第36話 終息"迷宮からの帰還"
俺――グレイノースの意識の奥に、倒したはずの叡傑竜の声が重く、しかしどこか澄んだ響きで流れ込んでくる。
“我のすべてを託そう”
たしかに、そう言った。だが、その言葉はあまりに唐突で、あまりに意味が掴めない。
(……どういう意味だ?何を託すっていうんだよ)
困惑をそのまま返すように問いかけると、叡傑竜は落ち着いた、まるで年長者が子供に教えるような声音で返してきた。
(そのままの意味だ。何をいまさら驚く必要がある?お主は――スキルを奪えるのであろう?)
その瞬間、俺の全身がびくりと跳ねた。胸の奥に隠し続けてきた秘密。それを、あっさりと言い当てられた衝撃で、息が詰まるほど驚く。言葉が……いや、思考さえ止まりかけた。
(な、なんで……?)
呆然とする俺に対し、叡傑竜は静かに、しかしどこか楽しげに言葉を続ける。
(何をそんなに驚く?他者の能力が“見える”お主が、我には見えぬとでも思ったか?――我にもある。お主と同じ、“真眼”がな)
真眼――その名を聞いた瞬間、思わず息を呑む。たしかに、真眼を持っているなら、俺の能力を見抜くこと自体は不思議じゃない。叡傑竜ほどの存在が持っていてもおかしくない。だが、それでも引っかかる。
(真眼……そこまではわかる。だが、どうして俺が“転移”で他人のスキルを奪ってるって分かった?そこまで見抜けるのか?)
それは俺にとって、ごく素朴で、しかし核心に触れる疑問だった。叡傑竜は真眼以上の何か……未知のスキルを持っているのかもしれない。そう思った矢先――叡傑竜はふっと、懐かしむような、どこか遠い記憶を思うような柔らかな口調で語り始めた。
(……数千年前のことだ。お主と同じように“転移スキル”を扱う男に出会ったことがあってな。お主のステータスを覗き見たとき、妙な既視感を覚えた。スキルの並びがあまりにも“異常”だったゆえに)
数千年――その長い何月の中で叡傑竜が記憶に残した相手、その事実だけで叡傑竜の語る相手がどれほどの実力だったか容易に想像できた。だが同時に、胸の奥がざわつく。
似た使い方をする人間が俺以外にもいたなんて.......
(どんな奴だったんだ……?)
気がつけば、そんな疑問が自然と浮かんでいた。 叡傑竜が言うその男は、いったいどんな強さを持ち、どんな生き方をしていたのか――知りたいと思ってしまった。
その人物について聞こうと意識を向けた、まさにその時。"ふっと"世界が遠のくような感覚が襲ってきた。
(……ん?)
視界の端が暗く沈んでいき、思考が砂のように崩れ落ちる。声にならない声が漏れる俺に、叡傑竜がわずかに焦りを滲ませた声で言った。
(……そろそろか。まもなく、お主の命は尽きる)
静かで、だがどこか急かすような声音。
(その前に……お主に“我のすべて”を譲渡する)
命が尽きる――その言葉が、冷たい刃のように胸へ突き刺さる。
死……怖い。
怖いはずなのに――俺の口から出た言葉は、自分でも意外なほど他人のことを案じていた。
(そんなこと……したら……あんたの命も、消える……だろ……)
自分でも驚くほど弱々しい声だった。だが、叡傑竜はそれに対して、長い生を終える者特有の満ち足りた気配を放ちながら、ゆっくりと言葉を返した。
(構わぬ。……我は長く生きすぎた。それに――)
一瞬、叡傑竜の声に猛々しい炎のような誇りが宿る。
(我を倒したお主が、あんな小物に殺されるなど……我がプライドが許すはずがなかろう!)
その言葉を最後に、何かが一気に俺の中へ流れ込んでくる。熱い奔流。冷たい知識。圧倒的な魔力の渦――それらが混ざり合いながら、俺の身体の隅々へと染み渡っていく。
(……最後に、あんたの名前を――教えてくれないか?)
ぼやけていく意識の中、それだけはどうしても聞いておきたかった。俺を見抜き、力を託し、最後の瞬間まで対等に“言葉”を交わしてくれた存在の名を。
その問いに、叡傑竜は驚いたような声を漏らす。
(……我の名を、か?)
(ああ。そうだよ。……竜だって、名前のひとつくらいあるんだろ?)
軽く言ったつもりだったが、心の奥は真剣だった。この存在が、ただの“魔物”なんかじゃないことを、俺は嫌というほど理解していたからだ。
一瞬の静寂――次の瞬間、叡傑竜は腹の底から豪快に笑い声を響かせた。
(ガァッハッハッハッ! 面白い!我の名を聞きたいと申す人間がこの時代にまだおるとはな!)
笑いは長く続き、まるで心の底に溜まっていた何かを洗い流すかのように伸びやかだった。やがて笑いが収まり、わずかな沈黙が挟まる。
空気が切り替わったような静けさ――叡傑竜の声は、今までで一番澄んでいた。
(……よかろう。我が名は、叡傑竜……ヴレイヴニール……)
名乗りの瞬間、重く、深く、古の魔力が震えるように響いた。その名前は耳ではなく、魂に刻まれるように染み込んでくる。
ヴレイヴニール――それが、彼の名。
名を告げ終えた瞬間、ヴレイヴニールの気配がすっと薄れていくのが分かる。
長い旅路を終え静かに安らぎへ還っていくかのように。ゆっくりと。穏やかに。確かな終わりを受け入れるように――。
(……ヴレイヴニール……?)
呼びかけようと唇を動かしたが、その声はもう届かない。
その名を胸に刻み、ゆっくりと瞼を開いた。俺のすぐ隣には、横たわる巨大なヴレイヴニールの亡骸がある。さっきまで確かに声を交わし、魂の奥底に触れ合った存在が――今は静かに、まるで長い務めを終えた賢者のように安らぎへと還っている。その姿は壮大で、どこか神聖で……そして、不思議なほど穏やかだった。
俺はゆっくりと、地面に手をついて身体を押し上げる。数分前まで立つことすらできなかったはずの脚に力が戻っている。折れたはずの肋骨も、砕けたはずの筋肉も、痛みの欠片さえない。
――いや、むしろ。
まるで新しい身体に作り変えられたかのように、軽い。熱が、魔力が、脈動のように身体の奥で満ちていく。
だがその奥底に、わずかだが“違和感”があった。それが何かを考える余裕はなかった。俺はそっと膝をつき、ヴレイヴニールの亡骸に手を添え、小さく呟く。
「……ありがとう」
もし出会い方が違っていたら――もし敵としてではなく、友として出会っていたなら――そんな想像が胸に浮かび、痛みのような温かさが胸を締めつける。
だが、立ち止まってはいられない。俺はすぐにフィーネとアルの元へと駆け寄った。
アルその小さな身体に触れた瞬間、俺は理解した。
もう――遅い……
胸の奥にナイフを突き立てられたような痛みが走る。叫び出したいのに、声は出ない。涙が溢れそうになるが、それすら許されない。
今次は――フィーネだ。
「フィーネ!」
彼女の体は血に濡れ、深い傷がいくつも刻まれていた。それでも……間違いなく呼吸の気配がある。
「生きてる……生きてる……!!」
俺は必死に彼女の名前を呼び続ける。意識を繋ぎ止めるために。これ以上、誰も失わないために。
ヴレイヴニールの力で何かできるかもしれない――そう思い、ステータス画面を開こうとした。
……だが。
冷静になれ。
助けるための最短は、ここじゃない。
村へ――!
脳裏に強烈な“直感”が走る。
まるで誰かに導かれるように確信した。
――今なら使えるかも知れない
そう信じて、俺はフィーネの身体を支えながら魔力を練り上げる。体内を巡る魔力は、以前とは比にならないほど純度が高く、鋭く、そして強い。次の瞬間、景色が歪む。
――《転移》。
移動先は、ラディナ村。
俺とフィーネの身体が残像を残して空間から消し飛び、次の瞬間には、まったく違う場所の景色が視界に広がっていた。
読んで頂きありがとうございます!
少しずつですが、ブックマークが増えているので、読者の方が増えてると思えて頑張れてます!
次回は明日19時00分の投稿予定です!
明日は、伏線が回収されていくかも?
もう少し伏線を撒けば良かったと思ってます笑
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※作者の執筆の都合で
毎週時間が変わってすみません。
今後も投稿時間が変わるかもですがよろしくお願いします。
今週は、土日以外19時に投稿できるよう致します!




