第39話 その名は"幻装剣"
俺、グレイノースが鍛冶屋バルクから剣を受け取った瞬間、ミスリルの剣は紅色に輝き、その光景を見たバルクは、漏れるような声を発した。
「なっ―――」
バルクが言葉を失ったように目を見開く。その顔には、鍛冶屋としての常識がひっくり返されたような、驚愕と戦慄が混じっていた。
やっとのことで絞り出した声は、かすかに震えていた。
「……赫蝕現象……!?」
蒼から紅へと侵食され、妖しく脈打つ剣身を凝視したまま、バルクは息を呑んだ。そして、震える声で、しかし興奮を隠しきれない表情で俺を見つめる。
「こりゃあ……驚いたぜ!」
バルクは、職人とは思えぬほど素直に目を丸くしていた。その視線は、俺の手の中の紅に染まった剣身へ釘付けになっている。
「純度が高いとは思ってたが……まさかここまでとは……。今までミスリルは扱ってきたが、この現象は初めて見たぜぇ……!」
驚愕を隠しきれないまま呟くバルクに俺も息をのむ。
自分の手の中で、静かに脈動する紅の光。その艶やかな輝きは、ただ美しいだけではなく、どこか“意志”を持っているように見える。
ゆっくりと鞘へと剣を収めながら、俺は疑問を口にした。
「……なぁ……赫蝕現象って?」
問いかけると、バルクは大きく息を吸い込み、まるで胸の奥の動揺を落ち着かせるように深く息を吐いた。それから、真剣な眼差しで俺を見据え、低く唸るように言葉を紡ぐ。
「ああ!それはな――」
ミスリル――それは本来、どこまでも澄んだ蒼を湛える、幻想金属の象徴だ。純度によって魔力の伝達効率が変化し、質が高ければ高いほど、使用者の魔力をそのまま増幅して放つ。
だからこそ、優れた魔導具や武器の素材として古来より重宝されてきた。
だが、そのミスリルの中でもごく稀に存在する、“高密度かつ高純度”の個体。それらは、特定の資質を持つ者の魔力と共鳴したとき……蒼ではなく、まるで夜を焦がす焔のような紅へと染まることがある。
――赫蝕現象
その名を知る者は少ない。伝説の中で語られるだけの、あまりに希少な現象。記録に残る限り、最後に赫蝕を起こしたのは、数百年前の英雄だとされている。
だからこそ目撃した者は誰も生きておらず、後世に語り継がれたのは“噂”だけ。そのため、学者たちの間でも議論されるほどの、幻の現象である。
――叡傑竜の魔力が引き起こした奇跡なのか。
それとも……
紅く脈動する剣の余韻が残る工房の中で、バルクはしばらく俺の手元を見つめていたが、やがてふっと息を吐き、不可思議なものを眺めるような眼で俺を見た。
「それにしてもだ……坊主。これほどまでの上質なミスリル、普通じゃまず手に入らねぇ……お前さん、一体どこで手に入れたんだ?」
真正面から向けられた問いに、俺は一瞬だけ口を閉ざした。あまり軽々しく話すものでもない。だが、隠す理由ももう無い。
「実は――」
俺は、静かに語った。父がかつてアルデン村の英雄と呼ばれた戦士であったこと。どこかの国の騎士と共に旅立ち帰らぬ人となった事。そして、遺されたのがその籠手だと言う事。
静かに聞いていたバルクは、語り終えた俺の言葉の余韻を飲み込むように顎へ手を当て、低く唸り声を漏らした。
「……なるほどな。だが、お前さんの親父さん――どうも、ミスリルの籠手を、普通じゃ考えられねぇ使い方してたみたいだな」
「変わった……使い方?」
つい首を傾げてしまう。
その反応に、バルクは小さく声を漏らし、慌てて手を振った。
「――いや、悪い。ちょっと余計なこと言っちまった。だがな、坊主。ミスリルが魔力を増幅する金属だってのは、戦士のお前でも知ってるよな?」
バルクは語るうちに、徐々に職人としての顔に戻っていく。
「普通なら、ミスリルは“剣”や“杖”みたいな武具に使われる。魔導士が好んでミスリル製の杖や装飾具を使うのもそのためだ。
だが――籠手、ましてや戦士がミスリルの籠手なんざ使うことはまず無い。強度と軽さだけなら、他にもっと適した金属なんざいくらでもある。
わざわざミスリルを使う必要はねぇんだ」
言われてみれば、その通りだ。
俺の胸の奥で、父の姿が浮かび上がる。
共に生活し、稽古した日々。
そして最後に、旅立った父の背中。
なぜ、父は最後まで“ミスリルの籠手”にこだわったのか。理由は――分からない
だが、あの籠手もまた、父の死の真相に繋がる“鍵”のような気がしてならなかった。そう思った瞬間、胸の奥に静かだが確かな熱が灯った。
そんな時だった。バルクが、ふと何かを思い出したように手を叩き、小さく唸る。
「……そういや、ミスリルの籠手って言えば、昔、――大魔導士“マギウス"ってのがいたな……」
マギウス。
耳に覚えのない名だった。
だが、その響きには妙な重みがある。
偉大な何者かであることを、言葉そのものが主張しているような……そんな名だ。
「マギウス……?」
聞き返した俺の様子に気付いたのか、バルクは懐かしむように目を細め、ゆっくり語り始めた。
「二十年か、三十年くらい前の話だな。“勇者パーティー”に、とんでもなく強い魔法使いがいたんだ。両腕にミスリルの籠手をつけて戦う、変わり者の魔導士――そいつの名が"マギウス"っていうんだ……」
勇者パーティー――
その単語が耳に入った瞬間、昔の記憶が蘇り胸が跳ねた。
父も昔、勇者パーティーに所属していた。村の人たちから何度も聞いた話だ。けれど、その頃の具体的な仲間や功績を、父は多く語らなかった。
もしかしたら――バルクが言うその男は、父と関わりがあった人物なのかもしれない。
そう思った瞬間、体が自然と前のめりになっていた。
「その、その、マギウスって人、今どこにいるんだ!?」
思わずカウンターに身を乗り出した俺の勢いに、バルクは目を丸くし、のけぞるように一歩後ろへ下がった。
「お、おいおい!落ち着けって!そこまで俺にも分からねぇ!」
両手を前に突き出し、俺を宥めるように振る。
「ただ……マギウスってのは“どこかの国の宮廷魔導士だった”って噂くらいは聞いたことがあるな……!」
どこかの国の――。
それだけの情報でも、胸が大きく脈打った。
大魔導士マギウス。
もし本当に父と関わりがあった人物なら、手がかりは必ず得られるはずだ。
「それで!その国っていうのはどこなんだ!?」
期待を込めて詰め寄ると、バルクは言いづらそうに目を伏せ、しどろもどろに言葉を漏らした。
「……悪いな、坊主。期待させちまってよ……その国ってのは……ずいぶん前に滅びちまったらしい。理由も、どこにあった国なのかも分からねぇんだ」
――滅んだ国。
その言葉は、胸の奥に重く沈んだ。つい先ほどまで明るく燃えていた期待が、ふっと風に吹き消されるように萎んでいくのが分かる。肩が自然と落ちた。
けれど――それでも。
(父さんを知る誰かが、この世界のどこかにまだ生きているかもしれない)
その可能性を確かめられたこと自体が、俺にとっては大きな前進だった。
ゆっくりと息を吸い、吐く。そして、改めてバルクに向き直り、深く頭を下げた。
「バルクさん……さっきは驚かせてごめん。それと――本当にありがとう。この剣、大切に使わせてもらうよ」
俺の言葉を聞いたバルクは、まるで夏空のような明るい笑顔を浮かべ、豪快に笑った。
「坊主、よかったらその剣に名前をつけてやれ!これだけ立派な代物だ、名もなく振るわれるなんてもったいねぇ。世に名を残す英雄ってのはな、決まって自分の武器に名前を刻むもんなんだよ!」
冗談めかした調子でありながら、どこか本物の職人としての誇りと期待が滲んだ瞳。その視線を受けた瞬間、俺は自然と腰の剣へと手を添えていた。
触れた掌の内側で――トクン、と脈動のようなものが走る。生き物のように、こちらへ返ってくる反応。温かみのある不思議な感覚だ。
そして。
脳裏に、ふっと一文字の閃光が走った。まるで最初からそこに刻まれていたかのように、吸い込まれるようにその言葉が浮かび上がる。
「……幻装剣」
気づけば、その名を呟いていた。
自分でも理由は分からない。
ただ、確信だけがあった。この剣は、きっとその名を望んでいる。そう思えた。
バルクは目を見開き、それから満足げに頷く。
「幻装剣……!いい名じゃねぇか!」
名前を付けただけなのに、不思議と手の中の剣が軽く、温かく感じる。
まるで本当に――俺の相棒になったように。
バルクは腕を組み、にかっと笑ってみせた。
「また何かあったらいつでも来い。どんな無茶でも鍛冶屋バルクが受けて立つぜ!」
俺はその頼もしさに、自然と笑みを返していた。
「ああ、本当にありがとう。……また来るよ」
そう言って店を後にする。
扉を閉め、外の光の中へと歩み出した俺の背中を、バルクはしばらく見つめ続けていた。
「いいか坊主……これは大袈裟でもなんでもねぇ」
鍛冶屋の静かな空気の中、バルクはぽつりと呟いた。
「伝説の英雄が振るった剣と同じ――赫く染まるミスリルの剣を手にしたってことはよ……この時代で、お前が必ず“英雄”になる……俺はそう確信してるんだ」
静かに零れたその言葉は、炎の消えた炉の中に落ちていき、ゆっくりと新しい伝説の始まりを告げるように、工房の中に染み渡っていった。
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次回は明日19時00分の投稿予定です!
明日は、村の人たちとの別れを執筆します!
そしてついにモデリスク王国へ!!
明日もこの時間にお会いしましょ!




