感じられた。


 ……いや、実際にはまだ胸の奥で熱が(くすぶ)っている。

 

 そして――昨日の一件を経て、村の人たちが俺を見る目は明らかに変わっていた。


 道を歩けば、まるで英雄でも通ったかのように視線が集まり、どこか誇らしげで、暖かい光が俺を包んでくる。


「おい!坊主!!」


 八百屋の店主が俺を見つけるなり、太い腕を振り上げて呼んだ。

 そして、こちらが返事をするよりも早く、赤々としたリンゴをひょいと投げ渡してくる。

 (ちゅう)を描く赤い軌跡(きせき)――反射的に手を伸ばして受け止めた。


「ありがとう!」


 俺が笑うと、店主も満足げに鼻を鳴らした。

 

 そのまま村の通りを抜けていくと、今度は食事処(しょくじどころ)のおばちゃんが店の奥から勢いよく出てきた。


「グレイちゃん!」


 俺が振り向くなり、おばちゃんは胸の前でぎゅっと抱えていた包みを差し出した。それは、(ひも)で十字に結ばれた旅用の弁当箱だった。


「はい!これ!旅の途中でちゃんと食べるんだよ!」


「あ、ありがとうございます!」


 俺はしっかりと両手で受け取り、深く頭を下げる。

 胸の中に広がる嬉しさを、なるべく表に出さないように努めたが――頬が緩むのはどうしようもなかった。

 こんなにも温かく送り出してくれる人たちがいる。

 散り散りになって他の村にも避難したアルデン村の人たちのことを思い出す。

 また会えるか分からない。

 だからこそ、しっかり挨拶していかなきゃならない。

 俺は弁当箱を大事に抱えながら、村を離れる前に、これまでお世話になった人たちへ会うために歩みを進めていった。

 

 俺がまず足を向けたのは、村の中央に佇むバルド村長の家だった。


 まだ朝の空気が残る時間帯だが、戸口に立つと、家の中から漂う温かな気配が感じられた。

 軽くノックをすると、すぐに扉が開き、バルド村長がいつもの豪快さを少し抑えた穏やかな笑顔で出迎えてくれる。


「おう、グレイノースくん……来てくれたか」


 奥からは、寝起き丸出しで目をこすりながら顔を出すメルナがいた。髪はまだふわふわで、まるで小動物のように愛らしい。

 だが――バルド村長の表情は、すぐに静かな哀しみを帯びる。


「……そうか。もう、旅立つのか……」


 その声には、送り出す決意と寂しさが滲んでいた。胸がちくりと痛む。


「はい……日が暮れる前に、モデリスク王国へ着きたくて」


 申し訳なさと、覚悟の入り混じった声で俺が答えると、バルド村長はゆっくりと頷いた。


「君のお父さんのこと……トリストンから聞いたよ。……つらい話だったな。だが――君ならきっと、真実に辿り着ける。そう……私は思っているよ……」


 静かな励ましの言葉が、胸の奥にじんわりと染み渡っていく。思わず視界が滲みそうになり、俺は目を瞬かせた。


 その時――


「お兄さん! もう行っちゃうの?」


 メルナがぱたぱたと駆け寄ってきて、小さな手で俺の服をつまんだ。無垢そのものの瞳が、真っ直ぐに俺を映してくる。その純粋さに、心が揺れた。ほんの少しでも迷えば、ここに残りたくなってしまいそうで。

 

 だから俺は、気持ちを落ち着けるように片膝をつき、そっとメルナの頭に手を置いた。


「大丈夫。また戻ってくるよ。落ち着いたら必ず――約束だ」


「……ほんと?」


 メルナの瞳がぱぁっと輝く。こくこくと、大げさなくらい頷いた。

 その姿が可愛くて、そして痛いほど胸に刺さって、俺は小さく笑って立ち上がると、深く頭を下げた。


「今まで、本当にありがとうございました!」


 バルド村長とメルナの笑顔に見送られながら、俺はその場を後にした。

 

 そして俺は、そのまま診療所へ向かった。

 

 診療所のドアを開けた瞬間、薬草の匂いと、静まり返った空気が肌に触れる。ベッドには、フィーナが静かに横たわっていた。白いシーツに包まれ、長い睫毛は微動だにしない。あれほど明るく、元気で、周囲を照らしていた少女が、息を潜めるように眠り続けている。胸の奥が熱くなる。拳が震え、強く、強く握りしめる。グラッドの怒りと憎しみがもっと深く、鋭く刻まれていく。

 

 だが――今の俺には、彼女の無事を祈ることしかできない。


 無力感が胸の奥を締めつける。


 それでも、立ち止まってはいられない。

 フィーナの寝息に合わせて小刻みに揺れる胸元を見つめ、ぎゅっと唇を噛む。もう一度だけ、あの静かな寝顔を目に焼き付けてから、俺はそっと背を向けた。乾いた床板を踏みしめる音が、妙に遠く聞こえる。足は重いのに、歩みは止まらない。

 

 外に出た瞬間、朝の冷たい空気が頬を撫で、火照った心を静かに鎮めていく。深く息を吸い込む。胸の奥にまとわりついていた靄が、ゆっくりと晴れていく気がした。

 

 気づけば――俺の足は自然と避難所の方へ向かっていた。

 

 トリストン村長たちが身を寄せている場所。

 あの戦禍から逃げ、たどり着いた安息の地。

 

 そこへ向かうにつれ、あの日の記憶を思い出し、その度に胸が痛む。

 

 避難所の前で、俺はふと足を止めた。扉の前に立つと、胸の鼓動が静かに高鳴る。決意と、少しの寂しさと、感謝が入り混じっていた。

 

 ひと呼吸置き、軽く拳を握って扉を叩いた。

 

 中から近づいてくる足音は、どこか懐かしく、頼もしかった。ゆっくりと扉が開き、現れたのはトリストン村長だった。疲労の影が残るのに、いつもと変わらない温和な笑み。その笑顔を見るだけで、不思議と胸の重みがどこかへ消えていく。


「トリストン村長!俺、行ってくるな」


 言葉を紡ぐと、村長は小さく目を細め、一歩前に出た。

 そして、大きな手を俺の肩にそっと置く。


「あぁ……グレイ。元気に過ごすんだぞ」


 その言葉は短い。

 

 だけど、父がかけてくれた言葉のように、やわらかく、深く、温かかった。


「私は必ず村を復興させる。だから……その時は戻って来い。村の一人として、そして――リゼルと一緒にな……」


 最後の一言は、少しだけ照れと願いが混じっていた。その顔は、どこか誇らしげで、どこか寂しげで。胸の奥がじんと熱を帯びる。


「……はい。また戻ってきます」


 自然と笑みがこぼれ、深く頷いた。

 

 村長は安心したように息を吐き、ゆっくりと扉を閉めた。光が細い線となって消え、気配だけが遠ざかっていく。

 

 静かになった前庭で、俺はもう一度だけ村長たちの無事を祈り――村の外へ向けて歩き出した。

 

 朝日が差し込む道は、新しい旅の始まりを照らすようにまぶしかった。

 この先には広大な世界と、父が歩んだ道の残滓と、俺が追い求める真実が待っている。


 目指すは、モデリスク王国。


 必ず、この手でグラッドを捕らえる。

 燃えるような決意を胸に刻み込んで、俺は振り返ることなく歩み続けた。



***


 時を同じくして――。


 その場所は、陽の光など一片も届かない、地下深くの牢獄だった。

 冷たい湿気が肌にまとわりつき、鉄の匂いが鼻を刺す。規則的に(したた)る水の音だけが、永遠の闇を刻むように響いている。

 その闇の中。

 一人の少女が、手足を太い鎖で拘束されたまま、冷たい石床に横たわっていた。

 白い腕には無数の傷痕。

 衣服は破れ、肌からは鮮血が滴っている。

 生気を失いかけた瞳が、ぼんやりと天井の闇を見つめる。

 視界は(かす)んでいる。

 思考も(おぼろ)げで、現実と夢の境が曖昧になっていた。

 それでも――心の奥に刻まれた“名前”だけは、消えずに残っていた。

 唇が微かに震え、掠れた声が漏れ出す。


「……たす、けて……グレイ……」


 呼んだわけでもない。

 名を頼ったわけでもない。

 

 気力すら残っていないはずの少女が、無意識に絞り出した言葉だった。

 それは、希望の最後の一本糸にすがるような祈りの声。

 

 しかし――その声は薄い霧のように牢獄へ溶け、冷たい鉄格子に阻まれ、誰の耳にも届くことはない。

 

 暗闇は静かに、少女の願いを飲み込んていく。



***


 この時の俺はまだ何も知らない。

 

 そんな俺の背後に広がるラディナ村の景色は、まるでゆっくりと幕が下りていく舞台のように、静かに、ゆっくりと遠ざかっていった。



読んで頂きありがとうございます!

ブックマークと評価頂けると作者の励みになります!


次回は明日19時00分の投稿予定です!


『第41話 魔力の使い方!』

ついにモデリスク王国へ!!突入!

道中で新たなキャラクターと出会います!


お見逃しなく!

明日もこの時間にお会いしましょ!


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