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第37話 終息"隣国の闇と決意"




 叡傑竜――ヴレイヴニールから託された“膨大すぎる力”を抱えたまま、俺はフィーネの身体を支えながら座標をラディナ村に指定し転移を発動した。

 

 そして、次の瞬間。

 

 迷宮最深部の風景は弾け飛び、視界いっぱいに広がったのは――ラディナ村近郊の草原だった。周囲はすっかり闇に染まり、夜の(とばり)が大地を(おお)っていた。月明かりだけが細く地面を照らし、森の影を長く引き延ばしている。


 指定した場所とズレている……


 叡傑竜(ヴレイヴニール)の膨大な魔力を扱う感覚は、まるで初めて異国の武器を握るようなものだった。

 使えはする。だが、狙い通りにはいかなかった。

 肩で揺れるフィーネの呼吸は浅い。

 血の匂いが微かに風に流れ、彼女の体温がじわりと弱っていく。


「フィーネ!頑張れ!、あと少しで村だ……!」


 必死に声をかけながら、俺はもう一度"転移"を使おうと魔力を練り上げる。


 その瞬間――


 ズキッ!!


「っ――あぐ……!」


 脳が内側から針で突き刺されたような鋭い痛みが走り、思わず膝が折れかけた。胃の奥がひっくり返るほどの吐き気、骨を(きし)ませるような倦怠感(けんたいかん)。身体の中に溢れる魔力が明らかに“俺の器”からはみ出している。

 直感に似た何かが俺にそう告げている。

 

 ――魔力を無理に使えば、身体が壊れる。


 叡傑竜(ヴレイヴニール)が託した莫大(ぼうだい)な魔力。

 本来なら、成長の過程やスキルを経て、少しずつ器を広げるはずの魔力容量。そのプロセスすら飛ばして無理やり押し込まれた今の俺は、まるで小さな水瓶(みずがめ)に湖を流し込んだような状態だった。

 

「くそっ……」


 転移を諦め、フィーネの腕を肩に回してゆっくりと歩き出す。激痛が走るたびに視界が明滅(めいめつ)するが、それでも足を止めることはできない。

 ひとつ、またひとつと前に踏み出すたび、遠くの森の向こうに――ラディナ村の灯りが、微かに見えた気がした。ラディナ村の門が見えた頃には、夜気(やき)が肌を刺すほど冷え込んでいた。

 村の門の前に二人の男の姿が見える──門前に立っていた二人の甲冑姿の男が、息を呑んで大きく目を見開いた。


「──おい! 大丈夫かっ!?」


 金属音を鳴らしながら駆け寄ってくる二人。

 月明かりに照らされた胸当てには、威厳を感じさせる紋章が刻まれていた。

 王都アルセリオンの騎士団の紋様──。

 その紋様を見た瞬間、胸の奥の緊張が一気にゆるむ。俺は限界寸前の腕でフィーネを抱えたまま、片方の騎士に声も出せずに彼女を託した。


「ああ.....任せろ....」

 

 そう言った騎士は驚くほど丁寧に、そして急ぐようにフィーネを支え上げる。

 もう一人は俺の肩にそっと手を添え、崩れ落ちそうな俺の体を支えながら村の中へと誘導した。

 村に足を踏み入れた瞬間──灯りが揺れ、ざわめきが広がる。

 バルド村長、トリストン村長、メルナ。さらに村人たち、そして王都から派遣されたと思われる騎士たちまでが集まり、俺の姿を見るなり、次々と安堵(あんど)した表情を浮かべた。

 その中心で、フィーネを抱える騎士が鋭く叫ぶ。


「重症者だ!医師と回復術師を呼んでくれ!」


 その声に応えるように、近くにいた若い騎士が静かにうなずき、地面を蹴って駆け出していった。鎧が揺れる音が遠ざかっていく。

 俺を支えていた騎士は、優しく、壊れものを扱うように俺を村の広場に置かれた野良椅子(のらいす)へゆっくりと座らせた。


「無理をするな.....」


 彼の声が、少しだけ滲んだ。


 ──あぁ……生きて、帰ってこられたんだ。


 村の灯りと、どこか懐かしい土の匂い。

 それらに包まれて、張りつめていた緊張がじわじわとほどけていく。

 そんな俺のもとへ、勢いよく駆けてきた影が三つ。


「大丈夫か……!?」

 

 最初に声を掛けてきたのは、真剣な表情を浮かべたトリストンだった。そのすぐ後ろから、バルド村長が太い腕を広げるように近づいてくる。


「心配してたぜ!本当に無事で良かった!」


 さらに、小さな体で懸命に駆けてきたメルナが、涙をにじませながら俺の手を握った。


「お兄ちゃん!本当に大丈夫……?」


 みんなの顔が揃った瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなる。しかしその温かい空気をかき分けるように、金属を擦る音が近づく。

 甲冑(かっちゅう)姿の王都騎士が一歩前に出た。どこかで聞いた記憶のある声が、兜の奥から響く。


「……グレイノース君!」


 その騎士は兜を脱ぎ、月光(つきあかり)と焚き火に照らされた素顔を見せた。


「久しぶりだな。急で悪いが──事情を聞かせてくれないか?」


 顔を見た瞬間、記憶が一気に呼び起こされる。ライエルと共に行動していた、あの真面目な騎士──ロナン。

 まだ王都を離れて数日しか経っていないはずなのに、その姿がひどく懐かしく感じた。あの訓練場の空気、王都の騎士団の慌ただしさ。その全部が一瞬でよみがえる。

 胸の奥に湧き上がる思いを押し込め、俺は急いで声を張った。


「実は──グラッドって男が……!今すぐ捕まえないと……!」


 焦る俺に、ロナンは肩にそっと手を置いた。その手つきは"落ち着け"と言わんばかりにゆっくりと、温かい。


「安心しろ。グラッドはすでに国内で指名手配されている。捕まるのも……時間の問題だろう」


 ロナンはそう言って、俺の肩からそっと手を離した。その声音には、確信と、そしてわずかに怒りの色が混じっている。

 俺が驚きと困惑を隠せずに視線を向けると、ロナンは表情を引き締め、説明を続けた。


「実はな……ここ最近、この国で誘拐事件が連続して起きていたんだ。どれも手口が巧妙で、犯人の尻尾が全然掴めなかった。

 だが──数日前に、幸運にも逃げ出すことに成功した子どもが保護されてな」


 ロナンの声がほんの少し震えた気がした。

 それだけ事態が深刻だったのだろう。


「その子が証言したんだ。“首謀者は、グラッドという名の冒険者だ”……とな」


 その瞬間、背筋に冷たいものが走った。


 ──あいつが、誘拐事件の黒幕。


 "メルナを(さら)った"と言ったあの時の言葉。その理由に俺は納得した。

 そしてロナンは話を続ける。


「調べた結果、グラッドがこの村に潜伏している可能性が高いと判明した。そこで我々が先行隊として派遣されたわけだ」


 状況が頭の中でゆっくりと繋がっていく。そしてロナンは、さらに深い溜息を落とした。


「我々が村に着いたとき、君たちがグラッドと一緒に迷宮へ入ったと聞いて……正直、嫌な予感しかしなかった」


 ロナンの眉が(わず)かに(ゆが)む。その目には、心からの心配が浮かんでいた。


「すぐに王都へ応援を要請した。援軍が到着し次第、我々も迷宮に突入する予定だったんだ」


 そこでロナンは俺をじっと見つめ、言葉を区切った。


「それにしても──」


 ロナンは、一度視線を落とし、何か言葉を探すように沈黙した。そして数秒後、ふっと表情を明るくして顔を上げ、まっすぐ俺を見つめた。


「それにしても──本当によかった!君たち"二人"が無事で……!」


 その言葉が胸に刺さった瞬間、喉の奥がぎゅっと締め付けられた。


 "二人"


 その響きが、アルの姿と重なり、胸の奥から悔しさがせり上がってくる。俺は、唇を噛みしめ、静かにロナンへと言葉を紡いだ。


「ロナンさん……実は──」


 そこから俺は、迷宮の中で起こったことを全て話した。


 グラッドの裏切り。

 アルの死。

 そして──叡傑竜との闘い。


 俺は叡傑竜を倒したことは告げたが、叡傑竜(ヴレイヴニール)から力を授かったこと、俺のスキルのことは伏せた。ロナンは、叡傑竜を倒したと聞いた瞬間、目をむいて固まった。


「……上位竜を……倒した……?」


 声は震え、口は半開きのまま。まるで目の前で俺の実力を確信するような表情だった。

 話し終える頃には、ロナンは腕を組み、深く考え込むように眉間に皺を寄せる。


「なるほどな……グラッドは一般の冒険者パーティーに紛れ込んで、裏で暗躍してたわけか。

 だが──どうにも気になる点が多すぎる……」


 ロナンは腕を組んだまま、ゆっくりと視線を夜空へ向けた。星の光を反射する瞳が、かすかに揺れる。

 しばらく沈黙した後、彼は重い口を開いた。


「……エルフの村を襲った盗賊団は、モデリスク王国の冒険者で、メルナちゃんを攫おうとした連中もまた、エルフの盗賊と繋がっていた。そして誘拐の首謀者がグラッド……彼が使ったと言う"転移石"……」


 淡々(たんたん)と語られる事実が、逆に恐ろしく響く。ロナンの表情は、徐々に険しさを増していった。

 その次に彼が口にする言葉を、俺は薄々察していた。


「やはり……この一連の誘拐事件には、モデリスク王国が何らかの形で関わっている可能性が高いな……」


 その言葉が落ちた瞬間、空気が重く沈む。

 グラッドが使用したあの黒い石――“転移石”。

 宮廷付きの魔術師たちが、何十人で何年もかけてようやく作り上げるほどの、桁外れの魔力の塊だ。その製作過程は極めて複雑で、国家級の秘術とも呼べるもので、簡単に外へ流出するような代物ではない。

 だからこそ、一般の冒険者や商人の手に渡ることなどまずありえない。


 転移石を所持できるのは――

 王族、そして限られた一部の貴族だけ。


 つまり。


 あのグラッドが転移石を持っていたという事実ひとつで、モデリスク王国との黒い繋がりは、もはや否定しようがない。

 ただの盗賊団の首謀者ではない。背後にいるのは、国の中枢。"モデリスク王そのもの"なのか。あるいは"それに近い権力者"なのかもしれない。

 もしそれが事実なら──ラナリア王国とモデリスク王国の国際問題に直結する。最悪の場合、国同士の衝突……戦争すら起こり得る。

 ロナンはその未来を想像したのか、顔色を変えて叫ぶ。


「すまん!私は至急、王都へ戻り陛下に報告しなければならん!」


 言うが早いか、ロナンは手を上げて部下へ合図を送る。


「撤収する!一部の騎士は予定通り村の護衛として待機しろ!」


 甲冑(かっちゅう)の音が一斉に鳴り響き、王都の騎士たちは素早く動き出す。ロナンは最後に俺の方へ振り返り、力強い視線を向ける。


「仲間の死は、君にとって辛いものだったかもしれない……だが、悲観(ひかん)する事はない!それでも君は一人の仲間を守ったんだ!」


 その言葉を残し、ロナンは騎士たちを率いて夜の闇へと消えていった。

 去っていくロナンたちの背中を、俺はしばらく黙って見送っていた。夜風がふっと吹き、火を灯した松明(たいまつ)の炎が揺れる。


 ――偶然か、あるいは必然か。


 そんな言葉が胸の奥で静かに響く。

 いずれにせよ、俺は近いうちにモデリスク王国へ向かわなければならない。父の死の真相を追うため。そして、自分の目で確かめるため。

 だが──モデリスクへ踏み入るということは、危険の只中へ飛び込むのと同義だ。向こうに何が待ち受けているのか分からない。生きて帰れる保証すら無い。

 それでも。これ以上、この国の誰かが盗賊や誘拐犯の手によって傷つけられるのは見ていられない。

 

 必死に助けを求めていたメルナの姿。

 アルの戦っていた背中。

 フィーネが俺を信じて魔法を放ってくれた時間。

 

 全部、全部が胸に焼きついている。


 確証はない。

 ないが……。


 もしグラッドがモデリスク王国の冒険者なら

 ──奴は必ず、その国に戻る。

 俺とフィーネを裏切り、アルを"殺した"男。

 絶対に逃がすわけにはいかない。


「……必ず、俺が倒す」


 握りしめた拳が震えた。

 それは、恐怖ではなく、決意。その震えは、胸の奥から湧き上がる熱と共に、確かな形を持っていく。

 

 これは誓いだ。

 俺自身に向けた、揺るがない誓い。

 

 夜空を見上げた星は、まるで何かを見守るように静かに(まばた)いていた。



読んで頂きありがとうございます!

明日から新章モデリスク王国編(仮)を執筆します!

ブックマークと評価頂けると作者の励みになります!


次回は明日19時00分の投稿予定です!

明日は、グレイノースに何かが起こる!?

新しい設定も出てくるのでお見逃しなく!


明日もこの時間にお会いしましょ!

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