外伝 剣聖の憂鬱《王女との災難①》
私――ライエル=アウルオンは、国王直々の呼び出しを受け、静かに玉座の間へ歩を進めていた。
だが、その胸中は決して穏やかではない。背筋を撫でるような、あの嫌な予感。長年の戦場で培った直感が、今回ばかりは妙に騒いでいるのだ。
重厚な扉が開き、荘厳な王座の間が姿を現す。私はその中心へと進み出て、片膝をつき、騎士としての礼を正確に取った。
「よく来た、ライエル……実はな……」
国王陛下は、私の顔を見るなり、何やら言いづらそうに眉を寄せた。いつも威厳に満ちた声が、どこか重たく沈んでいる。
言葉を選んでいるような沈黙が流れ――やがて、意を決したように口を開かれた。
その深刻な声音に、思わず私は息を呑む。
「……実はな。
リアナ――王女の“いつものやつ”が始まったのだ」
……ああ。
やっぱり、そっちか。
“いつもの”とは、王女リアナが時折発症させる、例のわがまま……という名の、騎士泣かせの奔放な気まぐれのことである。
よりにもよって、国王陛下自ら困ったように告げるほどの“やつ”だ。そしてなぜか毎回、その矢面に立つのは私、ライエル=アウルオンだ。
王女との縁なのか、巡り合わせなのか――もはや理由などどうでもよくなるほど、これは恒例行事となっていた。
ここまで来ると、使命感というより、諦めにも似た覚悟が胸に宿る。
……また今日も、王女の“いつもの”に付き合わされるらしい。
私は、どこか嫌な予感を抱えつつも、国王に恐る恐る尋ねた。
「そ、それで……今回は一体どのような“ご所望”なのでしょうか?」
国王陛下は、重々しく息をつき、それから静かに口を開かれた。
「どうやら城下で“期間限定のスイーツ”というものが流行っているらしくてな……リアナはそれを食べに行きたいそうだ」
ああ、なるほど……。
確かにリアナ王女は、このラナリア王国の象徴とも言える存在で、生まれ持った愛らしさと明るさで民から深く慕われている。
もし王女が城下街を歩こうものなら——瞬く間に人混みができ、大騒ぎになるのは目に見えている。
……だからこそ、護衛として私が必要というわけだ。
とはいえ私は一応、反論はしてみる。
「あの……失礼ながら、この件、私でなくても他の騎士に任せられるのでは……?」
しかし、国王は申し訳なさそうに視線を逸らし、静かに答えた。
「それがな……幼い頃からの付き合いゆえか、王女は毎回“ライエルがいい”と言って指名しておるのだ」
……やっぱり、そうか。
もう逃げ道はないと悟り、私は観念したように立ち上がった。
「……分かりましたよ!その使命、確かに承りました!」
王が安堵したように微笑むのを背に、私は玉座の間を後にする。
そして――
“いつものわがまま”を発動させた張本人、リアナ王女のもとへと歩き出した。今日もまた、騎士団長ライエル=アウルオンの胃に、小さな試練が訪れるのである。
城下へ同行するにあたり、鎧のままでは目立ちすぎる。
私は執務室に戻り、動きやすい私服へと着替え直した。騎士団長とはいえ、こういうときの“気配を消す努力”は必要なのだ。
身支度を整え、リアナ王女の私室の前に立つ。深く息を吸ってから、控えめに扉をノックした。
「ええっと……王女様。ライエルです。迎えに参りました」
その一言を告げた瞬間——。
バタバタッと慌ただしい足音が聞こえ、勢いよく扉が開いた。
「ライエル!!私と二人のときは“名前だけ”で呼んでって言ってるでしょ!」
金色の髪をわたわたとかき上げながら、リアナ王女が顔を出す。
頬はうっすら赤く、明らかに慌てている。
「それと今!着替えてる途中だから!!もうちょっと待ってて!」
言いたいことだけを一気にぶつけると、彼女はそのままバタンッ!と扉を閉めた。
「……はぁ。いつものこととはいえ、慣れないな」
私は苦笑しながら壁に背を預け、待つことにした。
しかし——。
待てど暮らせど、扉は開かない。
私は一度時計を見上げる。
……一時間経過
まだ出てこない。
……一時間半
廊下を行き交う侍女が、私に同情の視線を向け始める。
……そして二時間
ようやく、カチャ、と扉が開いた。
そこには、春色のワンピースに身を包み、満面の笑みを浮かべたリアナ王女が立っていた。
「お待たせ、ライエル♪行きましょう!」
……この二時間は、今さらだが“いつものやつ”に含まれている。
こうして私たち城下街へ向かうことになった。
城下街に足を踏み入れた瞬間、リアナの瞳はぱぁっと輝いた。
まるで鳥かごから放たれた小鳥のように、彼女は通りへ飛び出していく。
「わぁっ、見てライエル!あっちはお菓子の屋台よ!こっちはアクセサリー!うわっ、こっちには異国の玩具もある!」
祭りのざわめきと色とりどりの飾りつけが街を包み込む。
リアナは完全にスイッチが入ってしまったらしく、次々と視界に入る屋台へ興味津々で駆け寄っていく。
私はといえば——。
「り、リアナ!待て、早い!本当に早い!」
人混みをかき分けながら必死で後を追う羽目になった。
だが彼女は、こちらの声など聞こえていないかのように、楽しげに笑いながら進んでいく。
やがて、リアナの足がふっと止まった。
私はようやく追いつき、肩で息をしながら彼女の視線の先を見る。
そこには、魔道具をずらりと並べた屋台があった。
古びたランタン、輝く宝石、怪しげな杖、よくわからない球……。どれも普通の人には用途不明だが、妙に目を引くものばかりだ。
リアナは、まるで宝物を見つけた子どものように、じっと棚の奥の一点を見つめている。
その瞬間、屋台の店主が勢いよく声を張り上げた。
「へいらっしゃい!見るだけでも大歓迎だよ、お嬢さん!特にそこのはおすすめだ、今なら安くするぜ!」
元気すぎる声に、私は一瞬びくっと肩を揺らした。
リアナが吸い寄せられるように見つめていたのは、屋台の隅に吊られた、どこか不気味で……なのに妙に存在感のある仮面だった。
店主はその視線を逃すまいと、すぐさま大声で売り文句を投げてきた。
「おっ、お嬢さん!そいつに目をつけるとはお目が高い!その仮面な、認識阻害の魔法がかかっててよ!つけた瞬間、周りにはまるで別人に見えるって代物だ!ほら、王族なんかがお忍びしたい時にはピッタリって噂だぜ!」
その説明を聞くや否や、リアナはぱぁっと顔を輝かせ——次の瞬間にはもう仮面を指さしていた。
「これ、買うわ!」
「ちょっと、待っ——」
私の制止は、リアナの勢いにあっさり飲み込まれる。
店主が「毎度あり!」と景気よく叫ぶころには、リアナの手にはしっかり仮面が握られていた。
リアナは歩き出してもなお、宝物を手にした子どものように仮面を大事そうに見つめ続けている。
私は呆れ半分で声をかけた。
「……そんな怪しい仮面に、大金をつぎ込むなんて」
するとリアナはピタッと振り返り、むぅっと頬を膨らませる。
「怪しくなんかないもの!可愛いでしょ?それに、これさえあれば——いつでも好きな時に街へ遊びに来れるじゃない!」
胸を張って誇らしげに言うリアナ。
……いやいや。
王女が“いつでも好きな時に”街をうろつけたら、それこそ大問題だ。
私はリアナの勢いに押されながらも、心の奥で冷静に決断を下していた。
……あの仮面、いずれ隙を見て処分しよう
決意を胸に、私はそっとため息を落とした。
気がつけば、目的のスイーツ店のすぐそばまで来ていた。……が、その手前に広がっていたのは、想像を軽く超える“人の壁”だった。
店の前にはぐねぐねと列が伸び、最後尾がどこなのか一瞬分からないほどだ。
私はその光景に思わず眉をひそめた。
「リアナ……この列、まさか……」
言い終える前に、リアナが元気いっぱいに振り向く。
「もちろん並ぶに決まってるじゃない!限定なんでしょ? 食べなきゃ損よ!」
はい、決定。
リアナ王女の満面の笑みを前に、私に拒否権など最初から存在しない。
こうして私は、途方もなく長い待ち時間という戦いに巻き込まれた。
――一刻、また一刻。
行列に並び続け、私の魂が薄くなりかけた頃、ようやく店内へ案内された。
中に入ると、店内は可愛らしい装飾でまとめられており、甘い香りがふわりと漂う。
どの席にも、女性二人組や恋人同士が楽しげにスイーツを食べていた。
……完全にアウェイである。
席に案内され、メニューを手に取る。
だが開いた瞬間、私は固まった。
「……う、うむ……」
聞き慣れない単語がびっしりだ。
プリン?
ケーキ?
パフェ?
……なんだこれ、食べ物なのか?
困惑する私を横目に、リアナはページを開くや否や勢いよく指をさした。
「私はこれとこれ!今日だけはお腹いっぱい食べるんだから!」
元気いっぱいに宣言したリアナ。
対して私は、メニューの文字を前にしてなお情報処理が追いつかない。
プリンというのは液体なのか固体なのか……?
ケーキは甘いのか、それとも辛……いや、辛いわけはないか。
そうやって悩んでいたら、タイミングよく店員が注文を取りに来てしまった。
私は観念して、小声で言う。
「……リアナと同じものを」
こうして私は、“限定スイーツ”なるものを口にする運命となった。
土日は基本、外伝1本と本編1本投稿予定です!
今日の18時に本編投稿しますので
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王女との災難②は、明日10時投稿予定です!




