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第4話 無能と呼ばれる英雄の子




 ある日の早朝――――。


 (きり)がまだ村を包み込む。鳥のさえずりと、遠くの小川のせせらぎが、静かな目覚めを告げる。その静寂(せいじゃく)をぶち破るように、扉が勢いよく開いた。


「村長!おはよう!!」


 飛び込んできたのは、一人の少年。彼は15歳の少年グレイノース=リオンハーツ。その瞳は朝日のように輝き、好奇心と元気があふれている。

 村長、トリストン=ハウスは、驚きもせずに微笑(ほほえ)みながら少年を見守った。長年の付き合いで、この光景は日常の一部になっているのだろう。


「おう、グレイ。荷物はそこに置いてあるから、頼むな」


 グレイノーツは軽く(うなず)き、その荷物に手をかざす。

 すると――荷物は光に包まれ、まるで存在しなかったかのように消えていく。グレイノースは少し(ほこ)らしげに笑い、村長の家を後にした。その足取りには、まだ子供らしい(かろ)やかさと、どこか覚悟を秘めた力強さが混ざっている。


 その様子を、村長の隣に立つ一人の男が見つめていた。


 男は静かに口を開いた。


「彼が……あの……?」


 男の視線は、走り去る少年の背中から離れない。

トリストン=ハウスは、少し悲しげな眼差(まなざら)しを少年の背中へ向けながら、静かに答えた。


「ああ……彼が、マグナスの息子だよ」


 その名を聞いた男は、言葉を失った。元気に駆ける少年の背中を追いながら、重く、複雑な想いを胸に抱く。


「彼が……無能の……英雄の子か」


 男は少年の後ろ姿をじっと見つめる。風に揺れる髪や小さな肩にさえ、重すぎる父の名がのしかかっているようで、男にはどうしようもなく(あわ)れに思えた。


 剣聖マグナス=レオンハーツ。

 彼がこの世を去ってから


 六年が過ぎていた。


―――


―――――


―――――――五年前のこと。


俺が......僕が.......まだ十歳だった聖神の儀の日。


 期待に胸を(おど)らせ、教会の石畳(いしただみ)を駆け上がった。村中から集められた、同い年の少年少女たちのざわめきが、薄暗い教会の空気をわずかに揺らす。

 その中に、あの人の姿があった。


 村長、トリストン=ハウス。

 

 リゼル・ハウスの保護者でもある彼は、相変わらず(おだ)やかな笑みを浮かべていた。俺に気がつくと、手を大きく振って声をかける。


「こっちだ!グレイ!遅かったな!」


「ちょっと、稽古してて……」


 そんな俺の肩を、村長は優しく組むと、指を一つの方向に向けた。


「あそこ、見てみろ」


 指の先には――神父の前に静かに立つ、リゼルの姿があった。


 神父の声が教会に響く。


「汝、神よりの天命(てんめい)を聞き、その祝福を受けよ――」


 その瞬間、リゼルの頭の中に何かが入り込む。光でも、風でも、魔力でもない――ただ、神聖なものが彼女を包み込むかのようだった。


剣姫(けんき)……」


 彼女の小さな声は、まるで空気を切る刃のように静かに、しかし確かに教会中に響いた。

 その瞬間、教会の空気が変わる。ざわめきは一瞬で消え、代わりに全員の視線がリゼルに注がれた。

 そして――()き上がる喝采(かっさい)。まるで、町に英雄が降臨したかのように、皆がリゼルを(たた)えていた。俺はその光景を、ただ黙って見つめるしかなかった。

 心の奥で(つぶや)く声は、小さな羨望(せんぼう)と、少しの嫉妬に混じっていた。リゼルは恥ずかしそうに、父――村長トリストンの元へと戻る。長い(すそ)のローブが揺れ、村人たちの視線は最後までリゼルの後ろ姿を追った。


「がんばってね!」


 小さなガッツポーズで、リゼルは俺にエールを送る。その仕草は恥ずかしそうで、それでも力強く、俺の胸に熱いものを伝えてきた。


「ああ……」


 緊張で手が震える。俺は神父の前に歩を進める。村人たちの視線が、まるで皮膚を突き刺すように熱い。剣聖であり英雄である父――マグナス=リオンハーツの息子としての期待が、重すぎる鎧のように俺を覆っていた。


 リゼルは不安そうに、父に小さく尋ねる。


「お父さん……グレイ、大丈夫かな……?」


 村長は娘の頭を優しく撫でる。


「大丈夫さ。スキルはランダムだと言われているが、家系に依存するとも言われている。」


 リゼルは少し安堵(あんど)の色を浮かべ、視線が再び俺へ戻る――その瞳の中の期待と不安を、俺は胸の奥でずしりと受け止める。


 神父の声が再び響く。


(なんじ)、神よりの天命を聞き、その祝福を受けよ――」


 光が頭の中に流れ込む。胸の奥が熱くなり、身体中に力が漲る。俺目の前に広がる半透明の画面、ステータス画面に視線を向けた。


「て……ん……い……?」


 ――その言葉を聞いた神父の表情が凍る。


 "信じられない"という顔で俺を見つめている。俺の胸に去来(きょらい)したのは、ワクワクでも希望でもなかった。スキル名を確認した瞬間、全身の血の気が引く。



【名前】:グレイノース=リオンハーツ


【スキル】

・転移 ー 指定した物を移動させる。


【加護】

・なし



 ――スキル・転移


 物や人を、ある場所から別の場所へ移動させる能力。世界的に見ても、所有者はごく(わず)か。希少なスキルとされるその力は、理論上では強力無比。

 

 だが、条件が一つある。


 "使用者に膨大な魔力がなければ成立しない"


 転移を発動させるとき、物体の重さによって魔力を消費する。さらに、移動させる距離によっても、魔力は容赦なく減っていく。

 熟練の魔導士なら、豊富な魔力を駆使してさまざまな物をさまざまな場所に転移させられる。

 だが――俺にはその条件が、遠い星の話のようにしか思えなかった。

 俺は慌てて、ステータスを確認すし画面に浮かぶ文字が、現実を突きつける。


【魔力:100】


 一般人より、わずかに少ない魔力量。俺の目の前には、ただの数字だけが残されている。


 ――スキルと加護


 人はこれらを手に初めて、モンスターと対峙できる。スキルは力を増幅させ、加護は身体能力や魔力を底上げする。どれだけ鍛錬を積んでも、スキルや加護がなければ、その差は天と地ほどに開く。

 胸の奥がギリギリと締め付けられる。周囲の期待、リゼルの笑顔、村人たちの視線。それらが、まるで重さを持った岩のように肩にのしかかる。

 

 そして、耳の端で聞こえた、(かす)かな声――


「無能力者……」


 その一言は、まるで氷の矢のように心臓を射抜(いぬ)いた。

 この世界で言う“無能力者”――それは、ただ単に能力が無い者を指す言葉ではない。スキルを手にしても、何ひとつ役立てられず、戦えず、守れず、ただ無力に立ち尽くす者を指す蔑称(べっしょう)だ。


「……無能力者……か」


 思わず(つぶや)いたその言葉に、胸の奥がさらに締め付けられる。周囲の視線の重さと、自分の無力さが交錯し、頭の中が真っ白になる。村人たちの期待も、リゼルの励ましも、今は全てが刺さる。


「……くそっ……!」


 拳を握りしめるが指先に力が入らないのを感じる。目の前の世界が、一気に重く、遠く、手の届かないものに見えた。

 それでも――心の奥で、わずかな光ががチラリと見える。

 

 その瞬間、父の言葉を思い出す。


 "スキルはあくまで道具に過ぎない"

 "どんなに強力な力も、使う者次第だ"

 "今している努力はお前を裏切らない"


 ――まだ、諦めるには早い。


 父の言葉を胸に、俺はまだ諦めず、休む()()しんで自分のスキルを試した。


 最初は失敗の連続だった。

 俺の魔力で運べる重さはせいぜい100キロ前後。 移動距離は1メートル――わずかな距離。


 それでも、何度も何度も挑戦する。


 魔力が底を尽きれば、身体は激しい痛みに襲われ、膝から崩れ落ちる。意識が飛びそうになりながらも、手を伸ばし、魔力をかき集めて再び発動――。その苦痛に耐え抜くうちに、あることに気づいた。

 転移を発動させた際、場所を指定せずに物を移動させると、転移先を失った物はその場で消える。そして再び転移を発動させれば、どこからともなく物が現れる――移動させない分、魔力消費も少ない。

 200キロ前後、それが俺が運べる物量の限界だ。ちなみに消えた物がどこへ収納されているのかは不明だ。だが、この発見は、俺にとって小さな革命だった。

 これを応用すれば.....重い物でも難なく別の場所へ運べる戦闘では役立たない“スキル”。それでも工夫次第で役に立つ。


 ーーーーーーー


 ーーーーー


 ーーそして現在


 僕....いや、俺はこの村で、転移スキルを駆使して運送屋として働いている。重い荷物も、遠くの倉庫への物資も、俺のスキルなら軽々運べる。

 村の人たちの「ありがとう」という声が、以前の絶望を少しずつ塗り替えていく。


 努力は裏切らない――そう信じたくて。


 俺は今日も朝の静かな村を駆け抜ける。

冷たい風が(ほほ)をかすめるたび、胸の奥の不安が少しだけ遠のいていく。


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