第38話 伝説と呼ばれた赫色の剣
翌日――
眩しい朝の光が、半端に閉められた窓から差し込み、まるで布団の上に小さな金色の波紋を落とすように揺れていた。
その光に目を細めながら、俺――グレイノース・リオンハーツはゆっくりと意識を浮上させる。
ここは宿屋の一室。
この穏やかすぎる光景が、逆に現実味を奪っていく。まるで昨日の出来事が夢だったかのように思えるほど、朝は静かで、温かかった。
叡傑竜との死闘。
そして迷宮の奥深くで過ごした息もつけない日々。そんな非日常が、布団のぬくもりと共に一気に蘇ってくる。
……だが、それ以上に胸を締めつける記憶。
――グラッドの裏切り。
昨日の夜から何度思い返しても、いまだに信じられない。信じた仲間の裏切りは、傷として残るというより、まだ形も定まらない痛みを胸の奥に漂わせていた。迷宮でともに戦った時間さえ、今の俺には遠い幻のように感じてしまう。
そんな混乱した思考の隙間に、ふと、叡傑竜との最終局面がよみがえる。
あの時、俺は全ての攻撃系スキルを一本の剣へと転移させた。さらにフィーネが放った《落雷》が、追撃のように剣へ流れ込み――。
その瞬間、剣も俺のスキルも、同時に消滅した。
戦いの代償はあまりにも大きかった。
だが。
それでも俺には、叡傑竜から授かった“力”が残っている。
胸の奥で、何かがざわりと蠢いた。
それは恐れでも不安でもない。
もっと根源的で、もっと深い――。
まるで、まだ見ぬ何かが目覚めようとしているような、そんな感覚。
「ステータス、じゃない。今使うべきなのは……」
息を整え、俺は自分の内側へ意識を沈めた。
――《心眼》
目を閉じ意識を集中した瞬間、瞼の裏で何かが見える。空気の流れすら細かく見えるような、不思議な感覚が胸を満たしていく。
――――――
【名前】:グレイノース・リオンハーツ
【体 力】:3800 【攻撃力】:2950
【防御力】:2500 【俊敏性】:3050
【魔 力】:4500
【スキル】
・転移 ・超回復・瞬速
・縮地 ・雷走 ・忍耐
・超直感・隠蔽 ・竜の威圧
・魔力回路 ・絶対障壁
・自然治癒 ・空間探知
・叡傑の魂 ・魔力探知
・火属性無効・火属性操作
・爆炎魔法
【固有スキル】
・真眼 Lv2 ー ■■■■■えられた神々の祝福
└心眼 ー 自分の能力、相手の動きを見抜く
10/10 (1日の使用上限)
・叡傑竜の力ー 竜の力を呼び起こす(3分間)
【加護】
・攻撃増加(超) ・体力増加(極)
・俊敏増加(超) ・防御増加(大)
・魔力増加(極)
【技能】
・転移収納・スキル付与
――――――
俺は自分の瞼の裏に広がったステータス画面へ意識を向け、しばらく息をするのも忘れ見つめていた。
そして――その内容を確認した瞬間、胸の奥にあった違和感の正体に、はっきりと辿りついた。
……そうか
力を手に入れてから何度も胸の奥で“警告”のように囁きかけてきた感覚。あれはきっと《超直感》がもたらしていたのだろう。
そしてもう一つ――。
叡傑竜の"真眼"を取り込んだことで変質した、俺のスキル《心眼》。
真眼の純粋な派生。
そう言い切れるほどに、その能力は圧倒的だった。目を瞑っているのにも関わらず、手に取るように世界が見える――そんな感覚さえあった。
しかも、心眼は自分自身にも行使できる。
ステータスの“伏字”として隠されていた領域まで、少しずつ開示され始めている。
表記のひとつに、目を奪われた。
――『神々の祝福』。
やはり、真眼の正体は“祝福”で間違いない。
けれど同時に、その言葉の持つ重さに、俺は思わず息を呑んだ。
神々から、与えられた……?
自分とはあまりに縁遠い存在だと思っていた名詞が、当然のようにこの身に紐づいている。
その事実が、少しだけ背筋を震わせた。
ただ――。
強すぎる力には、相応の制約がつく――それは世界の理のようなものだ。
だからこそ、《心眼》の欄にしっかりと刻まれた“使用上限”という文字を見た時、俺はむしろ納得すら覚えていた。それでもなお、信じがたいのは別のところだ。
ステータス全体が――桁違いに跳ね上がっている。
体力も、魔力も、攻撃も防御も、俊敏まで。
どれもが、かつての自分とは比べものにならない領域へと踏み込んでいた。とりわけ膨れ上がった魔力は、まるで体そのものが一回り大きくなったかのような圧力を内側から放っている。
その膨大な力の影には……あの感覚がある。
昨日、スキルを使ったあの時――
全身が裂けるような、抗えない激痛。
血管が破裂するかと思うほどの魔力の奔流が、臓腑を揺さぶり、骨を軋ませ、体を崩壊寸前まで追い込んだ。ただ力を得ただけではない。
“受け止めた”のだ。
まるで人間の器に収まりきらないものを、強引に押し込んだような……そんな感覚。だからこそ、今の俺は理解している。
――焦る必要はない、と。
時間をかけて体を慣らし、魔力を馴染ませ、力を自分のものとしていけばいい。叡傑竜の顔を思いは浮かべながら俺は静かに呟いた。
「ありがとう」
俺は深く息を吸い、ゆっくりと拳を握った。
「……よし」
拳の中で新たに手にした力が脈動するのを、確かに感じた。
どれだけ前へ進めるのか。
これからどれだけ強くなれるのか。
――その未来を想像するだけで、胸が高鳴る。
そして、心躍ることがもう一つあった。
今日、ついに、バルクの元へ預けていた“俺の剣”が戻ってくる。父の形見が、長く振るってきた俺の剣が戻ってくる。その瞬間を思うだけで、自然と口元がほころんだ。
そして、俺は勢いよくベッドから跳ね起きた。
まだわずかに眠気の残る身体を叩き起こすように、寝巻きから素早く旅装へと着替えていく。
腰に――いつもあるはずの“重み”がない。
剣がないだけで、こんなにも心がそわつくのかと自分でも驚くほどだった。けれど同時に、胸の奥底には一つの感情がふつふつと湧き上がっていた。
期待。
昨日までの不安や疲労とは正反対の、眩しいほど前向きな感情だ。
今日、ついに戻ってくる……
俺は希望に満ちた目で息を吸い込み、宿屋の扉を勢いよく押し開けた。
向かう先は――バルクの工房。
走り出した瞬間、身体が羽のように軽かった。
風の抵抗すら感じない。いや、むしろ俺の方が風を追い抜いている。通りを駆け抜けると、俺の残した風の尾が周囲の紙片や落ち葉をさらい、人々の服を揺らす。
通りすがった人たちは、俺の残像を追い目を丸くする。
「は、速っ!?」
だが、俺は気にも留めずただ一直線に工房を目指した。
そして――
視界にあの屋根が見えた瞬間、胸がどくんと高鳴る。鍛冶場特有の熱気と鉄の匂いが漂うその工房は、まるで俺を待ち構えていたかのように輝いて見えた。
扉に手をかけ、期待を胸に押し開ける。
キィィ
木と木が擦れるよう音。
その木製の扉が開いた瞬間――
「よぉ!坊主!待ってたぜ!」
豪快な声とともに、バルクの満面の笑みが目に飛び込んできた。その声を聞いただけで、胸の奥が一気に熱くなる。
バルクは俺に軽く手を上げると、カウンター奥の作業場へ歩いていく。そして、両手でそっと抱えるようにして一本の剣を持って戻ってきた。鞘に収められ、その存在感だけで空気を震わせるような――俺の剣だ。
カウンターに静かに置き、バルクは誇らしげに口角を上げた。
「鞘は大サービスだ!こんな上質なミスリルを扱えるなんてよ……鍛冶屋冥利に尽きるってもんよ!」
バルクは豪快に笑い、胸を張った。
そして、興奮を隠しきれない少年のような笑みを浮かべ、身を乗り出して言う。
「坊主!早速だ……その剣、抜いてみてくれ!」
促されるまま、俺はカウンターに置かれた剣へと手を伸ばす。鞘に触れた瞬間、微かな冷気が指先を撫でた。ミスリル特有の、金属とは思えぬ澄んだ感触。
ごくりと息を飲み、俺はゆっくり、慎重に鞘を引き抜く。
すらり――。
空気を裂く音とともに、剣身が現れた。
片手で構え、自分の顔の前へ静かに翳すと、剣身は窓から差し込む陽光を受け、淡い蒼光を帯びて輝き出す。それは金属の反射というより、まるで剣そのものが呼吸しているかのような、生きた光だった。見惚れてしまうほどの妖しい美しさに、胸の奥が熱くなる。
――だが次の瞬間。
「……ッ!」
腕の奥底から、ぞわりと何かが逆流するような感覚が走った。
魔力が……吸い取られている?
まるで剣が俺の魔力を欲しているように、流れが勝手に剣へと引っ張られていき、額に嫌な汗がにじむ。
何かがおかしい――。
そう思った刹那。
淡く蒼く輝く蒼光は次第に揺らぎ、炎のように揺れたかと思うと、みるみるうちに紅へと染まり――蒼炎が、赫に侵食されていくように、剣全体が妖しい紅の輝きに包まれていった。
読んで頂きありがとうございます!
ゆっくりとグレイノースのモデリスク王国への旅立ちが迫っております!
あと2話ほど、続きますがお付き合いください!
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次回は明日19時00分の投稿予定です!
明日も世界観を膨らませていくので
ご期待ください!
明日もこの時間にお会いしましょ!




