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外伝 剣聖の憂鬱《王女との災難②》

 



 私――ライエル=アウルオンは今まさに、生涯(しょうがい)でも指折りに入る“未知との遭遇”を果たしていた。

 テーブルの上に並べられた、宝石のような色とりどりのスイーツ。瑞々(みずみず)しい輝き、ふわりと甘い香り、見ただけで満腹になりそうなほどの存在感。


 ……しかし私は、この鮮やかな敵を前に、どこから攻めていいのか分からず完全に硬直していた。


 そんな私を横目に、リアナはというと――


「ん〜〜っ、しあわせ……!」


 まるで天使のような笑顔で頬をゆるませながら、次々とスイーツを口へ運んでいる。

 そのあまりの無警戒さに、思わず警備の身として注意したくなったほどだ。


 だが――今日は任務ではなく、お忍びだ。

 そして彼女は、ただただ楽しそうだった。


 私は観念し、スプーンを震える手で持ち上げる。そっとスイーツをすくい、恐る恐る口へ運んだ。


 ――次の瞬間。


「……っ……!?」


 脳天を直撃する衝撃。

 甘い。柔らかい。ほどける。

 

 そして、気がつけば心まで甘く満たされていく。


 美味い……!

 いや、美味いなんてもんじゃない。


 これは……感動だ。


 私は夢中でスプーンを進めていた。

 気づけば、目の前のスイーツは跡形もなく消えている。


「……少し、物足りないな」


 つい本音が漏れてしまった。


 すると向かいの席で、リアナがぷにっと頬をゆるませ、満足げに微笑んでいた。


 まるで――

 "ほら、ライエルもハマったでしょ?"

 

 そう言いたげな、得意な満面の笑顔で。


 私は、少しだけ肩をすくめながら食後のコーヒーへ口を近づけた。

 湯気の向こうに揺れる黒い液面。ひと口含むと、舌の上に広がる苦味が、先ほどまでの甘美なスイーツの余韻をきれいに洗い流してくれる。

 

 ……うん、これはこれで悪くない。

 むしろ落ち着く。


 そんな私を、目の前の王女――リアナはじっと見つめていた。

 そして、何かを思い出したようにぱちんと手を叩くと、先ほど屋台で手に入れていた“例のもの”を取り出した。


 「ねぇねぇ、この仮面、ライエルに似合いそうじゃない?」


 ……まただ。

 絶対にまた何か言い出すとは思っていた。


 リアナの手にある仮面は、どう見ても一般人が気軽に身につけるような代物ではない。

 黒曜石(こくようせき)めいた光沢、刻まれた不気味な紋様(もんよう)、どこからどう見ても禍々(まがまが)しい。

 私が警戒心むき出しの視線を向けても、リアナはというと――。


「ほらほら! つけてみてよ! 絶対似合うって!」


 満面の笑みである。

 

 ……この人は本当に王女なのだろうか。


 あまりにもしつこく迫られるので、私は深く息を吐き、観念して仮面を手に取った。


「……わかった。つければいいんだな?」


「うんっ!」


 リアナの期待に満ちた瞳に押されるまま、私は仮面を顔へと当てた。

 

 そして――。


 カチリ、と何かがはまるような感触。


 その瞬間、リアナの表情が固まった。


「え……?あれ……?」


 さっきまで嬉しそうにしていた彼女の顔から、すぅっと血の気が引いていく。

 代わりに浮かび上がるのは戸惑い、そして焦り。


「え、え、ちょっと……ライエル……?」


 なぜそんな顔を?

 

 問いかけようとしたその刹那――。


 店内に鋭い悲鳴が響いた。


「きゃああああああぁぁっ!!」


 誰かが叫んだ。

 続けて別の方向からも悲鳴が上がる。


 私は反射的に立ち上がり、周囲を見渡した。

 客たちの視線が、一斉にこちらへ――いや、私へ向けられている。


 その中の一人、怯えた表情の女性が震える指で私を指し示した。


「オ、オーク……!オークが……いるわよ!!」


 ……オーク?


 は?


 頭の中に、疑問符が大量発生する。


 私はただ仮面をつけただけだ。

 甘味と苦味の余韻が残る、いつもと変わらない食後のひと時だったはずなのに。


 なのに――なぜ、私が“オーク扱い”されているんだ?


 思考が追いつかないまま、私はゆっくりとリアナの方を見る。


 リアナは真っ青な顔で、震える声を絞り出した。


「ら、ライエル……その仮面、もしかして……」


  ――そして。

 

 リアナが何かを言いかけた、その瞬間だった。


 状況を飲み込めず固まっている私の耳に、店の入口からドタバタと重い足音が響く。扉が勢いよく開かれ、甲冑のぶつかる音とともに数名の騎士たちが雪崩れ込んできた。


「――動くな!」


 鋭い怒号が響き、店の空気が一瞬で張り詰める。

 そして、信じられないことに――彼らが向けた剣先も槍先も、すべて私へ一直線に向いていた。


 なんだこの状況は。

 どうして甘味処(かんみどころ)で食事していただけの私が、まるで魔者の出現みたいな騒ぎになっているんだ。


「なぜ街中に……オークが……!」


 騎士たちの先頭へ歩み出てきた男の声が耳に届いたとき、私は思わず息を呑んだ。

 

 聞き覚えのある声だった。


「ロ、ロナン!? いきなりどうしたんだ!」


 殺意を帯びたその眼差しが、まさか自分に向けられる日が来るとは思わなかった。

 私の副官、ロナン。

 忠誠心の強い部下であり、長く共に戦場を駆けた仲間。

 その彼が、まったく躊躇なく剣を構え――本気で私を敵として見ている。


 どうしてだ。

 理解が追いつかず、私は震えそうになる声を無理やり押しとどめた。


「ロナン! 私だ!……見ればわかるだろう!?」


 しかし、ロナンは眉一つ動かさない。

 まるで “聞きたくもない” と言わんばかりに、鋭い眼光で私を睨み続ける。


「言葉を話すオークだと……」


 オーク。

 まただ。

 どうして誰も彼も、私をオーク扱いするんだ。


 私は焦りながらリアナを振り返った。

 するとリアナはゆっくりと、しかし確かな震えを帯びた声で言った。


「ライエル……その……顔が……オークになってる……」


 店内のざわめきが遠のいた気がした。

 頭の中が一瞬で真っ白になる。


 ――ああ。

 やってしまった。


 あの店主が言っていた、認識阻害....他からは確かに私だと気づかない。

 その代わり、私の姿はオークに見えているのだ。


 これは明らかに、つけてはいけない類の仮面だ。


 そして、仮面を力強く剥がそうとしても顔に張り付いて取れない....


 ……災悪だ


 私は深く、心の底からそう思った。


 店内は騒然(そうぜん)。人々のざわめき、戸惑い、恐怖の混じった叫び――そのすべてが耳に飛び込む。

 

 だが不思議と、私はなぜか冷静だった。


 副官ロナン――長年の付き合いで私の動きを知り尽くす男――は、鋭い眼光で私を睨みつつも、なぜかリアナの顔にも視線を向けていた。

 

「ん?.....どこかで.....」


 その微かな疑問が、私の胸をさらに複雑にした。しかし、このまま騒ぎになれば、王女のお忍びが台無しになる。

 ――騎士たちは、その事実を知らないのだ。


 私は意を決した。

 リアナをそっとお姫様抱っこで抱き上げ、重い足音を避けるように素早く動く。

 鋭利な剣を突きつける騎士たちを、体当たりで突き飛ばす。窓ガラスが割れる音を背に、店の外へ飛び出した。


 街路に飛び出した瞬間、周囲の人々が目を丸くし、驚愕の表情で私を見ていた。

 ――だが、そんな視線は気にならない。今はただ、逃げることだけを考える。


 その直後、騎士たちは血相を変えて私を追いかけてくる。通りを走り抜け、路地を曲がり、どこへ逃げても容赦なく追跡してくる。

 初めて追われる身になり、私はある事に気付いた。


 ――この国の騎士たちは、想像以上に優秀だ、と。


 育てたのは....あっ、私か....


 複雑な思いを抱えながらも、私は街を駆け抜ける。抱えたリアナの髪が風に揺れ、彼女の笑顔――いや、半ばパニックな表情――が胸に迫る。


 追ってきた騎士たちを撒き、暗くひっそりとした裏路地に身を潜めた。街のざわめきは遠く、ただ微かな風が路地を通り抜けるだけ――その静寂が、少しだけ私の心を落ち着かせてくれた。


 だが、どうしたものか。

 先ほどの道具屋に戻って仮面のことを問いただすべきだろうが、今の状況で不用意に動くのは危険すぎる。

 ――それに、この仮面のせいで、私のスキルもまるで使えない。


 ……この仮面、強力すぎるだろ


 不安が胸をよぎる中、私は息を整え、抱えたリアナを見つめて言った。


「も、申し訳ない……私のせいで、こんな大騒ぎにしてしまって」


 少し恥ずかしさと責任感を込めて告げた私の言葉に、リアナは目を輝かせ、途端に大笑いを始めた。


「はっはっはっ!オークが……喋ってるっっ!」


 その無邪気で楽しげな笑い声に、私の中の不安は不思議と少しずつ溶けていく。街を走り回る騎士たち、割れた窓、騒然とした人々――すべての緊張感が、今は遠くに感じられた。


 リアナが笑い疲れると、私の顔をまじまじと見つめ、声をかけてきた。


「はぁっ、はぁっ……その仮面、多分、呪いみたいなものでしょ?でも呪いなら、王宮に戻って神官たちに解除してもらえばいいのよ!」


 リアナの言葉に、私は苦笑いを返す。

 

 ――確かに、呪いなら神官に頼むしかないか。だが、この騒動の後で王宮に戻れるのか……ふと、また困惑が胸をよぎる。


 「確かに、それは良い案なんだが……王宮に戻るまでに、人目につかないか心配だ」


 そう告げる私に、リアナは得意気に胸を張った。


「忘れたの!?私たちが昔、お城を抜け出したときに使ってた秘密の入り口があるじゃない!」


 ――秘密の入り口。微かに覚えている。

 街の少し外れにひっそりとある、草木に隠れた小さな穴。その穴の先には、城へと繋がる隠された通路があったのだ。


 思い出すだけで、幼い頃の冒険心が蘇る。

 

 よく二人で、黙って城を抜け出しては、陛下や父に怒られたっけ……。


 そんな懐かしい記憶を胸に、私はリアナと共に抜け穴をくぐり抜け、城へと戻った。

 薄暗い通路を抜け、城内の広間に出た瞬間、最初に出迎えた陛下の視線は警戒に満ちていた。


「リアナ、そいつは一体……?」


 だが、リアナが私の代わりに説明すると、陛下の表情は徐々に和らいだ。

 そして、リアナと同じように、陛下は思わず腹を抱えて笑い転げたのだ。


「はっはっはっ!なんじゃその姿はっ!」


 その笑い声は、玉座の間にまで響き渡る。笑いがようやく落ち着いた頃、陛下は神官を呼び、私の顔に張り付く仮面を外してくれた。


 その瞬間、ようやく私は自分の顔を見ることができた。

 ――恥ずかしいやら、安心するやら、複雑な気持ちが混ざり合う。

 でも、それ以上に、リアナの無邪気な笑顔と、陛下の笑い声に包まれ、どこか心地よい余韻が胸に残ったのだった。


  その後、ロナンが血相を変えながら、息を切らして報告に駆け込んできた。


「ライエル……!人語を話す新種のオークが現れ、女の子を連れ去った――!」


 あまりに慌てふためくロナンを前に、説明する余裕はなかった。

 

 どこかのタイミングで、きちんと話そう――そう、心の中で思うしかなかった。


 だが、ひとつだけどうしても晴れないものがあった。先ほどの仮面を調べた結果、驚くべきことがわかったのだ。

 

 ――この仮面には、通常の人間では耐えられないほどの強力な呪いが込められていたという。

 

 私以外がつけていたら、即座に命を落としていたに違いない。

 あの時、あの商人は――笑顔で仮面を売っていたが、あの商人は一体何者なのか……?


 この時の私はまだ知らなかった。

 この騒動は、単なる偶発的な騒動ではなく、これからこの国を揺るがす大事件の、ほんの一端に過ぎないということを……。




初めてギャグっぽい回を書きましたがどうでしょうか!

気に入っていただけたらブックマークと評価お待ちしております!

作者の励みとなります!


本編を本日18時にも投稿しますので、気に入った方はぜひ読んでみて下さい!

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